第25話 魔法戦

 アルセリアと孤児院を訪れた翌日、龍巳は魔法師団の訓練城に来ていた。

 朝に自室で朝食を食べていたとき、ニーナを通してソフィアから美奈の模擬戦相手をするように頼まれたのだ。

 これまでは魔法師団の団員と模擬戦をしていたのだが、美奈の保有スキル数が他の団員を超えてしまい、最近では美奈が本気を出さずとも魔法スキルのごり押しで勝ててしまうのだとか。

 それならば龍巳の担当であるライリーや美奈自身の担当であるソフィアが相手をすればいいのではないかとも思うかもしれないが、ライリーは龍巳の指導係であって美奈の担当ではなく、ソフィアの場合は空間魔法を使うため、初期の訓練相手には向かないのだ。

 そんなわけで、お互いの経験値になるだろうというソフィアの考えの下、龍巳に白羽の矢が立ったのだった。


「ごめんね、龍巳君。最近の模擬戦って張り合いがなくってさ」

「いや、構わない。俺も最近宗太と模擬戦をやったばかりだから、美奈相手にどこまでやれるのか試したかったんだ」


 そう言って不敵に笑う龍巳に、美奈の自尊心が少し刺激される。


「あはは、まあ頑張って?私だっていろんなスキルを手に入れてきたんだから、そう簡単には負けないよ?」


 そして二人の模擬戦が始まった。

 まず手始めに美奈が火魔法で先制攻撃を行う。


「ファイヤー・ボール!」


燃え盛る炎の球が龍巳に向かうが、龍巳も魔法スキルを使って防御する。

 使うのは火魔法に対して相性がいい水魔法だ。前に手を突きだしながら魔法名を叫ぶ。


「アクア・ウォール!」


すると水の壁が龍巳の前に現れ、美奈の『ファイヤー・ボール』を受け止めた。

 美奈は小手調べとしてあまり魔力を込めずに魔法を放ったため、スキルレベル三の龍巳の『水魔法』に防がれたのはそこまで驚きはしなかったが、ある点に感心していた。


「ずいぶんと発動までが早いのね。私よりも後出しで魔法を防ぐなんて、今までの模擬戦相手よりも倒しがいがありそうだわ」


 そう、龍巳の魔法名の詠唱から魔法の発現までが早いのだ。これは龍巳の発見した、『魔力操作』によるアシスト効果が関係しているのだが、実はそれだけではない。

 龍巳が利用しているのは『魔力感知』による先読みだ。

 魔力を使うときには「活性化」「変換」「移動」「放出」の三段階を踏んでから魔法になるのだが、龍巳は『魔力感知』により「変換」の段階で魔法の属性を読み、その魔法を打ち消すのに効果的な魔力に即座に変換していたのだ。すると美奈が魔法を発動した時点で、その形態に対抗しやすい魔法を発動すれば効果的に打ち消せるのだ。

 そして美奈が次の魔法を発動するために準備をする。


「まあいくら魔法の発動が早くても......」


美奈が魔力を変換し、発動に備える。

 その変換した魔力の属性を察知した龍巳は、咄嗟に魔力の変換を行い魔法を発動する。


「サンド・スモーク!」

「これなら防げないでしょ!サンダー・ランス!」


 美奈が使ったのは『雷魔法』。属性魔法の中では最速を誇る魔法だ。

 一方で龍巳が使った魔法は土で視界を塞ぐ魔法だ。『雷魔法』がどんな形であれ、満足に防ぐには魔法の発動が遅すぎると判断し、この魔法で視界を塞ぐことにしたのだ。その理由は......


「......参ったわ」


美奈の背後にはいつの間にか龍巳の姿があり、美奈の首に手刀を当てていた。

 龍巳は『サンド・スモーク』を使った直後、『身体強化』を用いて横に跳んで『サンダー・ランス』をかわし、そのまま美奈の死角に最短距離で潜り込んだのだ。

 しかし、なぜ『身体強化』が間に合ったのか?

 それはこのスキルの原理による。『身体強化』は魔力の「活性化」と「移動」だけで発動が可能なのだ。属性を「変換」する必要も、「放出」させることもないため、『魔力操作』のアシストがあれば十分に『雷魔法』をかわせる早さで発動できる。

 そうしてこの模擬戦に決着がつき、二人は反省会を始めた。


「とりあえず、あなたはもっと速く『身体強化』を使うべきじゃない?そんなに発動が早いなら、私に魔法を使わせる前に決着をつけられたでしょ」

「いや、初っぱなに使ったら牽制の魔法を打たれて時間を稼がれている間に、距離を取られた」

「その口調は実際にやられたみたいね」

「まあね。ライリーさんは容赦なかったよ」


 ライリーと龍巳のその模擬戦を見物していたオリバーは、数日間ライリーに逆らう気が起きなかったらしい。

 彼曰く、


『あんな魔法の大群に襲われて、生き残れる気がしない......。タツミが異世界人だってことを久しぶりに再確認したよ......』


ということだ。

 そして反省会は続く。


「それなら『身体強化』を発動したまま魔法を打ち消せる武器とかあれば、解決するのにね」

「まあそんな都合のいいものがあるとは思えないけどね」


 そんな冗談半分の会話をした後は、美奈についての反省に移る。


「私の場合は、やっぱり魔法の発動速度と近接に持ち込まれた時の対策かな」


美奈の言葉に、龍巳は初めて『魔力操作』のアシスト効果について他人に教えることにした。

 それを聞いた美奈は、


「そういうこと!?だから『水魔法』の発動が早かったのね!?」

「まあそういうことだ。スキルレベルを五まで上げられる美奈なら、俺よりももっと早くなるだろ」


龍巳がそう言うと、美奈の顔に疑問の色が浮かぶ。


「ねぇ、なんでそれを教えてくれたの?教えなければあなたの方が有利だったでしょう?」


すると龍巳は困ったような表情をしながら答える。


「元々今まで黙っていたのは確証がなかったからだ。宗太との模擬戦で確信を得たら、すぐに教える予定だったよ。それに......」

「それに?」


そして龍巳は、子供たちの笑顔やこの城で知り合いになった者たちを思い出しながら口を開く。


「この国を守ると決めたんだ。それに、周りの人たちをできるだけ傷つかせたくない。そのためなら、俺の有利さなんて喜んで捨てるさ」


龍巳の顔は、城でアルフォードに直談判したときのように引き締まり、その目は優しさに満ちていた。

 そんな覚悟を決めた龍巳の顔を見た美奈は少し頬を染め、眩しいものを見るかのような仕草をした。胸の鼓動も、幾分か早くなっているようだ。


「そう。いいわね、そういうの」

「そうか?まあ美奈もできれば守りたいと思ってるよ」


その言葉に美奈の鼓動がさらに早くなる。顔もさらに熱くなり、俯いてしまった。


「あ、でも美奈に守られることの方が多いかもな」


なんとか気持ちを落ち着けた(というか押さえつけた)美奈は、つっかえながらも返事をする。


「そ、そうね!まあ勇者の私に任せなさい!」

「ああ、頼りにしてるよ」


 それからも何点か反省点を見つけては話し合い、午前の修行を終えた二人であった。

 

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