第24話 かわいい人
アリス(アルセリア)が来たからと言って龍巳のやることが大きく変わるわけではなく、基本的には子供たちと遊ぶといういつもどおりの行動をとっておけばよかった。一応、龍巳が護衛の代わりなので『魔力感知』を使って教会に不審な者が来ないかを注意しているのだが、控えめに言っても高価なものが置いてそうには見えない教会であるだけに、龍巳も警戒にそこまで集中力を割いていなかった。
子供たちは教会に来ている女の子が自分達の国のお姫様だとはこれっぽっちも思っていないので、これまたいつも通りに龍巳に構ってもらっていた。
「よし!とうとう捕まえたよ、タツミさん!」
「なにぃ!?ずいぶんと腕を上げたようじゃないか、ルイ」
龍巳が芝居がかった口調でルイのことを誉める。
龍巳たちが今やっているのは鬼ごっこで、龍巳が最初にこの孤児院に来たときに子供たちが遊んでいたものだ。しかし、その時と全く同じものでは既に子供たちの関心を引けないだろうと推測していた龍巳は、少し趣向を凝らして普通の鬼ごっことは違うものを考案した。
龍巳が使ったのは『土魔法』で、ただの更地だった教会の広場を凹凸のあるアスレチック広場に変えてしまったのだ。ジャングルジムのようなものから一辺の長さが五〇センチほどの立方体を組み合わせた立体まで、子供たちが気に入りそうなものを次々と作り出し、そこで鬼ごっこを始めたのだ。
ただの更地ではなく、身を隠す場所もある広場での鬼ごっこは案の定子供たちにも好評で、始めて少し経つと障害物を利用して鬼をかわしたり、死角から忍び寄って捕まえたりと子供たちも考えながら遊ぶようになった。
子供たちが高いところから落ちそうになったときは、龍巳が『身体強化』を使って駆けつけたり『風魔法』で受け止めたりと安全対策もバッチリである。
そして龍巳を捕まえたルイは、すぐに身を隠して龍巳から逃げる。
一方、ルイに捕まった龍巳が芝居がかった口調のまま姿を隠している五人に向かって声をかける。
「お前らも成長したようだな。いいだろう、このタツミ様の本気を見せてやろうではないか」
龍巳が邪悪な笑顔を浮かべながら五人に語りかける(という演技をする)と、偶然同じ場所に身を隠していたルイとリックがヒソヒソと小声で会話をする。
「お、おいルイ......、なんかお前がアニキを捕まえたせいでさらに難しくなりそうだぞ......」
「し、知らん!ぼ、僕は悪くないぞ!」
他の位置で姿を隠している三人もリックと似た感想をルイに抱いていると、おもむろに龍巳がリックとルイが隠れている位置に振り返る。
それに気づいたリックが慌てて出していた頭を引っ込めると、またヒソヒソとルイと話し始める。
「なあ、なんかアニキがこっちを向いたんだけど......」
「はあ?いや、僕がここに来たときにはこっちを向いてなかったから、見つかってないはずだぞ?」
「でも確かにこっちを......」
とその時、二人の上に影が差し込む。
恐る恐る二人が顔を上げると......
「見 ~ つ ~ け ~ た ~」
「「ぎゃああああああ!!??」」
そこには邪悪な笑顔を張り付けた龍巳の顔があった。
たまらずそこから駆け出すリックとルイであったが、他の子供たちもことごとく龍巳の『魔力感知』に見つかってしまい、二人と同じように悲鳴をあげながら、しかし楽しそうに逃げるのであった。
一方、それを部屋の掃除をしながら窓を通して見ていたアリスはというと、クスクスと笑いながらエリーサと話していた。
「ふふ、あんなに子供っぽいタツミさん、初めて見ました」
「そうかい?まあ確かに、普段は少し真面目すぎるようなところがある奴だからね。案外、子供たちと遊んで一番気分転換をしているのはタツミなのかもしれないね」
その言葉に、アリスは王城での修行の様子を思い出していた。
龍巳はいつも真剣に修行に取り組んでおり、そのよ様子はアルセリアに仕える侍女からも伝わっている。もちろん彼を召喚した者として、何回か修行の様子を見に行っているが、修行が上手くいって喜んでいるところは見たことがあるものの、子供たちと遊んでいるときほど無邪気な表情(今は演技で邪悪な笑顔を浮かべているが)をしてはいなかった。
だが今の龍巳の様子は、アルセリアにしてみれば「かわいい」と言えるほどのものだ。
そしてアルセリアは、龍巳が王城に戻ってアルフォードに直談判したときのことを思い出す。あのときの龍巳の表情は覚悟を決めた男らしさがあり、外交で他国の王子を見ることも珍しくないアルセリアからしても「格好いい」と感じさせる何かがあった。
しかし今の龍巳は、その時とは別人かと思うほどに表情を緩め、慈愛に満ちた目をしていた。
(あら?なんだかさっきからタツミ様のことばかり考えているような......)
