第14話 龍巳の決意
「タツミさん!こんな感じでどう?」
今、龍巳は地下から出て子供たちと合流して子供たちの作った細い棒の様子を見ていた。
『魔物に......両親を殺された......?』
『ああ、それも目の前でね。詳しいことは夜に話すから、ひとまずは子供たちについていてくれるかい?』
『わ、分かりました......』
そんな会話を経てエリーサと一度別れた龍巳は、子供たちの所に戻りこれまで通りに振る舞おうとしていたのだが......
「いいんじゃないか?」
「タツミさん、これは?」
「いいんじゃないか?」
完全に心ここにあらずと言った様子で満足に会話も出来ていなかった。そのことに気づかない子供たちではなく、皆が龍巳に詰め寄る。
「なあアニキ、どうしたんだ?なんか変だぜ」
「ええ、さっきから全然集中できていないじゃない」
「そうか?ごめんな......。大丈夫だから、あまり気にしないでくれ」
どう見ても大丈夫ではなかったが、エレナがさらに詰め寄ろうとする男子三人を抑えて説得する。
「ダメよ。あの顔はこれ以上聞かれたくないって顔よ。それなのにまだ問い詰めたらもう遊んでくれなくなっちゃうかも知れないわ」
「そ、そうか......分かった」
「うん、エレナの言う通りにするよ」
エレナの制止の声にルイとジャックが返事をする。自己紹介の時に言っていた「この中で一番頭がいいんだから!」というのは本当だったようで、龍巳への気遣いもさることながら男子たちへの指示にも淀みはなく、その指示に男子も否を言うことはなかった。彼女のあのどや顔は伊達ではなかったらしい。唯一返事をしなかったリックもエレナの言うことは理解したようで、聞きたそうな表情を隠せてはいなかったがそれ以上質問をすることはなかった。
子供たちが龍巳を気にしながらも作業をしていると、エリーサの声が広場に響いた。
「あんたたち!昼御飯ができたから中に入りな!」
「「「「はーい!」」」」
「分かりました」
その声に子供たちと龍巳がそれぞれに反応を返すと、エリーサは満足そうに教会へ戻ろうとする。しかし龍巳の様子がおかしいことに気がつくと、先に子供たちを中に入らせて龍巳には広場に留まるように言った。そしてエリーサは子供たちの分の昼食を容器によそってそれぞれの前に置くと、子供たちだけで食べるように指示をしてから自分の分と龍巳の分をよそって龍巳のもとに向かう。
龍巳がエリーサが来たことに気づくと、彼女は龍巳の隣に腰掛けて龍巳の分の昼食を差し出した。
「ほら、あんたの
「あ、ありがとうございます......。でもなんで俺たちだけなんです?」
「まあ簡単に言えば、あの子の話をするからさ」
その言葉に驚く龍巳。詳しい話は夜にすると言われていたのになぜ今話すのかと......。
「なんで?って顔してるね。理由は、あんたが変な顔してるからさ」
「へ、変な顔?」
「ああそうさ。あの子の話をしてから、他の子たちとろくにしゃべっていないだろう?」
「あ......」
「そんなんじゃ子供たちも楽しくないからね。どうやらあんたが子供たちにやらせてるおもちゃ作りも、あの子たちなら自分たちだけでできるさ。見本があってジャックもいるしね」
エリーサ曰く、ジャックはこれまでも木で色々なものを削り出していたらしい。その中でも特にすごかったのがエリーサをモデルにした木彫り人形らしい。それは今でもエリーサの部屋に飾られているのだとか。
「まあとにかく、あの子の話をしてからあの子たちに合流しようじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
そしてエリーサはシルを引き取った経緯とその時に聞いた事を話し始めた。
ーーーあの子を引き取ったのは今から三ヶ月前。お金を引き出しに冒険者ギルドに行ったときにギルド職員が必死になだめてる女の子がいてね。それがシルだった。その職員に聞いた話だと、両親と馬車で旅行に行った帰りに魔物に襲われたらしい。ちゃんと護衛も雇っていたけど、魔物が連携してくるもんで手こずっている内に護衛の間を数匹が抜けていったそうだ。そして魔物どもは一番若いシルを狙った。そこでシルを庇ったのが、シルの両親だったのさ。あの子は文字通り、目の前で両親を失ったんだよ。
そこで龍巳は、アルフォード王の言っていたことを思い出した。
『魔物が連携してくるために国軍も甚大な被害を受けたのだ』
確かにアルフォードはそう言っていた。つまりシルが両親を失った理由の一つは、宗太や美奈が勇者として召喚された理由そのままだと言うことだ。そして、龍巳が巻き込まれた理由も......。
ーーーなんだい、あんた。また変な顔をしてるよ。まあいいや、話を続けるからね。......それで、魔物を倒しきった護衛の冒険者たちはシルの両親の死体とシルを連れてこの町についたんだけど、ギルドにまで行って任務失敗を報告したときにあの子が泣き始めたらしい。私はその場に出くわしたってことだね。で、私はギルドに孤児院をやっていることを説明して、あの子をここに連れ帰ったってわけ。でもあの子は最初に案内した部屋に引きこもっちまってね......。なんとかご飯は食べてくれるんだけど、それでもあの歳の子にしちゃずいぶんと少ないし、心配なんだ......。
そこまで聞いて、龍巳はシルの両親に自分の両親を重ねていた。子供を庇って死んだ父と母を、だ。龍巳がシルの過去に苦いものを感じていると、エリーサがさらに話を続ける。
「まだ龍巳には言っていなかったけど、リックも、エレナも、ルイも、ジャックも親のどちらか、もしくは両方を魔物に殺されてるんだ。シルと違って目の前って訳じゃないから引きこもってはいないけど、それでも多かれ少なかれ魔物に悪感情を抱いているみたいだね......」
龍巳は端的に言って、イラついていた。今すぐ魔物を殺しに行きたいくらいには魔物への憎しみが募っていたのだ。その感情が同情から生まれた偽物であろうと関係なく、魔物たちに報いを受けさせたかった。しかし、それが難しいこともわかっていた。いくら異世界人でこの世界の一般人よりも強いとは言っても、勇者ではない龍巳に身体能力のみで魔物を倒せる訳がないのだ。それでも、龍巳は子供たちのために何ができるのかを考えていたのだが......
