第15話 できることを......

 龍巳が城を訪ねてきた、と報告を受けたアルフォードは、迎えにアルセリアを寄越して謁見の間まで案内させることにした。

 そして迎えに行かされたアルセリアはと言うと......


「タツミ様!今までどこに行っていたのですか!?お父様も私も、すごく心配したんですよ!昼間は騎士の皆さんに探してもらって、それなのに見つからなくて......」


龍巳がいなくなってからずっと探していたことによる疲労から、今まで見たことのない取り乱した様子で龍巳に詰め寄っていた。


「それはすいませんでした。どこで何をしていたのかもお話ししますから、お父上の所に案内してくれませんか?」


龍巳がそこまで悪いと思っていないことを察したアルセリアは、龍巳が見つかったことによる興奮も相まって、子供っぽい、もっと言えば歳相応の表情を浮かながら龍巳に言葉を返す。


「分かりました......。でも条件を付けます」

「条件、ですか?」

「はい。心配させた罰と思って受け入れてください」

「そう言われると痛いですね......。分かりました、よっぽど変なものでなければ受け入れましょう」


龍巳の返答に顔に笑顔が戻ったアルセリアは、自分の要求を口にした。


「これからはアルセリア、それが長ければセリアと呼んでください。敬語もなしでお願いします。ソウタ様は始めから親しげな口調でしたのに、タツミ様だけ敬語を使っているのが気になっていたのです。あなたを巻き込んでしまったのは私なのに、敬語を使われた上に『王女殿下』なんて呼ばれたら罪悪感で押し潰されそうになります......」


そう言うアルセリアの顔は確かに笑顔の中に影があった。いつもは王女としての外面で隠しているが、先程の興奮がまだ残っているのかその外面は不完全で、罪悪感による表情の変化が抑えきれていないのだ。


「......分かった。これでいいか?」

「はい!あ、でも名前はまだ呼んでもらっていないですね......」


そしてアルセリアは龍巳をじっと見つめ、なにかを待っているかのような雰囲気を醸し出し始める。その姿勢は地球で言う「上目使い」というもので、そんな知識はないはずなのにナチュラルにそれをやってのけるアルセリアは、天然の小悪魔とも言えるだろう。


「はぁ......じゃあ案内してくれ、セリア」

「っ!はいっ!」


そこからは少しうきうきした様子で龍巳を案内するアルセリア。龍巳も罪悪感を薄められたならいいと思い、素直に付いていくのだった。




ー謁見の間ー


「よくぞ戻ってきてくれたな、タツミ殿。この二日間、何をしていたのか聞いてもいいだろうか?」

「ええ構いませんよ、陛下。その話もしなければ、私が決めたことを伝えても納得はしてくれないでしょうから」


 そう言う龍巳の顔は覚悟を決めた者のそれであり、アルフォードは龍巳の話をしっかりと聞いて判断することを心の内で決めた。

 そして龍巳はアルフォードとアルセリアに二日間のことを語り始めた。もう日はとっくに落ち、教会の子供たちも寝ている時間だというのに二人とも嫌な顔ひとつせず龍巳の話に耳を傾ける。


「まず、私は商人と偽って城から抜け出し......」


龍巳は城を出てからのことを順に話した。城を抜け出してから教会を見つけ、子供たちと遊んで共に夕食を食べたこと。翌朝からおもちゃ作りを始めたこと。それから話は、シルがいたことに龍巳が偶然気づいたことに移った。


「そのシルという女の子は、目の前で両親を魔物に殺されたそうです。それを教えてくれたシスターから、他の子供たちも魔物が原因で親を亡くしていると聞きました。そして私は、子供たちが寝静まってからここに向かったと言うわけです」

「そうか......。やはり魔物をどうにかしなければこの国に未来はない、ということだな......。それで、なぜここに戻ってきたのかを教えてくれないか?」


ここで龍巳は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。これから言うことは少し、いやかなり虫のいい話であると分かっているからだ。


「私を......いや、俺を、勇者たちと同じく鍛えてもらいたい」


龍巳の言葉にアルフォードとアルセリアは目を見開いた。それも当然だ。龍巳はこの国を救う話には否定的で、アルフォードや他の勇者たちの提案をことごとく却下していたのだから。


「それは......正直、対魔物の戦力が増えるのは嬉しいが、なぜ?勇者が国を救っては国が貴族たちによって駄目になるといったのはタツミ殿であろう?」


この世界の人々よりも能力が上だという点では、巻き込まれたとはいえ異世界人である龍巳と勇者は変わらない。しかもアルセリアが召喚したことも勇者と同じ龍巳は、一度貴族たちに理不尽な叱責を受けている。そんな彼が国を守ることは、下手をすれば勇者以上に貴族を冗長させる結果になりかねない。


「確かに俺はそう言った。でもそんなことを言えたのはこの国を守りたいと思えなかったのが前提にある。そして魔物のことも正直実感できていなかった。けど、あの教会で子供たちに会って、守る理由ができてしまった。そして、あの子たちのように大切な人が魔物に殺される人がきっと出てくる。もう知らなかったじゃすまされない所までこの世界に踏み込んでしまったんだ。このたった二日間で、だ。それに......」

「それに?」


アルフォードが問う。




「『できることは増やせる』。今は無理でも、貴族どもを黙らせつつ、あいつらを救える『何か』ができるようになる可能性はゼロじゃない。でもその『何か』を得るためには、やっぱり力は必要不可欠なんだ。それは俺一人じゃつけられない。だから頼む。俺に、力を貸してくれないか?」


 龍巳の言葉にアルフォードは目を閉じ、少し考える。城を抜け出す前の龍巳は今するべきことと、未来がどうあるべきかを考えてをの二つが矛盾するであろうことを予測した。アルフォードもその意見に反論できなかった。

 だが今、龍巳は言った。その予測は無意味に等しいと。何をすべきかではなく、何ができるのかを考えるべきだったと。そして未来を語るなら、どうあるべきかではなく、どうしたいのか。その意志を固めなくては意味がないのだと。

 目を開いたアルフォードは、龍巳にこう告げる。


「分かった。勇者二人とタツミ殿、まとめて面倒を見てやろうではないか。私の国をなめるなよ、タツミ殿?貴族どもの問題よりも面倒なことは今までたくさんあったが、そのすべてを乗り越えてこの国は、今ここにある。このイグニス王国が、そう簡単に無くなることなどあり得ないと証明してみせよう」


娘のアルセリアにとって、そう言った時の父の顔の顔は、今までで一番かっこいいものだったと言う。

 続けてアルフォードは龍巳に提案する。


「それでも魔物に対して早く対策を講じなければならないのも事実。タツミ殿、明日から早速鍛えさせてもらうぞ?」


アルフォードがニヤリとするが、龍巳も同様の笑みを返して言い放つ。


「望むところだ」


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