第44話 変化の兆し

 そして翌日の昼、龍巳は謁見の間の前まで来ていたのだが......


(なんか、騒がしくないか?)


 龍巳がそう思ったのも無理はない。中から大勢の人が集まったとき特有の落ち着かない空気が、扉の外からでも感じられるのだ。例えるなら、学校の全校集会で先生に静かにしろと言われてもしばらくはざわざわしたままの時の空気だろうか。


(アルフォードが俺を嵌めるとも思えないし、心配は要らないんだろうけど......)


 論理的に考えればそういうことはちゃんと分かるのだが、それでも召喚された時に貴族たちから謂れのない罵倒を受けたときにも同じような雰囲気を感じていたため、どうしても悪い想像が頭に思い浮かんできてしまう。

 それでも、アルフォードのことを友として信頼している龍巳に扉を開けることなく約束を反故にするという選択肢はなかった。


(行くか......!)


 そんな決意と共に、この世界に来た時と同じように学校の制服を着た龍巳は、その裾をなびかせながらドアを開けた。


「よく来てくれた、タツミ殿」


 そして龍巳を待っていたのは、そんな調で話す、王としての仮面を被ったアルフォードとドアからアルフォードの座る玉座までの直線を挟むように存在する貴族たちであった。

 一瞬、龍巳は悪い予感が当たったのか?とも思ったが、貴族たちの顔を見てその考えを否定する。なぜなら貴族たちもなぜここに龍巳がいるのかを理解している様子がなく、ポカンとした表情だったからだ。

 しかしそんな貴族たちの様子とは裏腹に、アルフォードは龍巳が来たことに笑みを浮かべながら貴族に向けて口を開いた。


「さて、では話の続きと行こうか。まず諸君には重要な話があると言うことは既にいった通りだ。そして、その『重要な話』とは、他でもないタツミ殿のことについてだ」


 そこまで言ったアルフォードは、己の隣に立たせたアルセリアと貴族たちの最前列、すなわち特別席とでも言える場所に待機させている勇者二人のうちの美奈に視線を向けてから大きく息を吸った。それはまるで、これから言うことに緊張しているかのようだった。いままで国を背負う王として数々の修羅場を乗り越えてきたアルフォードが、だ。

 そして、ついにアルフォードがを口にする。


「タツミ殿はこれまで、『スキルの相互干渉』の解明を進めたことに加えて、先日は我が娘アルセリアと”知の勇者”ミナ殿を救出するという功績を残した。これらを鑑みつつ、その褒美としてタツミ殿に『解の勇者』の称号を与える」




 アルフォードの言葉で謁見の間が静寂に包まれる。

 全員、突然アルフォードの口から出た言葉に理解が追い付いていないのだ。

 「龍巳」と「勇者」。絶対に交わらないと思っていた二つのワードがアルフォードの言葉によって繋げられ、それがこの場にいる者たち全員の頭の中に定着したとき......


『えええええぇぇぇぇ!?!?!?』


城全体に響くかのような大音響が、謁見の間に轟いた。


 それから数分後、全員が落ち着きを取り戻したためにアルフォードが再び口を開く。


「では、改めて宣言しておこうか。私はこのタツミ殿を、三人目の勇者として公式に認めることにした。異論はないな?」


 その言葉に何も言い返せない貴族たち。今まで彼らが龍巳を嘲っていたのは


『召喚されたくせに役に立たない奴』


というレッテルを龍巳に貼り付けていたからこそだ。

 しかし今回の王女・勇者奪還を始めとして、強者として知られる侯爵を破ったり新たな理論を組み立てて国の戦力を底上げしたりとその功績は『役立たず』のレッテルを貼るにはいささか無理がある。

 ただし、そんな押さえつけられたような印象を持つ『異論はない』という意見を持っているのは貴族の中の大人だけだ。

 つまり何を言いたいかというと......


「すごいです!」

「あんな人が勇者様になるのですね!」

「きっと素晴らしい方なのでしょうね!」


このような声をあげる貴族たちのたちがいるということだ。

 これがアルフォードが出した『国を救う方法』で、今の貴族がダメならば次代の貴族候補たちに国を想う心を育んでもらおうと考えたのだった。

 子供の影響でその親たちも少しは変化してくれれば御の字、とも思ってはいるが、それでも主な目的は次世代の貴族の教育だ。

 とまあ、そのようにここまで龍巳の予想外のことが起こり続けているわけだが、アルフォードは更なる爆弾を投下してきた。


「そして、この国と勇者の連携、およびその仲を深めるため、タツミ殿にはアルセリア、ミナ殿に交際を申し込むことが出来る権利を与えようと思う」

「はぁ?」


 この気の抜けたような声をあげたのは龍巳だ。

 さすがに突然二人と交際しろともとれる言葉を投げ掛けられてはこんな風に取り乱さざるを得ないらしい。

 だが大きな問題は龍巳の混乱具合ではなく、アルセリアと美奈が顔を赤くして俯いている点だ。


(お、お父様ったら、何を!?大体、王女である私がタツミ様と結婚できるわけが......。あら?でもタツミ様は勇者として認められたのだから、問題は全くないような......)

(な、何を言っているのよ、あのボケ国王様は!?いえ、もちろん龍巳君と付き合えるなら嬉しいけど、もうセリアとは付き合ってて......ってこれは誤解なんだっけ?じゃあ大丈夫、かも?)


 このように赤面しながらも思考を止めない辺り、さすがは王女と勇者なのだろうか。

 だが、この二人はまだ気づいていなかった。

 龍巳が美奈とアルセリア、その両方と付き合うという未来予想図に、嫌悪感や嫉妬心をほとんど抱いていなかったことに。


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