第41話 帰還
「そうですか。私は毒で倒れて......」
龍巳が口移しでリーザスの花の蜜をアルセリアに飲ませたことで、アルセリアの意識を回復させることができた。その効果は毒を消し去るだけでなく、侯爵につけられた首元の傷も癒していた。
その事に気づいた美奈が、真っ先にアルセリアに声をかける。
「でもよかったわね、首の傷も治って。あんまり深くは無かったけど普通なら完全に治るまで一ヶ月はかかってたわよ」
「そうですね。一ヶ月間も首を隠すのは大変そうです」
王女であるアルセリアは、城の中の雰囲気を左右するほどの影響力がある。そんな彼女の首に傷があることに皆が気づけば、城の中の空気が殺伐とするであろうことは用意に予想できた。
しかしそれも、龍巳が見つけたリーザスの花のおかげで未然に防がれたというわけだ。
「それにしても、龍巳はよくその花を見つけて来たよな」
「あ、それは私も気になってたわ。あんな花、どこで知ったのよ」
宗太と美奈が龍巳に問う。
龍巳も特に隠すことではないので、孤児院で読み聞かせた本に書かれていたことと、その場で孤児院の子供の内の一人が持っていたスキルを会得して種を成長させたことを伝えた。
すると宗太が目を見開きながら、あまり大きくはない声で呟く。
「お前、そんな不確かなものを信じたのか?」
「いや、まあ確かに確証はなかったけど、他にできることも思い付かなかったからな」
龍巳が苦笑いを浮かべながら宗太の質問に答える。
自分自身、あまりに確実性にかける計画だったと思い返したためだ。
まあ、そんなものに頼るほどにアルセリアを助けたいと思っていたとも言えるが。
「でもその孤児院の子が、その『植物魔法』......だっけ?を持っていてよかったわね。じゃなかったらセリアを助けられなかったもの」
「ああ、その通りだな。ほんと、あの孤児院に通っていてよかったよ」
美奈の言葉は真実を言い当てていた。シルが居なければ種を成長させることもできず、アルセリアを助けるためにさらに別の方法を模索しなければならなくなっただろう。そうなればアルセリアを助けることのできた確率はさらに低くなっていたに違いがないのだ。
するとここで、これまでの会話をまとめるようにアルセリアが三人に声をかける。
「本当に、『出来ることが多いに越したことはない』ということを痛感しました。今も生きていられることが、心の底から嬉しいです」
アルセリアの言葉は、死にかけたことによる恐怖は全く感じられず、純粋に生きていられることに対する歓喜のみが溢れていた。
その彼女の笑顔をみて、龍巳は必死になってよかったと思うのだった。
「それで、これからどうする?」
そんな時、美奈が龍巳に質問した。
「そうだな......気絶させたやつらは一纏めにして、魔法で拘束してから放置しておこう。魔物に襲われたら、まあそれはそれということで......」
「そうですね。わざわざ連れていって、私たちが帰ることができなくなるリスクを増やす必要もないと思います」
龍巳の案にアルセリアが同意を示す。
すると宗太が口を開いた。
「分かった。じゃあ俺たちはどうやって帰る?」
宗太の質問に龍巳が答える前に、美奈が周りを見渡しながら龍巳に声をかけた。
「あれ?龍巳君たちはどうやって来たの?見たところあの侯爵の馬車しかないみたいだけど......」
美奈の質問に続けるようにアルセリアも龍巳に問いかける。
「確かに気になりますね。チャンブル侯爵の馬車はそれなりに機能的ですから、普通の馬車では追い付けなかったはずです。どうやって私たちに追い付いたのですか?」
すると龍巳と宗太は顔を見合わせてから、ごく当たり前のことだと言うように何の気負いもなく答えた。
「「走った」」
「「......」」
二人の言葉に「信じられない」とでも言いたげにポカンと口を開けながら無言のままに呆然とする美奈とアルセリア。
そこで何かに気づいたような顔をした龍巳が再び口を開く。
「あ、もちろんただ走った訳ではないからな?俺も宗太も、スキルを使って速度をあげたんだ」
その言葉に対する美奈とアルセリアの答えは、先程のリアクションと同様に見事に揃っていた。
「いや、そこじゃない」
「いえ、そこじゃないです」
スキルという力がありふれているこの世界で生まれたアルセリアですらこのような反応を返すのだから、貴族の乗る馬車に生身で追い付く龍巳と宗太はやはり異常なのかもしれない。
