第36話 拐われた二人

 龍巳、宗太の二人が拐われた美奈とアルセリアの救出に向かった頃、その助けを待っている少女二人は馬車の中で手を縛られて身動きがとれないでいた。

 二人とも、拐われた直後は魔法を使って脱出しようとしていたのだが、手を縛っている縄のようなものに加えてによってそれが妨げられていた。


「ダメね、全然魔法が使えないわ」


 美奈は数分に一回ほどのペースで魔法を使おうと試しているのだが、いつまで経ってもそれは発動せずにそんな声をあげる。


「そうですね。こちらも無理でした。感覚から推測するに、魔力の行き先を制限して魔法の発動を防ぐ『魔道具』のようです」


 アルセリアが推論を述べると、その言葉の一部に美奈が反応する。


「まどうぐ?」

「ああ、見るのは初めてでしたね。これは『魔道具』、もしくは『マジックアイテム』と言い、魔法やスキルを封じ込めたものです。今回私たちの足に付けられているこの足枷が、『魔法を封じる』ことを目的に作られた魔道具であるために私たちは魔法が使えないのでしょう」


 アルセリアが非常事態の真っ只中であるにも関わらず、懇切丁寧に説明する。

 美奈も地球では見たことがないものであるために興味津々だ。


「へ~、そんなものもあるのね。それなら、龍巳君が欲しがってたものも何処かにあるかもしれないわね」


 美奈は、先日行った龍巳との模擬戦の後に話した内容を思い出しながらそんな言葉を発する。

 すると龍巳の名前が出たことに、アルセリアがつい反応してしまう。


「タツミ様が、ですか?」

「ええ。彼、魔力操作スキルのお陰で『身体強化』の発動までがすごく早いのよ。でもそれだけだと、牽制のための魔法に捕まって攻撃できないらしいの。だから『魔法を無効化する武器』があればなって、言って......て......」


 美奈がそこまで言うと、美奈とアルセリアの視線がそれぞれの足に付けられた枷に段々向けられていく。


「ねぇ、これって......」

「ええ、そうですね......」

「......」

「......」


 二人の間に沈黙が流れる。しかしそれは拐われているが故の鬱屈としたものではなく、どこか期待や喜び等を感じさせるものだった。


「やったわね!これなら龍巳君がさらに強くなっちゃうわ!」

「確かに、このままでは武器としては使えませんが、武器を作るときの参考にはなります!」


 二人の興奮した声が馬車の中のみならず、外にまで響いた。そうなると当然......


「静かにしろ!じゃねえとどちらかを殺しちまうぞ!」


馬車を操っている、この事件の犯人の一人が二人を注意した。彼らからしたらできるだけ目立ちたくないのだから、その反応は当然と言えた。

 しかし、今何気なくその男が口に出した「殺す」の一言が二人を冷静にさせた。


「この話は後にしましょうか」


 アルセリアが美奈に提案する。それに対して美奈も同意であると言う風にうなずきながら返事をした。


「そうね。ところで眠らされた時、あなたもが前から歩いてきたりした?」


 美奈の質問にアルセリアが答える。


「『あいつ』というと、ユーゴ・チャンブル侯爵のことですか?」

「そうそう、そんな名前だったわね。やっぱりそっちも同じ感じで拐われたのね」


 二人の情報交換によると、どちらも王城の廊下を歩いているときにユーゴ侯爵が前から歩いてきて、突然謝られたのだと言う。そしてその侯爵の姿に警戒していると、その意識の隙をつくように後ろから何者かに近づかれ、眠らされて現在に至るというわけだ。


「あの男もグルだと思う?」

「おそらく。私たちに注意を促すこともなかったことから、ほぼ確実だと思います」


 すると、そこまで現状の確認ができたところで、アルセリアが美奈に質問をした。


「なぜミナ様はそこまで落ち着いているのですか?こんな荒事とは無縁の世界で生きていたと聞いておりますが......」


 アルセリアは王女としてそのようなことが起こり得ることは幼い頃から知らされていたし、誘拐未遂があったことも何度かある。その度に護衛の騎士たちによって防がれるためにトラウマにはなっていないものの、美奈も自分と同じように落ち着いていることに疑問を持っていた。


