第30話 暗雲

「これで終わり、ですね」


 龍巳がユーゴの首にダガーを当てているところを目の当たりにした見学席の貴族たちは、皆一様に口を開けて呆然としていた。

 その内心もほとんど同じで、「まさかチャンブル侯爵が......」という信じられない思いで一杯だった。

 その一方で、龍巳を応援していたアルフォードたち七人は貴族たちとは対照的に明るい顔をして今にも決闘場に向かってしまいそうであったが、皆それを堪えてトッマーソの宣言を待った。

 その決闘の勝敗を宣言する役目を担っているトッマーソはというと、龍巳の『ダガーを光らせて目潰し』という奇天烈な戦法に影響を受けたか、目をシパシパさせながら現在の状況を把握しようとしていた。

 そして龍巳がユーゴの首筋にダガーを当てているのを認めると、右腕を振り上げて宣言した。


「この勝負、タツミの勝利!」


 トッマーソの宣言に、見学席にいる龍巳サイドの七人が皆それぞれに喜びを表す。アルフォード、ジュール、オリバー、宗太の四人は「よし!」と声を上げながら大小の差はあれどガッツポーズをとり、アルセリアと美奈は龍巳にキラキラとした視線を向けながら顔に満面の笑みを張り付け、ライリーは「当然よね」とでも言いたげに腕を組んでうんうんとしきりに頷いていた。

 決闘場の龍巳も彼らを見て自分が勝ったことを改めて自覚しながら、ほっと一息をついて体の力を抜く。やはり決闘ということで多少なりとも緊張していたのだろう。

 トッマーソも龍巳の勝利を内心喜びながら、一応は決闘の審判ということでわずかに口元を綻ばせるだけで済ませた。


 そんな龍巳たちの明るい空気とは裏腹に、貴族たちには暗い雰囲気が漂っていた。今までの龍巳への態度を思い出して不安になっているのだ。

 貴族の中では群を抜いて有力であったチャンブル侯爵が敗れ、龍巳の力と自分達の愚かさを自覚した彼らにとって、今までの行いは後悔しかなかった。


 そして龍巳に敗れたユーゴはというと、未だに動き出していなかった。


「あの、大丈夫ですか?」


たまらず龍巳が声をかけた。するとユーゴがピクッと身じろぎしたかと思うと、近くにいる龍巳にも聞こえない声でブツブツと何かを言い始めた。


「......だ」

「はい?何ですか?」


 その声の行き先が自分だと何となく察した龍巳が聞き返すと、ユーゴは先程とは打って変わって大きな声で龍巳に怒鳴り始めた。


「何て姑息な方法を使うんだ、貴様は!?光で目潰しだと?そんな戦い方が武人と言えるものか!そんな卑劣な方法で勝ちを拾おうとする貴様のことだ。実は他の勇者たちがこの決闘に介入しているのだろう!?もう一度だ!今度こそ貴様を叩き潰してやる!次はそのような邪道が通用すると思うなよ!」


 それは、ユーゴが自分を見失っているが故に出てきた言葉だった。

 これまで、彼は血のにじむような努力をした末に『槍術Lv.5』という人外の域にまで達する力を得た。彼には才能があった。その才能を全て使ってここまで上り詰めたというのに、突然現れた異世界人、しかも勇者ですらない者に一方的に負けたのだ。

 彼が激昂するのも分からなくはないが、トッマーソはそんな彼をとがめる。


「チャンブル侯爵。あんたの言う『武人』とは、まさか『常に正々堂々と戦う者』を表している訳ではないだろうな?もしそうなら、あんたこそ武人失格だ!この決闘が実戦なら、あなたは龍巳によって殺されていた。その時点で、そのような文句を言える立場ではない!」


 彼の気迫は、今まで龍巳たち異世界組の見たことのない非常に猛々しいものだった。そんなトッマーソに気圧されたのか、ユーゴは後ずさる。しかしすぐに鋭い視線を龍巳に向けると、振り返って決闘場の出口に向かう。決闘場から出る前に一瞬アルセリアと美奈の方に視線を向けるが、彼女たちの視線は龍巳に向けられていた。それが一層彼の神経を逆撫でするが、もう一言も発することなく決闘場を後にした。


 一方龍巳は、ユーゴから向けられた最後の視線に何かを感じてその場を動けなかった。


(なんだ、あれ?すさまじく嫌なモノが込められた視線だったな......)


