第37話 追走
美奈とアルセリアが自分の想いに向き合った頃、龍巳が『気配察知』、『土魔法』、『魔力操作』の三つのスキルを組み合わせることで発動させた、奥義『地面捜索』により見つけた反応のもとへ龍巳と宗太が向かっていた。
「なあ、お前早すぎない!?」
「いや、最初だけだって!」
今、龍巳が同時行使しているスキルは三つ。『身体強化』、『魔力操作』に加えて、『力学魔法』だ。
身体強化スキルは本来、体全体の身体能力を強化するスキルだが、それに使われる魔力を『魔力操作』によって脚に集中させることで宗太がすぐには追い付けないほどの速度を出しているのだ。さらに『力学魔法』によって慣性の法則を無効化することで、加速を妨げることなく一瞬で最高速度に達することに成功していた。
「よし、追い付いたぜ!」
「じゃあ、このままの速さで付いてきてくれ!」
龍巳はそう叫ぶと、『身体強化』と『魔力操作』に回していた魔力を減らしてから、『力学魔法』で無効化していた慣性の法則を元に戻す、どころか強化した。そうすることで速度の維持を最低限の魔力で行ったのだ。
ここまで『並列思考』を用いたスキルの同時行使が上手くできるのは、 『器用貧乏』の称号により”器用”のステータスが高いことが関係している。
「器用」と聞くと「手先の器用さ」を連想しがちだが、この世界でステータスに表示されている「器用」とは要するに「物事をいかに自在に扱えるか」ということを表している。龍巳が会得したばかりのスキルを使いこなしているのも、それが理由だ。
この世界でそれが知られていないのは、その効果が顕著に現れるほどに「器用」のステータスが高いものがあまりいないことが原因だ。
そこで、宗太が龍巳に問いかける。
「それで、今は東に向かっているみたいだけど間違いないのか?」
「ああ。速さからして馬車で移動しているみたいだな。それも五台」
「五台!?多くないか?」
「いや、そうでもない。アルフォードが言っていただろう?『相手もそれなりの準備をしている』って。仮にもさらったのはこの国の王女と勇者だ。それぐらいは当然と言えるのかもしれないぞ」
龍巳もこの世界における戦力のバランスを知っているわけではないが、そのような重要人物を誘拐するのに戦力が少ないと言うことはないだろうと考えた。
「どの馬車に二人がいるのかも分かっているのか?」
「ああ。中央の馬車にいるみたいだ。できるだけ奪われないようにってことなんだろうな」
「じゃあ、どうやってその馬車を止める?」
宗太が問う。
それに龍巳はニヤッと笑みを浮かべながら答えた。
「堂々と正面に現れる、でどうだ?」
「いいね。そういうの好きだぜ」
それからも二人は嫌らしい笑みをお互いに交わしながら走り続け、ついに美奈とアルセリアを拐った者たちの馬車の姿を肉眼で確認した。
「よし、じゃあ行くぞ!」
龍巳が声を上げ、さらにスピードを上げた。
「ちょ、待てって!」
しかしそれに宗太は追い付けない。一方で、先に行ってしまった龍巳は宗太が付いて来ていないことに気づいていない。
美奈とアルセリアが乗せられた馬車を肉眼で確認したことで、今までに感じたことがないほどの焦りが生まれたせいで視野が狭くなっているらしい。
(すぐに助けるぞ、美奈!セリア!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
龍巳と宗太が馬車を肉眼で確認した頃、そこに捕らわれていた美奈とアルセリアは何となく、本当に何の根拠もないにもかかわらず「もう大丈夫だ」という確信を得ていた。
「ねえセリア?」
「そうみたいですね、ミナ」
二人は恋のライバルであることを認め合った時から、お互いを名前で呼ぶようになった。それはどちらかが言い出したことではなく、自然とそういう形に落ち着いたのだ。
「か弱い女の子を待たせ過ぎよね?」
「そうですね。もう少し早くてもいいと思います」
二人がそんな会話をしていると、馬車の外の御者台で馬を操っていた男が疑問の声を上げる。
「おい、何の話だ?」
その問いに、数瞬二人はお互いに笑みを交わしてから答える。
「すぐに分かるわよ」
「でも、今の内に減速はしておいた方がいいと思います」
「は?何を訳のわからんことを......」
御者台の男がそうこぼした直後......
ドオオォォン!!!
馬車が列をなして走っている前方で、大きな音と共に土煙が舞い上がった。
「な、なんだぁ!?」
一番前の馬車に乗っていた一人の男が叫ぶ。
すると数秒後、土煙が風に流れていくにつれて一人の男の姿が浮かび上がってきた。
その男は不適な笑みを浮かべ、馬車に乗った者たちに問いかける。
「よう。二人を返してもらうぞ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『身体強化』と『魔力操作』使う魔力を(無意識に)多くしてさらに加速した龍巳は、空中へ跳んで馬車を飛び越しながら『力学魔法』を慣性の法則の強化から作用・反作用の法則における反作用を押さえることに用い、着地によって生じる衝撃を完全に殺して馬車の最前列に躍り出た。
着地と同時に舞い上がった土ぼこりが晴れてくると同時に、龍巳は馬車に乗っているであろう敵たちに向けて問いかけた。
「よう。二人を返してもらうぞ?」
龍巳の登場に呆けていた馬車の男たちも我に返り、龍巳の言葉に反論する。
「できるものならやってみろ!」
「おい、あいつ一人だけだぜ?」
「本当だ。ってことは、王国も人材不足ってことか」
「ああ。この国を捨てて正解だったかもな」
すると龍巳がその男たちの会話に反応する。
「国を捨てたって言ったか。ということは、元々はこの国の国民だったのか?」
「おうよ。それがどうした?」
男の一人が答える。
「いや、別に国を選ぶのはそれぞれの自由だからいいんだ。ただ......」
そこで龍巳が眉をしかめながら、低い声で告げる。
「あの二人を巻き込むのは頂けない。もしそいつらを連れていきたいなら、俺を殺してみろ」
『っ!』
龍巳の迫力に当てられたのか、数歩後ろに下がる男たち。着ている装備からどこかの貴族の私兵のような印象をうける彼らは、それなりの戦場を潜り抜けてきていた者たちだ。
そんな彼らにとって、まだ少年と呼んでもいいほどの若造に気圧されたという事実は耐えがたいものだった。
ゆえに、すぐにこのような声が上がるのも当然なのだろう。
「殺せっ!」
「敵はあのガキだけだ!やっちまえ!」
「「「オオオォォォ!!!」」」
そしてその兵士とおぼしき者たちが襲いかかって来るが、龍巳は武器を構えることもせずに突っ立ったまま彼らに声をかける。
「ああ、それと......」
それを聞くこともせず、兵士たちは武器を取り出して龍巳に当てるために振り上げた。
その時、龍巳の口にニヤッという嫌らしい笑みが浮かぶ。
「別に一人なんて言ってないよな?」
その声が発せられた直後、その場には龍巳が現れた時のように土煙が舞う。そして兵士たちが振り上げていた武器の数々は、たった今到着したその男、宗太の手や足によって受け止められていた。
「やっと着いたぜ。お前、速すぎないか?」
「いや、そうでもないさ。現に、宗太も戦いが始まる前には着いただろ?」
「いや、勇者がギリギリって時点でヤバいと思うんだが......」
龍巳と宗太の会話はいつも通りと言う感じで、そこに緊張や気負いは一切なかった。
「さて」
そして、意識を切り替えた龍巳が宣言し、それに宗太が応える。
「反撃開始と行きますか」
「おう!」
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