第31話 乙女心

 決闘の翌日、龍巳は昨日の『お披露目会』の準備のために行けなかった孤児院に行くための許可をもらいに、アルフォードのところに来ていた。

 前回行った時にはすでに城を抜け出していることがばれていたため、今回からはアルフォードにしっかりと報告することを決められてしまったのだ。

 そしてアルフォードに明日孤児院に行くことを伝えると、予想外のことを頼まれてしまった。


「は?またセリアを連れていけって言ったか?」

「ああ、言った」

「それはまた、なんでだ?」


 その龍巳の問いにアルフォードが答える。


「あの子は元々、この城の中で王女としての教養を学んでいた、というかそれしかしていなかった。あの子とお近づきになりたい貴族やその子供は多くいたが、そのほとんどが下心を持っていたために、それを見破れてしまうあの子は人と遊ぶことなどほとんどしなかった。だが......」


その時、アルフォードの顔に優しい笑顔が浮かんだ。


「この前その孤児院から帰ってきたあの子は、いつにも増して楽しそうな笑顔を浮かべていてな。『機会があったらまた行きたい』とも言っていたのだ。だから一人の親として、あの子の望みを叶えてやりたいと思ってな」


 そう言うアルフォードの表情は、貴族の前での王としての顔でも、龍巳に愚痴をこぼす友人としての顔ではなく、親としてのものであった。

 そんな友人を見た龍巳としては、その頼みを断る気も起きずに請け負ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「今日はよろしくお願いしますね、タツミ様!」

「おう、よろしくセリア」


 そしてさらに翌日、龍巳とアルセリアは城の出入り口の前で落ち合うと、会話をしながら城を出ていく。

 それを、今日を訓練に当てていた美奈が見つけたことには全く気がつかないまま。


(あれって、アルセリアと龍巳君よね?なんで二人で城を?)


そんな疑問を持った美奈が、一つの結論を思い付く。いや、思い付いてしまう。


(まさかあの二人、付き合って......?そういえばこの前は龍巳がアルセリアを『セリア』って呼んでいたし、あり得ない訳じゃないわね。この前の決闘の時の龍巳は格好よかったし......)


そこまで考えた美奈の胸の内に、鼓動の高鳴りとチクッという痛みが走る。

 それが何なのかは、決闘で龍巳の姿を見たとき、いやチャンブル侯爵から庇ってくれた時から何となく分かっていた。


(そっか、私、龍巳君のことが好きだったのね......)


 その遅すぎる(と美奈は思っている)気づきに美奈の瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、独り言が口から漏れる。


「早すぎる失恋だったわね......」


 友達であるアルセリアからその恋人を奪う気にはなれず、その場で初恋を諦めようと思った美奈であったが、その日の内に吹っ切ることはできず、度々ため息をついてはソフィアに心配されるということを繰り返すのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 美奈がそんなことを考えているとは微塵も知らずに、アルセリアと龍巳は教会の孤児院に来ていた。


「エリーサさ~ん!タツミです!また来ました!」

「アリスです!エリーサさん、いらっしゃいますか!」


 そう大きな声で呼び掛けると、バタバタと教会の中から足音が聞こえてから扉が開き、エリーサが飛び出して来た。


「うるさいね!そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ!近所迷惑ってものを考えな!まあいいや、じゃあこっちに来な」


 明らかにエリーサの方が大きな声を出しており、近所迷惑なのはどちらか分からない。

 そんなことを思いながら龍巳がアルセリアの方に視線を向けると、ちょうどアルセリアも龍巳の方を見ていた。そこでお互いに同じことを考えていたことを察した二人は、苦笑を浮かべ合いながらエリーサについていくのだった。


 そして子供たちのもとに行こうとしたのだが、その前に龍巳がエリーサにあることを頼まれてしまう。それは......


「え?訓練ですか?」

「ああそうさ。この前の鬼ごっこの時に見たけど、あんた結構魔法が使えるだろ?だから、あの子達にも何か魔法を教えてほしいのさ。まあ魔法は向き不向きがあるから、向いてない子には剣術でもいいよ」


 そう言われた龍巳は、もし子供たちが魔法を使えた場合を考えて将来に役立つことはほぼ確実であると思い、その提案を受け入れたのだった。


 そして、現在。

 子供たちのもとに来た龍巳が、誰が魔法に向いているかを探ることにした。


(ソフィアさんが言うには、魔法に向いているかどうかは魔力の量で決まるみたいだから、『鑑定』でステータスを見れば一発だよな)


 孤児院に来るのが多いとは言えない自分が教えるのだから、できる限り効率を高めたいと思った龍巳は『鑑定Lv.5』で宗太をのステータスを見たように、子供たちにもスキルを使うことを決めた。