 しかしその感じた”何か”を言い表す言葉を思い付けないまま、龍巳を応援していた七人が決闘場に来て龍巳を称賛し始めた。その時のくすぐったさに、ユーゴの視線のことなどあっという間に忘れてしまうのだった。


◇  ◇ ◇ ◇ ◇


「......っくそ!」


ガン!


 ユーゴは自分の屋敷に戻ると、これまで共に戦場を駆けてきた愛槍を床に投げつけ、不満を隠そうともせずに悪態をつく。


「何なんだ、あの小僧は!ただの異世界人ではなかったのか!なぜこの俺が、あのような目で見られなければならない!」


 今ユーゴの脳裏にあるのは、トッマーソが自分を責めているときに感じた彼の蔑むような視線だ。本当はトッマーソはそんな感情は込めていないのだが、龍巳やその周りの者への苛立ちが頂点に来ていたユーゴはそんな被害妄想に囚われていた。

 そしてユーゴの近くにいた執事が、自分の主をなだめようとする。


「落ち着いてください、ユーゴ様。今はそのような感情に囚われている場合では......」


しかしそんな執事の言葉に耳を貸そうとせず、ユーゴは一方的に執事に言い放つ。


「うるさい!俺はもう寝る!」


そう言ってユーゴは自室に引っ込むと、そのまま息を荒くしながらベッドに入って眠りにつくのだった。


 それから数時間後。ユーゴが体を起こして窓の外の様子をうかがう。


「もう夜か。......チッ、まだあのガキの姿がちらつく」


 するとユーゴの部屋の扉がノックされ、寝る直前にユーゴをなだめようとした執事の声が聞こえてきた。


「ユーゴ様、お客様がお見えです」

「客だと?そんな話は知らん。追い返せ」

「はい、分かりました。しかしその者が妙なことを言っておりました」

「妙なことだと?」

「はい。なんでも、『憎いのならば、手を貸そう』とユーゴ様に伝えてくれだそうです」


そこまで聞いたユーゴは少し考えると、執事に改めて命じた。


「......気が変わった。そのものを応接室に通せ」

「いえ、ですが......」

「口答えするな!いいから連れてこい!」

「は、はい!分かりました!」


そう言って扉の前から姿を消した執事が応接室につれてきた人物は、いかにも怪しげな黒いローブを羽織り、フードをしたまま登場した。

 そんな怪しい人物をユーゴがそのまま話を聞くわけもなくそのフードを外すように命じる。


「くくっ、分かりました。あなたのご命令とあらば」


そんな芝居がかった口調でフードを取った男に、ユーゴが訪ねる。


「それで、手を貸すとはどう言うことだ?」


 その言葉に、黒ローブの男がニヤリとして返事をする。


「私がお貸しするのは、『力』と『情報』です。しかし、条件があります」

「条件とは?」


聞き返したユーゴの様子に益々ますます笑みを深くした男は、そのまま『条件』の内容を言う。


「『復讐』を誓った方や『野望』を掲げる方に、我々は力をお貸しします。あなたに、そのような気概はございますか?」


そこまで聞いたユーゴの顔には、黒ローブの男のモノと似たような笑みが浮かんでいた。


「愚問だな。分かっているから、ここまで来たんだろう?」

「くくっ、さすがです。では我らはあなた、ユーゴ・チャンブル殿に力をお貸ししましょう」


 そう言ってその男が手を差し出す。それを見たユーゴは、何の躊躇いもなくその手を掴んだ。


「ああ、頼むぞ」




 この時、龍巳たちが世界を渡って初めてイグニス王国に暗雲がかかり始めたのだった。



 

 

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