第28話 勇者の予想

「決闘だ!この私と戦ってもらおう!」


 ユーゴ侯爵がこの提案......というか一方的な申し出をした理由は、本人が武勲で成り上がったことで自分の実力に自信を持っていたことと、龍巳のことを侮っていたという二つがある。

 龍巳が勇者ではないことを一ヶ月前に謁見の間にいた他の貴族から聞いていたユーゴ侯爵は、異世界人であることを差し引いてもつい一ヶ月前まで一般人であった男などに負けるはずがないと思っていた。そしてそれは、他の貴族の大半も同様であった。

 ユーゴは仮にも武人だ。いつも通りであれば龍巳の本当の実力を何となく察し、突っかかるにしても別の方法にしただろう。

 その判断を鈍らせたのは、アルセリアと美奈だ。

 龍巳が割り込んできた時に彼に向けた二人の視線が、ユーゴにはただならぬものに見えたのだ。それを察知することができたのがユーゴの実力の高さゆえというのは、一種の皮肉だろう。

 一方で決闘の申し出をされた龍巳はというと、一度ユーゴから視線を外して遠くにいるアルフォードに目を向けた。その瞳には「どうすればいい?」という趣旨の意思が含まれていた。

 それにアルフォードが返したのは......


(そのまま!そのままそいつを倒せ!)


というある意味ノリノリな返事の視線だった。

 その様子にため息をはく龍巳だったが、それはユーゴから見れば自分の申し出に呆れているように見えた。そのすれ違いはさらにユーゴの怒りを燃え上がらせ、場の空気はさらに苛烈さを増す。


「なんだその態度は!まさか、この私と戦うのが怖いのか!?」


騒ぎ続けるユーゴに視線を移した龍巳は、その申し出を受けるために口を開く。


「分かりました。その決闘受けましょう」


 宗太との模擬戦の予定が狂ったことに眉を潜めながら、代案としては及第点かと自分を納得させて意識を切り替える。

 龍巳が申し出を受けたのを遠目に見たアルフォードは、彼らの方に向かって歩き出すと大きな声で宣言をした。


「その決闘、このアルフォードが預かろう。場所は城の中央にある決闘場で行う。二十分後、そこに集まってもらおう」


そしてアルセリアに視線を移して命令を下した。


「アルセリア。タツミ殿を決闘場に案内してくれ」

「はい、分かりました」


続いてユーゴを見ると、確認するように聞く。


「チャンブル侯爵も、それでいいな?」

「は、はい......」


 国王が出張ってきたことに動揺を隠せないのか、少し使えながらも返事をするユーゴ。するとそのままアルフォードに提案をする。


「陛下、お願いがあります」

「む、申してみよ」

「はっ!よろしければその決闘に他の貴族たちを招待してはいかがでしょうか?これまでのタツミ殿の言動が彼らに与えたものを払拭するには必要かと」


 アルフォードからしてみれば願ったり叶ったりの提案であった。ユーゴ本人は龍巳の無様な姿を多くの者にさらすことで、アルセリアと美奈との仲を反対させないことが目的なのだが、完全にアルフォードは逆のことが目的になっていた。

 ......言葉だけみればどちらも同じなのだが。「与えたもの」というのがアルフォードからすれば龍巳の悪印象、ユーゴからすれば不快感というこれまた見事なすれ違いである。


「うむ、そうだな。そうしよう。他の者もそれでよいな!」

「「「「「はっ!」」」」」


 アルフォードの号令に、貴族たちが一斉に返す。

 そうして龍巳は、なし崩し的に貴族の前で決闘をすることになったのだった。


 それから、いつの間にか人だかりができている龍巳の周りを散らし、食事会そのものはそのまま続行となった。


「龍巳君、ごめんね?」

「私もすみませんでした。もっと強く突き放していれば......」


 すると、美奈とアルセリアが申し訳なさそうな顔をしながら龍巳に話しかけてきた。


「いやいや、十分に強かっただろうに......。あれ以上強くしたらあの侯爵の心が折れるぞ?」


苦笑しながらそう返す龍巳であったが、それに美奈が異を唱える。


「あの貴族ならそんなこと無いと思うわよ?あそこまで強気に突っかかってくるんだから」

「そうですね。彼は経験豊富な武人として知られていますし、そう簡単には屈しないと思います」

「まああいつがどうだろうと、二人が触れられる前でよかったよ」


 龍巳のその言葉に、二人の顔に朱色が差し込む。それを悟られまいと二人して俯くのを見た龍巳は、何か機嫌を損ねてしまったのかと心配するものの特に不機嫌なオーラも見て取れなかったため放置することにした。

 それから、顔をあげた二人と計画の変更について話したりしている内に二十分が過ぎ、決闘の時間がやって来た。


 現在、龍巳たちがいるのは城の中央に中庭のようにして位置している決闘場だ。ある程度の広さが持たされたその空間には、龍巳とユーゴ侯爵、そして審判役としてトッマーソの三人が立っていた。

 見学している貴族たちとアルセリアたち王族三人、そして勇者二人は、広場の外側にある見学席にいた。


「全く、ずいぶんと計画からは離れちまったなぁ......」

「まあそう言うでない、ソウタ殿。確かに計画からは離れたが、ここでタツミ殿が勝てば、もしくはいい勝負ができれば貴族を見返すには十分だ」


 アルフォードのその物言いに、宗太が不機嫌そうな顔をして聞き返す。


「いい勝負って、あのチャンブルって貴族はそんなに強いのか?」

「うむ。あやつは貴重な『槍術Lv.5』を持っていてな、近接戦では敵無しだ。スキルレベルが五というのは本当に強い。その動きは人間の出来る域を超えている。そして経験の濃さも量も、タツミ殿や勇者二人に比べて圧倒的だ。今なら、まだソウタ殿にも勝てるぐらいには強いぞ」


アルフォードの説明に、美奈が続いて質問する。


「あの男は魔法は使えるんですか?」

「いや、一般的な火魔法ぐらいしか使えない。というか、普通はあの若さでレベル五のスキルを持っているだけでもすごいのだぞ?その上魔法まで高かったら、もはや人外だ」


 アルフォードの言葉に、勇者二人は安心したように息をつく。

 その様子に、アルセリアが疑問の声をあげる。


「あの、なんでそこまで安心してるんですか?」

「ん?ああ、これはな......」

「龍巳君が勝つのを確信したからよ」

「「......は?」」


宗太に続いて美奈が発したその言葉に、アルフォードとアルセリアが二人揃って間抜けな声を出した。一方、この場にいるもう一人の王族のジューンは、面白そうなことを聞いたとクックと含み笑いをこぼしていた。


 そして、龍巳とユーゴの決闘が始まる......




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