第42話 報告と企み

 龍巳を含めた六人で夜に騒いだ翌日、騎士団長であるトッマーソと魔法師団長のソフィアは国王の執務室で昨日の報告を行っていた。


「それで、チャンブル侯爵があのような暴挙に出た理由は分かったのか?」


 龍巳と話すときとは違い、王としての威厳を持ったアルフォードの声に臆することもなく二人が報告を始める。


「侯爵はずっと落ち着かない様子で、

『私は悪くない!そもそもただの異世界人が私に歯向かうのが......』

と繰り返し言っていた」

「いつもの怒りを己の内に留めながら会話を進める彼らしくないと思い、うちの団員の一人に確認させたところ、彼は『精神に働きかけるスキル』によって理性を壊されていたとのことです」


 トッマーソとソフィアの報告を聞いたアルフォードが続きを促す。


「それで?」

「加えて、その理性の壊し方がひどく雑なため、恐らくは魔道具を使ってのものだとも言っていました」

「雑、というのは?」


ソフィアの報告を聞いたアルフォードがさらに掘り下げる。


「理性だけでなく、一部の本能も壊しているとのことです。今回の騒動で言えば、本来は妻にしようとしていたアルセリア王女殿下を致死性の毒を盛ることのできる魔道具で人質にしたことでしょう。王女殿下を人質にしたまま逃げるのならば、そんな危険なものではなく普通の短剣でよかったはずですから」


 ソフィアの推測に、アルフォードも「なるほど......」と頷く。

 考えてみれば確かにその通りだったからだ。昨夜は娘に毒によって瀕死に陥ったと聞いて気が動転してしまい、挙げ句の果てに龍巳に決闘を申し込む事態になってしまったが人質にするのに毒の魔道具を用いる利点などひとつもない。

 アルフォードが考えを巡らしていると、トッマーソが追加で更なる報告を重ねてきた。


「それで、その侯爵お抱えの兵士やら侯爵自身が使っていた魔道具を知り合いの魔道具職人に調べてもらったんだが......」


そこでトッマーソが語り始めたことに気づいたアルフォードがその言葉に耳を向ける。


「ほう?」

「そいつが言うには、あの魔道具の製法からして隣の『ノエルク帝国』のものらしい。侯爵の屋敷周辺の目撃情報だと、黒のローブを纏った怪しい男が出入りしていたことが確認できた」

「つまり、その黒ローブの男が帝国の間者だと?」

「ああ、俺はそう思う」


 トッマーソの報告に、アルフォードはさらに頭を悩ます。


(今は魔物によって世界の危機が迫っているというのに、なぜ人間同士で争わねばならないのやら......)


 そんなことを内心でぶつぶつと愚痴り、あとでタツミを愚痴に付き合わせようと決めたところで思考を一旦止めた。


「分かった。他に今回の騒動について報告はあるか?」

「いや、俺はもうない」

「私も以上です」

「そうか。なら一度解散としよう」


 アルフォードがそう言うが、何故か二人とも退出しようとしない。

 いつもなら報告が終わったらすぐに部屋を出て訓練を始めるトッマーソと、魔法の研究を始めるソフィアだけにアルフォードの中で疑念が段々と積もっていく。


「うん?どうした二人とも」

「あ~、俺はおっさんに個人的な話があるんだが......」

「あら、奇遇ね?私もです」


 二人がこの場に残った理由を知ったアルフォードは、二人にそのまま話を続けるように言うことにした。


「ふむ......ではトッマーソ。お前から話を始めてくれないか?」

「ん~、まあソフィアなら問題ないか。話って言うのは姫様のことについてだ」

「アルセリアの?」


トッマーソの言葉に意表をつかれたアルフォードはおうむ返しに聞き返した。


「ああ。姫様がタツミに、まあなんだ、懸想してる、って言えばいいのか?俺には経験がないからよく分からんが、そんな感じになってることには気づいているよな?」

「な、何のことか分からんな......」


アルフォードが唐突に視線を逸らしながら言うが、アルフォードは呆れたという風にため息を吐いて言葉を続ける。


「認めたくないのは分からなくもねえが、姫様ももう十六だぜ?いい加減諦めろよ......」

「べ、別に認めていない訳ではないわ!ただ、こう......釈然としないだけでだな......」

「認めてるなら話は早い。姫様とタツミをくっ付けられるように取り計らってくれねえか?」


 すると、アルフォードが頼みを横で聞いていたソフィアが驚いた顔をしてトッマーソに話しかける。


「......驚いた。あんたにそんな気遣いが出来るなんて......」

「おいおい、こんなのは普通だろ?それともお前は出来ないのかよ?」


 トッマーソの問いにソフィアが負けじと言い返す。


「し、失礼ね!そんなの簡単にできるわよ!というか、もともとここに残った理由もあんたと似たり寄ったりだし......」

「へぇ......ソフィアも姫様のことか?」


その言葉にソフィアは首を横に振る。


「いいえ。私が言いたいのはミナのことよ」

「ミナ?」


トッマーソが、アルセリアのことを聞かれた時のアルフォードのような聞き返しをした。


「ええ。ミナも王女殿下と同じようにタツミを好きになっちゃったみたいなのよね。だから関係を認めてくれるように陛下に頼みに来たのよ」


 そして二人の要望を聞いたアルフォードはというと、意外に取り乱す様子も見せずに二人の問いに答える。


「そのことだがな、実は既に色々と考えてあるのだ」


 そのアルフォードの言葉に、トッマーソとソフィアは驚きを隠せなかった。


「あんた、そういう所にも気遣いができるやつだったか!?」

「こいつと同じ意見なのが癪だけど、確かに驚きました。いつから考えていたんですか?」

「タツミと侯爵の決闘が終わった辺りからだ。この話はこれぐらいにして、あとは私に任せてくれ。さあ、出ていった出ていった!」


 アルフォードは少々無理矢理に話を終わらせ、二人を執務室から追い出す。それに抵抗する二人ではあったが、あまり見ないアルフォードの強引な態度に強く抵抗出来ずに部屋の外に押し出されてしまった。

 二人が外に出たところでアルフォードは鍵を閉めてしまい、そこから中に戻ることも出来ずに二人はお互いに顔を見合わせた。


「......なあ、どう思う?」

「......笑ってはいたし、悪いことにはならないんじゃないかしら?」

「......そうだと、いいな」

「......そうだと、いいわね」


 二人は特に問題が起こることなく、自分たちの国王の企みが成功して龍巳たち三人の関係がいい方向に転がることを願うのであった。

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