第29話 決闘

 決闘場の周りの見学席でアルフォードたちが話している時、決闘場ではユーゴが龍巳に一方的に絡んでいた。


「おい、『成り損ない』!覚悟はいいか!」

「はぁ......ちなみに何の覚悟ですか?」


 決闘場に来て早々、唐突にそんなことを言われた龍巳は不快感を隠す気も起きず、ため息をついた後に聞き返してみた。


「もちろん、この私に倒される覚悟だ!できていないならば、無様な姿をさらす前に今すぐここから立ち去れ!」


その傲岸不遜な態度に、龍巳はますます気分が下がるのを感じながら律儀にも返事をする。


「お断りします。まず、そんな覚悟をするぐらいならこの決闘自体受けていませんよ」


 そこまでの会話を聞いていたトッマーソが、痺れを切らしたように二人に声をかける。


「あ~、お前ら。下らん言い合いはそこまでにして、そろそろ初めてもいいか?」


その言葉に二人とも表情を引き締めると、同時にトッマーソに返答する。


「ああ!」

「はい」


 ユーゴは決闘が決まってから持ってこさせた自分の愛槍を構え、一方で龍巳は武器を構えずに自然体のまま、自分の魔力に意識を向ける。

 それぞれが準備を整えたと判断したトッマーソは、右手を上げてから一度二人を見たあと、その右手を振り下ろしながら宣言する。


「始め!!」


 今、ユーゴ侯爵と龍巳の決闘が始まった。


 先制を取ったのは龍巳。美奈との模擬戦でも使った『身体強化』の高速発動でユーゴに接近すると、顎目掛けて掌底を繰り出す。

 普通ならこれだけで反応できずに崩れ落ちるのだが、さすがは武人と言うべきか。ユーゴはスキルを発動していないにも関わらずそれを槍の石突きで弾く。


「なめるな!」


そしてユーゴは石突きで弾いたときの回転をそのまま使い、槍で自分の前方を薙いだ。

 たまらず龍巳は『身体強化』を使ったまま距離をとるが、その隙にユーゴが自分のスキル、『槍術Lv.5』を発動させる。

 龍巳は弾かれた自分の右手を見てからユーゴに向かって言葉を投げ掛ける。


「さすがですね。その若さで侯爵になっただけのことはあるようです」

「ふん!そう言うお前も最初の速攻は中々だった。だがな......」


そこで一度言葉を切ったユーゴは、腰を低くして重心を落とすと足に力を溜める。


「その程度で私は倒れん!」


そう言ったユーゴが一直線に龍巳に接近する。その速度は......


「は、速い!?」


 龍巳の言った通りすさまじいものだった。その速さは『身体強化』を使った龍巳と同等か、それ以上だ。

 たまらず龍巳は宗太との模擬戦でも使わなかった自分の武器を懐から取り出し、ユーゴの槍を受け止めた。

 その武器を見たアルセリアが独り言をこぼす。


「あれは......短剣、でしょうか?」


 その言葉に近くで聞いていた宗太が反応する。


「だろうな。見たところ刃渡りは三十センチぐらいか?なんであんな威力の低い武器を......」


 するとその答えがどこからともなく返ってきた。


「なんでも、近接戦をするなら相手の動きが制限できる至近距離クロスレンジ近距離ショートレンジに持ち込みたいらしい。その方が攻撃が読みやすいとかなんとか」


宗太の言葉に返したのは、今までこの場にいなかったオリバーだった。彼は龍巳の訓練担当であるために、龍巳の戦術をよく理解している者の一人であった。


「だから見てみな。近づかれた側のはずの龍巳が、むしろ自分から前進して相手に近づいていっているだろう?」


 そう言われて王族三人と勇者二人がオリバーから龍巳の方に視線を向けると、確かに先程槍を受けた時よりも龍巳とオリバーの距離が近い。そのせいでユーゴは龍巳の上半身にしか攻撃を与えられず、龍巳はそれを自分の短剣ダガーとそれを操る『剣術Lv.3』で受け流しながらさらに近づく。

 すると、このままでは自分の強みを活かせないと感じたユーゴが後ろに跳び、距離を取った。

 それを見た龍巳サイド六人(勇者、王族、オリバー)の耳に、誰かの落胆の声が届く。


「あーあ、距離を取っちゃった。もう終わりね」


その声に一番に振り向いたオリバーが、声の出所にいる人物に向かってまず文句を言う。


「おい、ライリー。お前、ソフィアさんの手伝いじゃなかったのか?」

「その団長がここに行かせてくれたのよ。というかあんたが団長の名前を気安く口に出さないでくれる?団長がけがれてしまうわ」


 そう、今の落胆の声はライリーのものだった。

 幼馴染み二人によるいつもの恒例行事が始まろうとしたとき、アルセリアがライリーに質問する。


「あの、ライリーさん。『もう終わり』って、どう言うことですか?」


 美奈の言葉に、ライリーが言い合いを中断して答える。


「それはね、あそこまで距離を取った時点で、魔法の使えないあの侯爵はほとんど負けが決まったのよ」

「それは、どういう......」

「まあ、見てればわかるわ」


そう言って決闘場に視線を向けたライリーにつられてアルセリアも決闘場を見ると、そこでは衝撃的な光景が広がっていた。

 龍巳が一方的にユーゴ侯爵を追い詰めていたのだ。


 今、龍巳がやっているのを言い表すのは簡単だ。

 龍巳は魔法の中で最も速いと言われている『光魔法』を主軸に、様々な属性魔法を次々にユーゴ侯爵に向けて放っているのだ。

 だが『魔力操作』によって発動スピードの上がった龍巳の魔法は、いかに『槍術Lv.5』で身体能力も底上げされているユーゴも全てを避けきることはできず、何度か被弾して距離を詰めることができずにいた。


(くそっ、小癪な!ただ一度......一度でいい。この魔法の嵐が止めば即座に近づいて、そのまま......)


 ユーゴがそのように好機を伺っていると、唐突にその時が訪れた。

 無数に降り注いできた魔法が止んだのだ。龍巳は肩で息をしており、魔法を発動させるために前に出していた腕も下がっていた。


(馬鹿め!魔力切れか!まあここまで私を焦らせたのは誉めておこう。だがあの魔法の嵐をここまでかわした私の方が一枚上手だったということだな)


そしてユーゴはすぐに足に力を溜めると、そのまま一瞬で龍巳に向けて走り出す。


(これで、終わりだ!)


......龍巳の顔に静かな笑みが浮かんでいるとも知らずに。


パアァァァァ!!!!


 突如、龍巳の持っているダガーが輝き始めた。

 ダガーによる受け流しを警戒していたユーゴは、その光をもろに見てしまい視力を奪われる。


「ぐっ......!?うおおお!!!」


 それでもさっきまで龍巳のいた場所に向けて渾身の突きを放ったユーゴは、やはり経験豊富な武人なのだろう。

 だが、龍巳がいたのはあくまで、の話である。

 ユーゴが視力を回復したときには、龍巳は彼の後ろに回って首筋にダガーを突きつけていた。


「これで終わり、ですね」

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