 下が子供たちのステータスだ。


====================

リック 12歳 男  Lv.4


体力:7

魔力:4

物攻:8

魔攻:3

物耐:10

魔耐:3

筋力:6

敏捷:11

器用:3


<スキル>

剣術Lv.1

====================



====================

エレナ 12歳 女 Lv.3


体力:5

魔力:12

物攻:4

魔攻:10

物耐:5

魔耐:11

筋力:3

敏捷:4

器用:5


<スキル>

記憶保管Lv.1

====================



====================

ルイ 12歳 男 Lv.4


体力:10

魔力:2

物攻:12

魔攻:6

物耐:10

魔耐:4

筋力:11

敏捷:6

器用:3


<スキル>

剣術Lv.2

====================



====================

ジャック 11歳 男 Lv.3


体力:5

魔力:7

物攻:3

魔攻:2

物耐:5

魔耐:3

筋力:3

敏捷:4

器用:21


<スキル>

細工Lv.1

====================



====================

シル 12歳 女 Lv.1


体力:4

魔力:13

物攻:4

魔攻:15

物耐:4

魔耐:12

筋力:3

敏捷:3

器用:4


<スキル>

植物魔法Lv.1

====================


五人のステータスを見た龍巳は、「やっぱり勇者やら異世界人のステータスって高いんだな」という感想を抱いた後に、五人のあまりのバランスのよさに驚愕する。


(なんだこれ!前衛にルイ、中衛をリック、後衛にエレナとシルを置いて、装備をジャックが作れば理想的なパーティーになるじゃないか!)


 龍巳はトッマーソから集団で行動することのメリット等も教えてもらったために、このような知識も持っていた。

 それから龍巳は、シルの持つ『植物魔法』に注目した。


(これ、属性魔法じゃないよな?ってことは、まさか『固有魔法』?本当にこの五人バランスがいいな。シルを切り札にすれば大人にも勝てるんじゃ?)


 そうやって考え込んでいると、しびれを切らしたリックが龍巳に話しかける。


「なあアニキ、早く訓練やろうぜ?もうウズウズしちゃって、早く体を動かしたいよ」

「あ、ああ。そうだな。じゃあまず、リックとルイは俺と剣術をやろうか。その間、他の三人はセリ......じゃなかった。アリスに魔力の使い方を教えてもらってくれ」


 龍巳は一人では人手が足りないと思い、アリスに助力を求めた。それに異論を挟まずに賛同したアリスは、優しい笑顔を浮かべながら子供たちを手招きし、それぞれで訓練が始まった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「こんな感じ?」

「そうそう。エレナちゃん、上手ですね。あ、ジャック君は惜しいですよ。もっとイメージをはっきりさせてください」


 アリスことアルセリアは、龍巳に頼まれて子供たちに魔力の使い方を教えていた。

 龍巳からそれぞれが持っているスキルを聞いていたため、アルセリアはそのスキルを使わせることで魔力を感じさせてから、それを意識させるという方法を用いていた。

 アルセリアがエレナとジャックに教えていると、シルが不満そうにむくれて文句を言い始める。


「私、タツミさんがよかった......」


 シルの言葉にアルセリアが少し悲しそうな顔をするが、それを隣で聞いていたエレナがアルセリアを励ます。


「あ~あ、ごめんねアリスさん。今ね、シルがやきもちを妬いて意地悪してるだけだから、気にしないで」

「やきもち、ですか?」

「うん!シルはねぇ、タツミさんのことが好きみたい。だからまるで夫婦みたいに通じあってるアリスさんにやきもち妬いてるんだよ」


 そこでエレナの言葉の一部分にアルセリアが過剰に反応する。


「ふ、夫婦!?いえいえ、私とタツミさんはそんなんじゃ......」


そのアルセリアの様子に、ジャックが不思議そうな顔をする。


「あれ、違うの?じゃあタツミさんのこと、好きじゃないの?」


そのジャックの問いにアルセリアの顔が赤くなり、思考が脇にそれ始める。


(好き?確かにタツミ様には好感を持てますが、別に男女の関係として思っているわけでは......。そもそも、男女の好きとはどんなものなのでしょう?格好いいなどと思えばいいのでしょうか?そういえば、決闘の時のタツミ様はすごくかっこよかったですね......ってそうじゃなくて!)


そんな風につらつらと考えていると、リックとルイに同時に剣術を教えている龍巳の姿が目に入った。


「くっそ!全然あたんねえ!」

「速すぎる......」

「はっはっは!まだまだだな、お前ら!」


 龍巳は二人の木剣を自分の木剣で弾きながら指導していた。

 そのときの笑顔を目にしたアルセリアは、自分の鼓動がトクンと高鳴るのを感じ、同時に悟った。


(ああ、なるほど。あの笑顔にやられてしまったというわけですか)


しかし、納得してスッキリしたと同時に、アルセリアの胸の内には暗いものも広がっていく。


(けれど、私は王女です。いつか、他の国に嫁いで国の発展に身を捧げなければなりません。この気持ちは、大事にしまっておくことにしましょうか)


 そんな悲しい決心をしてしまったアルセリアは、ジャックの問いに「そうですね、タツミさんのことは”友人として”好きですよ」とお茶を濁してから再び魔力の使い方を三人に教えるのだった。

 

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