第34話 事件
昨日、自分の恋愛感情の向く先が一人ではないことに困惑し、午前丸々考え事に費やしてしまった龍巳は、今日こそはしっかりと修行をしようと意気込んでいた。
昨日の午後からは予定通りにいくつかの魔法スキルを得ることができたため、今日の午前はスキルの相互干渉の検証に使うつもりのようだ。
龍巳が昨日手にいれたスキルは、『気流魔法』、『闇魔法』の二つだ。
「よし、じゃあやるか。まずは『気流魔法』からかな。なんとなく『風魔法』に干渉しそうだけど......」
このように、予想をたててから検証するのが龍巳のやり方だ。龍巳はさらにその細かく予想をたてていく。
「気流って言うからには、空気そのものの動きを操るんだろうな。ということは、『風魔法』で風を起こしたらそれが強力になったりするのかな?『ウィンド』」
龍巳が魔法を発動させる。
すると、それを横で観察していたライリーが客観的にみた感想を龍巳に伝える。
「少し早くなっているわね。やっぱり『気流魔法』は空気を動かす魔法を補強するみたいよ」
「分かりました。じゃあ次は『闇魔法』をやりましょう」
龍巳はここで、非属性魔法のひとつである『闇魔法』を選んだ。
もともとは属性魔法のみを習得するつもりだったのだが、とある理由で急遽この魔法を追加したのだ。その理由とは、
「ライリーさん、『闇魔法』は『光魔法』と逆の属性なんですよね?」
「ええ。非属性魔法の中でも特殊なその二つは、お互いを打ち消し合う性質が確認されているわ」
この「打ち消し合う性質」だ。
龍巳はすでに『光魔法』を習得している。ここで『闇魔法』を習得することで、どんなことが起こるのか、もしくは起こらないのかを確認したかったのだ。
「じゃあ行きます。『ライト・ボール』」
「そうね、『闇魔法』を習得する前と光量は変わらないわ。魔力の消費はどう?」
「特に増えた感じはしません。あとは持続時間ですけど......」
龍巳がライリーから自分が出した光球に視線を移し、それからしばらくすると光球は消えた。
「特に短くなってる訳でも無いみたいですね」
「意外ね。何か一つぐらいマイナスになると思ったのに」
それから龍巳はまた新しい仮説を考えた。
(もしかして、この『相互干渉』って自分の意思で起こるのか?無意識に他のスキルを発動させている、みたいな感じで。それならマイナスの干渉が起こらないのも納得できる......)
そこまで考えた龍巳は、それをライリーとその隣にいたオリバーに話してから三人で意見を交換しあった。
そしてそれからもいくつかの魔法を発動させ、結論として出したのがこれだ。
『魔法スキルも含め、スキルは無意識に発動されることで別のスキルを補強する』
ここで確かめられたこの事実はこの世界の未来をいい方向に進めていくことになるのだが、それを三人はまだ分かっていなかった。
そして検証に午前をすべて使った龍巳は、オリバー、ライリーと別れて一人で昼食を摂っていた。
そこに龍巳の担当メイドのニーナが現れ、龍巳に「アルフォード陛下からの伝言です」と前置きをしてからこう伝えた。
「『今日の午後の訓練が終わったら謁見の間に来てくれ。話したいことがある』とのことです。それで、その訓練がいつ頃終わるのかを聞きたいそうなのですが、どうしますか?」
龍巳は少し考え、今日はもう検証をする予定はないことを思い出しながらニーナに言った。
「じゃあ、五時くらいに伺うって言っておいて。騎士団の訓練場でやる予定だから、そのまま謁見の間に行くよ」
「分かりました」
そう返事をしたニーナが去っていく。ニーナの後ろ姿をしばらく見送っていた龍巳は、少し先に美奈の姿があるのを見つけた。
昨日のこともあり少し気後れするも、見かけたのに声をかけないのは失礼だと考えて美奈の名前を呼ぶ。
「美奈!」
その声に反応した美奈が龍巳の方に振り向いた。
「あ、龍巳君。お昼ご飯?」
「まあね。......もしかして、少し調子が悪い?」
近づいてきた美奈を龍巳が見ると、いつもと違って顔に影が差しているような気がしたためにそう質問する。
