第39話 救出

 ユーゴ侯爵はアルセリアを人質にとり、この場を逃れる気でいた。美奈とアルセリアを救出するためにたった二人で来た龍巳と宗太なら、こうすれば迂闊なことはできないだろうと思ったからだ。

 一方で龍巳は、その様子を冷静に観察しながら宗太に小声で指示を出していた。


「宗太、俺が動いたら、すぐに美奈を馬車から下ろして拘束を解いてやってくれ。恐らくセリアと同じような拘束の仕方だろうから、スムーズに頼む」

「ああ、分かった。けど、お前はどうするんだ?」


 龍巳がどのように動くのかを聞かされていない宗太が問う。


「俺は、『身体強化』と『魔力操作』を使って速攻でセリアを取り返す。決闘の時の感触からして、それならあの侯爵も反応できないはずだ」


 侯爵も武功で成り上がれるほどの猛者だ。だからこそ、ギリギリまで魔力を使うのを抑えなければ何をされるか分からないからこその意見だった。


「オーケー、お前がそう言うなら信じるさ。じゃあいつ始める?」


 そう聞かれた龍巳は、唇の端をユーゴ侯爵からは見えない程度に吊り上げながら言った。


「そうだな、あいつが瞬きをした瞬間でどうだ?」

「なるほどね。それなら反撃もできないか」


 宗太のその言葉を最後に、二人の間に会話がなくなる。

 宗太は龍巳の動きに、龍巳はユーゴ侯爵のまぶたの動きに神経を集中させていたからだ。

 そして、その時が来た。


「ゴー!」


 その掛け声と同時に龍巳を魔力が一瞬で覆い、『身体強化』が発動する。それにかけた時間は『魔力操作』の意識的な使用によって『身体強化』を単体で発動するよりも格段に早くなっていた。と言っても、それは達人同士での戦いにおける”格段”であり、龍巳がユーゴ侯爵を強いと認めているからこその判断でもあった。

 『身体強化』を発動し、一直線にアルセリアのもとへと走る龍巳。その速度は人間の出せる限界を超えていて、一般人はもちろん、下手をすれば王国の騎士団員ですら姿を見失うほどのものであった。普通なら、これでユーゴ侯爵は成す術もなく龍巳に意識を刈り取られる......はずだった。

 そう、なら、だ。

 龍巳は忘れていたのだ。侯爵が龍巳を殺すために入手していたものの存在を。

 を使っていたユーゴ侯爵の兵士が、あまりに手応えがなかったために意識するまでもないと思っていたのかもしれないし、そんなものを持っている様子がなかったために油断していたのかもしれない。

 だが、侯爵もしっかりと身に付けていたのだ。の魔道具を。

 もちろん私兵たちの持つ武器ほどサイズが大きくはないために、身体能力の強化幅はそこまで大きいわけではない。

 それでも、ユーゴ侯爵は強い。そんな人物の身体能力が強化された場合、例え強化がわずかだったとしてもそれなりの効果を発揮する。

 今回で言えば、龍巳の接近に反応できたことがそれに当たる。


「ッ!!」


 龍巳の接近に反応できたユーゴ侯爵が、アルセリアにダガーの刃を突き立てようとした。だが龍巳の速度も伊達ではなく、凶刃がアルセリアの首を切りつけ、薄皮一枚ほどを切ったところでアルセリアのもとにたどり着いた。


「おらぁっ!!」

「ぐぅっ!?」


龍巳がダガーを持つ侯爵の手を蹴りつけ、ダガーを弾く。そのまま体を回転させて侯爵のこめかみに踵蹴りを叩き込んだ。

 ユーゴ侯爵はそのまま吹き飛ばされ、数メートル地面を転がってから止まった。

 しかし龍巳はそれを最後まで見ることなく、アルセリアに視線を向ける。


「セリア!大丈夫か!?」

「は、はい......。少し首が切れましたが、それだけです」


 アルセリアの言葉に龍巳はほっと息をつく。

 ユーゴが反応して体を動かした時は龍巳も焦ったが、特に問題なく奪還できたようだと安心したのだ。

 その時、元々アルセリアも乗っていた馬車から宗太によって拘束を解かれた美奈が現れ、龍巳に声をかけた。


「龍巳君!大丈夫?怪我はしてない?」


 その真っ先に他人のことを心配する美奈の様子に龍巳は苦笑をこぼした。それを見た美奈は龍巳が怪我をしたと誤解して龍巳に詰め寄る。


「だ、大丈夫なの!?」

「どこも怪我してないって。そっちこそ大丈夫だったか?」

「う、うん。ただ馬車に乗せられていただけだから......」


 アルセリアがなんともなかったことから一応は予想できていたが、それでも念のため確認した龍巳だった。それに対する美奈の返答に安堵の表情を浮かべると、宗太と美奈にこう提案した。


「なあ、ここにいるやつらは魔法で拘束して、とりあえず城に戻らないか?」


 それに宗太と美奈は同意を示す。


「ああ、そうだな。他に潜伏してるやつもいないみたいだし、いいんじゃないか?」

「うん、そうしよう。何にもしてないのに、疲労がたまっちゃって......」


その美奈の言葉に笑いながら返す龍巳。


「まあ、仮にも拐われてた訳だしな。無意識の内に緊張ぐらいして当然だろ」


 そして龍巳は後ろにいるはずのアルセリアに声を掛ける。


「なあ、セリアもそれでいい、か......」


 その時、龍巳は目の前の光景が信じられなかった。

 アルセリアは未だ座ったままで顔色を悪くし、今にも倒れそうなほどふらついていたからだ。


「セリア!大丈夫か!?」


 慌ててアルセリアに駆け寄る龍巳だが、アルセリアは龍巳の問いに返事もできずに倒れこみ、それを龍巳が支える。


「おい、どうした!?セリア!」


 なんの兆候もなく突然倒れたアルセリアにそう声を掛けるが、全く反応はない。


(くそっ、一体何が......。そうだ、『鑑定』を使えば!)


 そこで人に対しても鑑定スキルが使えることを思い出した龍巳が、アルセリアに向けて『鑑定』を行う。

 そしてそこにはこう書かれていた。


======================

アルセリア・マグダート・フォン・イグニス 


状態:毒

非常に強力な即効性の毒。少量でも、五分ほどで死に至る。

この毒を発生させる魔道具の製作者が作れる、対応する魔道具のみで解毒できる。

======================


 それは、龍巳を安堵から絶望に叩き落とすには十分な情報だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る