「ほら、ここまで話したんだから、子供たちと遊んでくれないか?」
「え?」
「『え?』じゃないよ。元々そのつもりで話したんじゃないか」
「いや、こんなダークな話を聞いてすぐに遊べる訳ないじゃないですか」
龍巳は至極まともなことを言っているのだが、エリーサはそれを切って捨てる。
「そんなの関係ないね。今あんたが子供たちにできるのは、一緒に遊んで少しでも楽しい時間を増やすことさ。あの子たちはまだ子供で、私にとっちゃあんたもそれは変わらない。できることをすればいいのさ。その場その場でできることを考えながらね。できることは増やせる。人間は努力ができる生き物なんだから」
その言葉に、龍巳は自分が先走っていたことを思い知った。無意識の内に「異世界人」ということで思い上がっていたのかもしれない。「勇者じゃないけれど、異世界人だって強いのだから......」という考えで自分にできることを過大評価していたのだ。
そのことに気づいたちょうどその時......
「アニキ!メシ食い終わったから続きやろうぜ!はやく俺のが空を飛んでいるところが見たいんだよ!」
「待てリック!今タツミさんは先生と話して......!」
「無理よ、ルイ。もう着いちゃってるもの」
「あはは......まあいいんじゃない?ちょうど終わったみたいだし」
子供たちが製作途中の竹トンボもどきを持って龍巳たちの所に走ってきた。その様子は”今”をちゃんと楽しんでいることを龍巳に教え、龍巳の気持ちを切り替えさせるには十分なものであった。龍巳は子供たちの声に笑顔を浮かべると、シルのことを知った直後とは打って変わったハリのある声で答えた。
「よし!じゃあやろうか!みんな棒はいい感じにまっすぐになってるね。リックはもう少し手直ししてから次に移ろうね。ちょっと雑に削っちゃってるよ。ジャックは文句なしだ!ルイもエレナもうまくできてる。三人はもう羽根を作り始めちゃおうか」
龍巳は子供たちに誘われるがままに木トンボ製作に入り始めるが、突然はっとしてエリーサの方に向き直り、
「エリーサさん!ありがとうございます!」
と大きな声でお礼を言って製作に戻るのだった。
その胸にはある決意を秘めて......
その夜。龍巳は夕食をごちそうになり皆が寝静まった頃、荷物をまとめて教会の礼拝堂から外に出ようとしていた。
扉に手をかけようとすると、後ろから声をかけられる。
「行くのかい?」
エリーサだった。彼女は心配そうな表情を浮かべて龍巳を見ている。
「やっぱりばれてましたか」
「元冒険者なめんじゃないよ。あんたの行動なんてお見通しさ」
その強気な言葉とは裏腹に今にも龍巳を止めそうな情けない表情をしているように見える。
「さっさと行きな。それがあんたの答えなんだろう?」
......と言うのは気のせいで、男勝りなニカッという笑みを浮かべて龍巳を送り出す。龍巳はたった二日の付き合いなのにここまで自分のことを分かっているエリーサに尊敬の念を抱いた。
「はい。短い間でしたがお世話になりました」
「本当に短かったねぇ。なのにうちの子たちによく付き合ってくれたよ。あの木トンボ、だっけ?あれが完成して飛んだときは興奮しっぱなしだったよ。『魔法使ってないのに飛んでる!』ってね」
その言葉に二人して優しげな笑顔を浮かべる龍巳とエリーサ。そして思い出したようにエリーサが龍巳に問う。
「何か子供たちに伝えたいことはあるかい?」
「じゃあ、四人には『また来る』と伝えてください」
「四人には、かい?」
ニヤリとして再び問うエリーサに龍巳は苦笑を浮かべた。
「本当に敵いませんね。シルちゃんにはこう伝えてください。ーーー」
エリーサは龍巳の台詞に驚いた顔をするが、すぐに元の表情に戻る。
「分かったよ、伝えとく」
「はい、よろしくお願いします。じゃあ、もう行きますね」
「ああ、行っておいで。でも約束だ。またここに帰って、私の夕飯を食べていきなよ?」
そしてエリーサはこう続けた。
「私にとっちゃ、あんたはもう家族同然なんだからね」
その表情は教会のシスターにふさわしい、聖女のような優しい笑顔だった。
エリーサに見送られた龍巳は、とある大きな門の前にいた。そこにいる二人の男に見つかった龍巳は、そのうちの一人に声をかけられる。その声には明らかに警戒の色が含まれていた。
「なんだ?お前。ここに何か用か?」
その時、もう一人の男が何かに気づいたように声を荒らげる。
「お、お前は!?」
そして龍巳は自己紹介と同時に用件を伝える。
「俺は、ここで召喚されたタツミと言う。アルセリア王女殿下とアルフォード陛下に会わせてくれ」
そう、今龍巳がいるのは一度抜け出した王城の前であった。
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