そう自覚した瞬間、アルセリアの心臓か先程までよりも速く、大きく鼓動を刻み始める。顔には熱が集まり、今まで培ってきた王女としての技術をもってしてもそれらを制御しきれない。
(え?え?)
それまで味わったことのない感覚に混乱し、パニック一歩手前まで来たところで......
「ほらアリス!手が止まってるよ!しっかりおし!」
「はっ、はい!」
エリーサの叱責を受けて、アルセリアが咄嗟に大きな声で返事をした。
慌てて掃除の続きをしようと気持ちを切り替えようとしたときには既に先程の動悸は収まっており、いつもどおりの鼓動の早さになっていた。
(さっきのは、なんだったのでしょう?)
今までにない感情の動きに戸惑っていたアルセリアであったが、今はそんなことよりもお手伝いを完璧にしなければ、と意識を切り替えることに成功し、それからは特に問題もなくエリーサの手伝いをこなしていくのだった。
そして昼食の時間になり、エリーサが龍巳と子供たちを呼びに変わり果てた広場に出てきた。
「あんたたち、もうお昼だよ!入ってきな!」
「「「「「は~い!」」」」」
「分かりました!」
そして子供たちが建物の中に入っていくのを見届けながら、龍巳はまた『土魔法』を使って広場を元に戻してから教会に入った。
そしてエリーサに話しかける。
「アリスはどうでしたか?何か迷惑をかけませんでした?」
その問いにエリーサが笑顔で答える。
「ああ、あの子はいい子だね。一度ボーッとしていたことがあったくらいで、他の手伝いはほぼ完璧に近い仕上がりだったよ」
「そうですか。それはよかった」
龍巳は内心、『王女であるアルセリアがなんで家事なんてできるんだ?』と疑問に思っていたが、実はアルセリアはイグニス家の方針で一通りの家事を侍女たちから習っているのだ。これは元々、イグニス家が平民から生まれた王家であることが由来しているのだが、それを龍巳が知るわけもなく、疑問は解決されないまま状況は進むのであった。
そんな疑問を胸の内にしまった龍巳が、教会の食事用のテーブルへ向かっているときに目にしたのは、エプロンをつけて料理を皿に盛り付けているところのアリスの後ろ姿であった。
王城ではついぞ見ないその家庭的な様子に、日本人の心を刺激された龍巳が一瞬ドキッとするがそんなことをほとんどの子が気にするわけもなく、さっさとご飯にしようと急かされる。
......まあ龍巳の様子に少し頬を膨らませていた子供もいたことにはいたが。
そんな風に始まった昼食を終えて、午後は龍巳が絵本の読み聞かせを行った。
その絵本の内容をまとめるとこうだ。
『昔々、この国に一人の男がおりました。その者はとても勇敢で、どんなものにも負けない心を持っていましたが、ある日、多くの魔物がイグニス王国を襲いました。それに立ち向かう男でしたが、東の森で最後に倒した魔物の呪いの牙に噛まれて、もうすぐで死んでしまうという状況に陥ってしまいました。彼がもう諦めかけたとき、近くに咲く美しい花を見つけました。最期に甘いものを欲した男は、その花の蜜を飲みました。すると彼の呪いが解け、彼は英雄として国の皆に称賛されたのでした』
まあよくある英雄譚であるが、それを話す龍巳の芝居が神掛かっていたために子供たちは目をキラキラさせて聞き入っていた。
その間もアリスはエリーサの手伝いをし、とうとう帰る時間になったのだった。
「「「「また来てね~!」」」」
「ま、また......」
「またな!」
子供たちが龍巳とアリスを見送る。そしてエリーサも笑顔で手を振り、龍巳たちを送り出した。
それに二人も笑顔で返し、帰路へとつくのであった。
「どうだった?子供たちは」
「皆さん、両親がいないのに元気で、とても強い子供たちだと思いました。それに、エリーサさんの優しさが子供たちにちゃんと伝わっていることも分かりました」
「ああ、確かにあそこにはすごい人しかいないよ。みんな強いし、優しい。俺もまだまだ頑張らなくちゃと思うよ」
「ふふ、タツミ様もすごい方だと思いますよ?」
「お世辞はいいよ。というか、アルセリア。まだ外なんだからタツミ”さん”だろう?」
「あら、そう言うタツミさんも、今の私は”アリス”ですよ?」
言い返された龍巳と、言い返したアルセリアの間に数瞬の沈黙が訪れる。
しかしすぐに、
「くく......」
「ふふ......」
「「あっはははは!!」」
二人して笑い声を上げるのだった。
そんな二人の楽しそうな声は、既に暗くなったにも関わらず騒がしい王都の喧騒に掻き消されてしまったが、それでも二人の明るい雰囲気は確かにお互いの心を暖かくしていた。
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