「えっと、それは......」


 美奈の歯切れの悪い様子にますます疑問を深めるアルセリア。

 一方、美奈はアルセリアの質問に答える前に質問で返した。


「その前に、一ついい?」

「なんでしょう?」


美奈は以前見た光景を思い出しながらアルセリアに問う。


「アルセリアってさ、龍巳君と付き合ってたりする?」


 一瞬、アルセリアがフリーズした。

 それからすぐに再起動するが、動揺は全く隠せていなかった。


「そ、そんな事実はありません!」


そのうろたえた姿に、美奈の誤解が深まっていく。


「その慌てよう、やっぱり付き合っているでしょ!」

「だから、そんなことありませんって!」


 それから二、三回、「付き合っている」「付き合っていない」の応酬が繰り返され、再び男に注意されてようやく二人とも落ち着いた。

 そして美奈が改めてアルセリアに問う。


「本当に付き合っていないのね?」

「はい。ところで、何でそんな誤解を?」


 美奈は以前、龍巳とアルセリアが共に城の門を出ていくところを見たことを伝えた。


「ああ、それはタツミ様と孤児院にお邪魔したんです。どうやらタツミ様が子供とお知り合いになったらしく、社会勉強を兼ねて同行させてもらっているんです」

「あ、なるほど。龍巳君、前の世界でも自分が育ててもらった孤児院で子供たちと遊んでたし、そんな感じかな」

「そういうことですね」


 アルセリアも龍巳から孤児院出身であることは聞いていたため、美奈の話に過剰に反応することはなかった。


「それで、私とタツミ様が付き合っているかどうかが、ミナ様が今落ち着いていることと関係あるんですか?」


 アルセリアが始めの話題に戻すと、今度は美奈もしっかりとそれに答えた。


「関係あると言うか、付き合ってないから言えると言うか......。まあいいや。何となくだけどね、龍巳君が探してくれてるなら大丈夫だろうなって思っちゃうんだよ。なんの根拠もないのに」


 美奈は「この国を守ると決めたんだ」と言っていた時の龍巳の真剣な表情を思い出していた。あのときの龍巳の顔は、素直に格好いいと思える頼りがいのあるものだった。だから今の自分は、ここまでいつも通りなのだと美奈は理解していたのだ。

 それを聞き、アルセリアの顔が少し曇る。


(そうですか、ミナ様もタツミ様のことを......)


 美奈の想いを薄々察したアルセリアは、自分の気持ちを胸の奥に留めておく決意をした。

 ......した、のだが。


「それで話は変わるけど、アルセリアって龍巳君のこと好きよね?」

「は、はい!?」


 美奈の不意打ちに反応しきれず、肯定ともとれる声をあげてしまった。


「やっぱり!」

「い、いえ、違いますよ!?私は別にタツミ様のことなんて......」


 アルセリアの言葉に美奈がにやにやとした笑みを浮かべて詰め寄る。


「そんな真っ赤な顔してたら、誰だって分かるわよ」

「っな!?」


 美奈に言われて咄嗟に顔に手を当てるアルセリア。だが、それが美奈の狙いだった。


「ほら。やっぱり自覚あるじゃない」

「っ!」


嵌められたっ!と気づいたときには手遅れで、美奈が顔で「ほら、吐いちゃいなさい?」と語りかけて来ていた。

 そしてアルセリアは観念し、自分の想いを打ち明ける。 


「はぁ、分かりましたよ......。私は、タツミ様が好きです」

「うん、よろしい。で、なんで隠そうとしたの?」

「それは......」


 アルセリアは自分が王女であるから恋愛などしても無駄なのだと、美奈に語った。

 それに対する美奈の反応は、とても極端なものだった。


「信っじられない!そんな理由で諦めようとしてたの!?」


なんとアルセリアに向かって怒りだしたのだ。


「そ、そんな理由とはなんですか!私は、この国のためを思って......」

「そんなことはどうでもいいの!今大事なのは、あなたの気持ちよ!女の子が恋するのを止められるものなんて、存在して堪るものですか!第一、あの龍巳君が王女と交際できるぐらいの大物にならないわけないじゃない!龍巳君をバカにしてるの!?」


 恋は盲目、とはよく言ったもので、美奈の龍巳に対する信頼は絶大のようだ。

 しかし、それを言われたアルセリアも同じ穴のムジナのようで......


「そ、そんなことはありません!タツミ様は立派な方です!」

「それならなんで諦めるのよ!そんなんじゃ、私が龍巳君と付き合っても胸を張っていられないの!だから、あなたも全力で恋しなさい!」


 アルセリアは美奈の言葉を自分の中で咀嚼し、飲み込んだ。

 そして彼女が出した結論は......


「......いいでしょう。私を同じ土俵に引きずり込んだこと、後悔しないでくださいね?」

「望むところよ」


 ここに、龍巳をめぐる女の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

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