勇者である宗太だけならばまだ納得できるのだが、そうではない龍巳ですら普通のことのように言うのだからアルセリアの口調が少し崩れるのも無理はないだろう。
そんなどうでもいい掛け合いのあと、四人でどのように帰るのかを話し合った。
一度美奈が
『龍巳君に捕まって走ってもらえばいいんじゃない?』
と提案して顔を真っ赤にしたアルセリアに止められるという一幕があったものの、結局は侯爵の馬車の荷車を使うことになった。なぜ荷車だけなのかというと、四人の中に馬車を操れるものがいなかったからだ。
荷車を『身体強化』を使った宗太が引き、宗太の横を走る龍巳が荷車に『力学魔法』による慣性の法則のコントロールを施して普通の馬車とは比べ物にならない速度で城に帰る。
馬車の中のアルセリアと美奈が、悲鳴を上げながらも楽しそうにしていたのを聞いていた龍巳は、改めて二人を助けられたことを実感して顔を綻ばせるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
城に戻ってきた龍巳たちを最初に出迎えたのは、すぐにでも出動できるように準備を整えた騎士団十名と魔法師団十名。その中には龍巳の指導役を担当しているオリバーとライリーの姿もあったが、龍巳は彼らにすぐに気づくことができなかった。
なぜなら、彼らの先頭にはそれぞれの団長であるトッマーソ騎士団長とソフィア魔法師団長に護衛される国王、アルフォードの姿があったからだ。
龍巳と同様に彼に気づいた、娘であるアルセリアが真っ先に声をあげる。
「お父様!?なぜこのような所に!?」
アルセリアのその疑問に、アルフォード本人が答える。
「娘が心配なのは、父として当然だろう?それに、タツミ殿が『必ず助ける』と言ったからな。彼が向かった方に後ろの騎士団と魔法師団を待機させておいたのだ」
全く悪びれる様子もなくそう返してきたアルフォードに、アルセリアは呆れを隠しきれない。
それでもそれ以上文句を言わないのは、父親に心配されたのが純粋に嬉しかったのだろう。
......龍巳の「助ける」という宣言を聞いた、というのもあるだろうが。
その時、アルフォードの横に立っていたトッマーソが口を開いた。
「それじゃ、俺たちは犯人たちの確保に行くか。もう倒してはいるんだろ?」
「ええ、まあ。でも拘束だけして放置したので、魔物に襲われていないとも限りませんからなるべく早くお願いします。なぜこんなことをしたのかの聴取も必要でしょう?」
そんな問いかけをしながら発せられた龍巳の同意を求める視線に、トッマーソは頷く。
「ああ、協力に感謝する。じゃあ行くぞ、ソフィア」
「指図しないでもらえる?まあ行くけれど......」
一度はトッマーソを責めるも、そこに正当性がほとんどないことが自分でわかっているソフィアは、しつこく言うこともなく魔法師団員を率いてトッマーソに付いていく。
そこで龍巳は初めてオリバーとライリーがいたことに気づいた。
彼らはすれ違い様に龍巳に視線を向けると、そのまま龍巳に声をかける。
「お疲れさま」
「よくやったわね」
その労いの言葉は、この騒動における大人たちからの初めてのものであった。それはアルセリアや美奈の楽しそうな声を聞いた時とはまた違った感慨を龍巳に与え、龍巳はつい大きな声で
「はい!」
と返事をしてしまうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
騎士団と魔法師団の面々を見送ったあと、アルフォードは龍巳たちを昼食をとる時の広間に誘った。
「もう暗いし、ここにいる五人とジュールで夕食を取らないか?アルセリアを助けてくれたことにお礼もしたいのでな」
その言葉に龍巳たちが頷き、全員はならんで広間に向かう。
その日の夜、広間には勇者と王族、そしてただの異世界人の笑い声が長く続いていたと言う。
娘が死にかけたと聞いた、既にお酒の入った父親が泣きながら娘の心配をしたり、口移しをされて助けられたと顔を赤くしながら語る娘の様子をみて、その父親が異世界人の男に決闘を申し込んだりということもあったらしいが。
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