第23話 王族の訪問

 現在、龍巳はアルフォードとアルセリアに週に一回訪れる教会の孤児院へとアルセリアを連れていくように頼まれていた。

 龍巳としては王族が行くような場所ではないと思っているために正直な話乗り気ではないのだが......


「お願いします!お父様に国の本当の姿を見てきなさいと言われて、確かに必要な事だと思ったんです!」


当のアルセリア本人が真面目な顔でそんなことを言うのだから断ることはできなかった。ゆえに龍巳はこう言うしかなかった。


「分かった......。ただし、子供たちにむやみに怒ったりするのはナシだからな」


 そう言われたアルセリアとしては、龍巳がもう少し渋るだろうと思っていたので意外に感じた。これまでの食事会や龍巳との会話の中で、龍巳の中で根付いている「王族と平民は違う世界に生きている」という地球で培った考え方に気づいていたためにそのような予測を立てていたのだ。

 しかし龍巳がアルフォードやアルセリアと関わったことで、アルセリアにも気づけないほどの無意識下で龍巳の意識に変化が生じていたのだ。

 その変化を起こしたのは、ひとえにアルセリアたちが勝ち取った龍巳の信頼なのかもしれない。


 それから実際にアルセリアを連れていく際の細かな段取りを決めて、翌日。

 龍巳たちは今教会の前に来ていた。

 その周りに護衛の姿はない。

 元々龍巳が、子供たちの場所に行くのに厳つい男に護衛させるのを嫌がったというのもあるが、何よりも


『龍巳なら大丈夫だろ。ソウタとやりあえる奴なんだぜ?』


という騎士団長トッマーソの太鼓判を得られたのが大きい。

 そして龍巳が教会の扉をノックしてここのシスター、エリーサを呼ぶ。


「エリーサさん!タツミです!今日もよろしくお願いします!」


すると教会の扉が開き、女性が顔を出す。

 この教会の地下に親を亡くした子供たちと共に住み、孤児院を営んでいる元冒険者のエリーサだ。


「おや、今日も来てくれたのかい?別に毎週来てくれなくてもいいんだよ?」

「いえいえ、俺が子供たちと遊びたくて来ているので」

「ふふ、そうかい。あら、そのお嬢さんは?」


 エリーサは早速、龍巳の横にいる女の子に気がついたようだ。

 その女の子が自己紹介を始める。


「こんにちは、エリーサさん。私はと申します。あなたのことはタツミさんから聞いています。なんでも孤児院を自主的に営んでおられるとか」

「ああ、まあそうだけど......」

「実は、前からあなたのように子供たちのために活動できる方たちというのに憧れていまして、昔から付き合いのあるタツミさんにあなたのことをお聞きして『是非紹介してくれ』と頼んだのです」


 エリーサは龍巳が紹介した時点である程度は信用しているのか、特にその言葉を疑うこともなく自己紹介を返す。


「これはご丁寧に、どうも。私はエリーサ。ここで孤児院なんてものをやってる。今日はあんたも手伝ってくれるのかい?」

「はい!もちろんです!」


そこで龍巳が口を挟んだ。


「エリーサさん、アリスはあまり体が丈夫な方ではないので、エリーサさんの家事のお手伝いをさせてやってくれませんか?」

「おや、じゃあそうしてもらおうかね。アリスさんもそれでいいかい?」

「はい。それと私のことはアリスで大丈夫ですよ、エリーサさん」

「じゃ、お言葉に甘えて。今日はよろしくね、アリス」

「よろしくお願いします!」


 ここでネタばらしといこう。

 お察しの通り、アリスはアルセリアの変装である。彼女の元々の見事な金髪はアルフォードが用意した魔道具マジックアイテムで茶髪に変えられている。アリスの頭の上には一見あまり高価には見えないが素材は一級品のバレットが存在している。これがその魔道具であり、アルフォードが魔法師団長ソフィア・エーデルトに頼んで彼女の人脈を用いて用意した品である。

 服や靴もあまり高価なものではないが質だけはそれなりのものを用意した(これらを用意したのは実はニーナであり、どこからともなく調達してきたのだ)。


 そして龍巳たちが教会を抜けて裏の広場に行くと、既に子供たちは外に出て龍巳たちを待っていた。


「あ、やっと来たなアニキ!」

「遅いわよ!」

「今日は何をやるんだ?」

「またケイドロかな?」

「わ、私は、だるまさん転んだがいい......」


 リックが最初に龍巳たちに気づき、それから他の子供たちも次々に龍巳へ声をかける。


 ところで、お気づきだろうか?今の声が四人分ではなく、であったことに。

 そう、龍巳が最初に訪れた時には部屋に閉じ籠っていたシルが、今では外に出て他の四人と遊ぶほどに打ち解けているのだ。

 シルから部屋から出る切っ掛けとなったのは、二週間前に龍巳が訪れたときだ。

 その日はシルを立ち直らせることを第一目標にしていた龍巳は、その前に覚えた氷魔法で氷の動物たちをつくってシルの部屋の前で踊らせていた。曲はエリーサが自分の部屋でヴァイオリンを弾いた。

 その事に興味を持ったのか扉を少し開けたシルの部屋に、動物たちを潜り込ませて手紙を届けさせた。その手紙というのは、エリーサができる限りの優しさと真摯さをもって書いた励ましの言葉だった。

 それまでは部屋の前で語りかけていたエリーサであったが、心を閉ざしていたシルに声だけでは届かないであろうと思った龍巳は、一度趣向を変えて手紙で伝えてみてはどうかと提案した。

 それが功を奏し、シルにエリーサの優しさを伝えることができたのだ。

 それから龍巳が自分も幼い頃に両親を亡くしたことを話したり、魔法で気を引いたりして元気づけたりとシルのために行動している内に、シル本人も少しずつ他の子に歩み寄り、今では一緒に遊ぶことが出来るほどにまで回復している。


 そしてこの日、一週間ぶりに龍巳が来たことにシルを含めて子供たちが喜んでいた。

 するとシルが龍巳の後ろに続くアリスに気づき、声を上げる。


「た、タツミさん!その、女の人はだれ、ですか?」


彼女の瞳には少しだけアリス(アルセリア)に対する警戒の色が含まれていた。といっても別にアリスを不審者だと疑っているわけではないのだが、龍巳はシルの言葉に含まれる感情をそう解釈したようで、少し慌てて紹介する。


「大丈夫。彼女はアリス。俺の友人だよ」

「よろしくお願いしますね、皆さん」


龍巳の言葉は図らずもシルの警戒を解くことができたようで、シルの目から警戒の色は薄れていった。

 そしてアリスの言葉に他の子供たちが元気よく返事をする。


「「「「よろしく!!」」」」


それに少し遅れてシルも挨拶をする。


「よ、よろしく......お願いします......」


 それから龍巳がアリスについて補足する。


「アリスは今日、エリーサさんのお手伝いのために来たからお前らと遊ぶことはできないけど、今日一日仲良くしてやってくれ」

「「「「はーい!」」」」

「わ、分かりました」


そこでアリスが龍巳に耳打ちする。


「ずいぶんなつかれてますね」

「まあ何回も来てるし、数少ない年上の一緒に遊んでくれるお兄さんだからな」

「ふふ、そういうことですか」


ーーまあ一人はそれだけではなさそうですが......


小声であとに続いたアリスの言葉は龍巳には届かず、龍巳はさっさと子供たちの方に向かって行ってしまった。


 そうしてこの国の王女、アルセリア・マグダート・フォン・イグニスを交えた龍巳の休日が幕を開けるのだった。


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