問われた美奈はというと、龍巳が自分に元気がないことを気づいてくれた嬉しさと、その原因がある意味で龍巳にあることで複雑そうな顔をした。
「そ、そんなことないわ。いつも通りよ」
「そう、かな?やっぱりいつもと違う気が......」
「大丈夫だって!じゃ、じゃあ、私はもう行くわね!」
「あっ......」
唐突に話を終わらせた美奈が、そそくさと去ってしまう。
一度手を伸ばしかけた龍巳だったが、昨日の一件と合わさってその動作が最後まで行われることはなく、美奈の後ろ姿を見送るだけとなってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから昼食を終えた龍巳は騎士団の訓練場に行って修行をし、スキルをいくつか覚えたところでニーナに伝えてもらった時間が近づいてきた。ちなみに、覚えたのは『気配察知』と『力学魔法』だ。
なぜこんなところで魔法スキルを会得したかというと、とある騎士の一人がこの非属性魔法を持っていたのだ。本人はいくら使い方を無意識に知っていても、全く理解できなかったとのことで他のスキルで騎士になったそうだ。
(まあ力学なんて、地球ぐらい物理学が進歩してないと分からないよな)
そんなことを思う龍巳は、すでにスキルをLv.3にまで上げてから謁見の間に向かっていた。
そしてその扉を開けると、玉座にはアルフォードが座り、その横にはジュールともう一人、それなりに年をとった六十代の男性が立っていた。
その面子を見た龍巳はこれから何が起こるのかを全く予想できず、困惑していた。
「アルフォード......陛下。どのようなご用でしょうか?」
いつものノリで「アルフォード」と呼びそうになり、咄嗟に「陛下」を付け足した龍巳が、玉座で自分を見下ろすアルフォードに聞いた。
「ああ、大丈夫だ。隣にいるのはこの国の大臣で、私とお前のこともすでに伝えてある」
龍巳がいつもと違う口調になった理由を察したアルフォードは、そう言って龍巳に口調を戻すように言う。
それを聞き入れた龍巳はいつも通りの調子でアルフォードに改めて質問する。
「で、何の用なんだ、アルフォード?わざわざ昼飯の時じゃなくて、夕方に、それも謁見の間に呼び出すなんて......」
ここでアルフォードが真剣な顔になり、それに合わせて龍巳も気を引き締める。
「なあ、タツミ。私はお前に感謝している」
「はあ?」
突然の言葉に、龍巳が呆けたような声をあげた。しかしそれを無視して、アルフォードは話を続ける。
「私にこの国の将来を考えさせてくれた上、それを良くすることにも協力すると言ってくれた。セリアも王女としての姿だけでなく、娘として、一人の女の子としての姿も見せてくれるようになった。これも全て、タツミ。お前が来てくれたお陰だ。本当にありがとう」
アルフォードのストレートな感謝に、照れ臭くなる龍巳。しかしアルフォードはそれすらも無視しながら話し続ける。
「それで、だな。タツミに少しでも恩を返すために、ここにいるジュールと大臣と話して色々と考えたのだ」
「ふーん、それで?」
龍巳が少し気の抜けたような反応を返すが、物凄く照れ臭かったためにそのようなぶっきらぼうな返事をしてしまったのだ。
それすらも察していたアルフォードが口を開く。
「タツミ。お前を......」
結局、この場で龍巳が「お礼」を貰うことはできなかった。なぜなら、アルフォードがそこまで言ったときに謁見の間に王国の兵士が飛び込んできたからだ。
「た、大変です!」
「何事だ!今は立ち入りを禁止していたはずだぞ!」
アルフォードに代わって大臣がその兵士を怒鳴り付ける。
しかし、その兵士は必死に伝令役としての職務を全うしようと口を開く。その言葉は、この場を静まり返すには十分な威力を持っていた。
「アルセリア殿下と、”知の勇者”ミナ様が......何者かに拐われました......」
その言葉のあと、この部屋は沈黙で満たされた。最初にその沈黙を破ったのは、呆然とした龍巳の気の抜けた声だった。
「......は?さらわれた?」
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