第38話 主犯
宗太に自分達の攻撃を止められた男たちは、龍巳の発した「反撃」という言葉に反応してすぐに飛び退いた。
「おっと、その前に」
そう言って龍巳は「忘れていた」とでも言いたげに馬車の一つ、前から二台目のものに視線を移してからそこに向かって話しかけ始めた。
「おい、そこにいるんだろう?侯爵サマ」
その声に応え、馬車の中からこの一連の騒動の主犯、ユーゴ・チャンブル侯爵が降りて龍巳に声を掛ける。
「気づいていたのか」
「まあな。まずこの男たちの格好からしておかしい。ただの盗賊や人さらいがここまで統一された装備を持っているわけがない。どこかの貴族の私兵だと言われた方が納得できる」
龍巳の考察に、ユーゴ侯爵は感心したとでも言いたげに口を開く。
「なるほど。だが、なぜ私だと?」
「まず馬車についてるシンボルに見覚えがあったんだよ。ほら、ちょうどお前の後ろにあるやつだ」
そう言われてユーゴ侯爵が振り返ると、そこには確かに何かのマークが刻まれていた。
「それ、この前の決闘の時にお前の槍にも彫られてたやつだろ?そんなものを堂々と貼り付けておいて、よくこんなことを計画したな?」
龍巳が呆れたような口調でそう告げるが、ユーゴ侯爵は不敵な笑みを崩さない。
「元々ただ逃げることが目的ではないからな。私はあの二人を手に入れると同時に、お前に一泡吹かせてやりたかったのさ。だから......」
彼は自分の兵士たちが持つ武器に視線を移してから会話を続ける。
「この魔道具を手に入れた」
「魔道具?」
「まあ、簡単に言えば魔法の効果を発揮する道具だ。ちょっとしたコネを使って入手したのさ」
そこまで言うと、ユーゴ侯爵は兵士たちに指示を出し始めた。
「いくら勇者と異世界人とはいえ、まだ召喚から一ヶ月と少しぐらいしか経っていないらしい。なら人数で押せば勝てるはずだ!行け!」
ユーゴ侯爵の声に応え、兵士の一人が剣を振りかぶって龍巳へ襲いかかってきた。
その速度は確かに普通の人間の出せるものではなく、ある程度の距離があったにも関わらずあと少しで龍巳と宗太のいる場所まで到達しそうであった。
宗太がまず応戦しようとするが、龍巳はそれを止めて自分からその男に向かっていく。
「よし、やってみるか......」
龍巳がボソッと呟く。すると龍巳は『並列思考』によって『身体強化』、『魔力操作』の二つを同時に発動させた。そして『身体強化』で身体中に纏われている魔力を少なくし、その分を目の辺りに集中させて視力の強化に使う。
龍巳は強化した視力で男が振るう剣の軌道を捉えると、体を横に捻ってかわしながらその男の手元に手を伸ばした。男の腕を左腕で固定したあとにそのまま左手を滑らせて剣の柄頭に当て、右手で剣のガードを上から押さえつける。そうして剣を回転させながら奪い取ると、男の鳩尾に膝蹴りを喰らわせて意識を刈り取った。
訓練で龍巳がよく使う、短剣の一種であるダガーはリーチが短く、複数の敵に対する制圧力に欠けるため、敵の剣を使ってしまおうと考えたのだ。
そして龍巳は使うスキルを『剣術』、『身体強化』に切り替え、さらにもう一つのスキルを発動させながら、手を男たちの方に向けて
「さぁ、来いよ」
と挑発した。
挑発される前は自分達の仲間の一人がいとも簡単に無力化されたことに動揺し、次の攻撃を加えることを躊躇していた男たちであったが、龍巳のそれによって消沈しかけていた闘志が再燃した。
「この野郎!」
「舐めやがって!」
ユーゴ侯爵の兵士たちが次々に龍巳と宗太にそれぞれの武器を叩きつけようと走る。
彼らの身体能力は高かったものの、それに対して大きく動揺することもなく宗太は『拳闘術』による殴打で敵を無力化し、一方で龍巳は剣を相手の装備や武器に当てていった。
すると龍巳が剣を当てた相手は次々に崩れ落ち、地面に倒れていく。
「なあ、なんでそんな簡単に相手を気絶させられるんだ?」
宗太が敵の顔に拳を叩き込みながら龍巳に問う。
「『雷魔法』で電気を相手の体に流して痺れさせてるんだ。スタンガンみたいな感じだな」
龍巳がそう解説するが、宗太の顔にはさらに疑問の色が浮かんだ。
「じゃあ普通にその魔法を使った方が早くないか?」
「まあそうかも知れないけど、こうやって使った方が魔力の消費量が少なくて済むんだ」
魔法はその特性上魔力を外に向かって放出するが、この剣を相手の装備に当てる使い方だと無駄な場所へ飛んでいく魔法がないために魔力の消費を抑えることができる。加えて龍巳は『剣術』や『身体強化』も使っているためにその剣速は凄まじく、制圧する早さもそこまで差はない。
だからこそ龍巳は対複数の戦いになったとき、持久力を保って戦い続けるためにこのスキルの組み合わせを選んだのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからも二人は敵を無力化し続け、宗太が最後の一人を気絶させると馬車の周りに立っているのは龍巳と宗太、ユーゴ侯爵だけになった。
「ば、ばかな......」
「さあ、残るはあんただけだぜ?」
一人になったことで呆然としていたユーゴ侯爵に、宗太が声を掛ける。
するとユーゴ侯爵は小さな声でブツブツと独り言を漏らし始めた。
「......か」
「あ?なんだって?」
宗太が問うがそれにユーゴ侯爵は答えずに尚も独り言を続ける。
「話が違うじゃないか......。これで必ず殺せると......」
その独り言を聞いた龍巳が何かを察した。
「おい。お前、誰か協力者がいたのか?そいつに魔道具を提供してもらった、と」
龍巳がそういうと、ユーゴ侯爵は焦ったように声をあげる。
「し、知らん!そんな事実はない!」
侯爵の慌てた様子に龍巳は確信を深めていく。
すると突然、ユーゴ侯爵が懐からなにかを取り出したかと思うとそれを地面に叩きつけた。
その行動からこれから何が起こるのかを予測する龍巳だったが、結論を出したときにはすでにその魔道具は効果を発揮してしまった。
「しまっーー!!?」
パアアァァァ!!!!!
ユーゴ侯爵が発動させた魔道具は、視力を数秒失わせるほどの光を放つものだった。
それを一瞬でも見てしまった龍巳と宗太は視力を奪われ、その場で硬直せざるを得なかった。
そして視力が回復した龍巳と宗太が見たのは......
「動くな!動いたら、こいつを殺す!」
腕を縄で縛られ、足には枷がはめられたアルセリアと、彼女の首筋にダガーの刃を当てているユーゴ侯爵であった。
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