第一章 王都編

第3話 大回廊にて

 兵士と思われる男二人を先頭に、お姫様が続いてその後ろを歩き、その後ろをまた兵士が続く。それに着いていく形で龍巳たち三人が物珍しそうに回りを見渡しながら歩いていた。

 今彼らが歩いているのは大回廊とでも言うべき、天井が凄まじく高い建物の中であった。壁も天井も白い石が使われており、調度品や絵画も飾られている。床には毛足の長い絨毯が敷かれ、お姫様が泣いた部屋から出るとき、龍巳たちは一瞬躊躇ったほどに綺麗な柄が描かれていた。


(まさにおとぎ話に出てくるお城って感じだな......。まあ、どうして俺たちがこんなところにいるのかの方が問題なわけだが)


 日本ではあまり見ない光景に思考が持っていかれそうになるが、それを堪えて自分たちがなぜ日本とは思えない場所にいるのかを考察しようとする。しかし結局は情報不足ということで考えが止まってしまうのだった。

 龍巳が色々と考えを巡らしていると、左後ろを歩いていた香山宗太が話しかけてきた。


「なあ、ここってどこなんだろうな?次の試合に向けて練習しようと家を出たとたん、あの変な空間に飛ばされてよ。何が何だか訳わかんねえよ」


 何が何だかわからない状態で、自由落下を楽しんでいたのか!?と言いたい龍巳であったが、初対面の相手に突然大声を出さない程度の分別は持っているので、興奮を己の内に押し止め会話を転がしていく。


「さあな。俺にも全く見当がつかない。日本ではなさそうだが」


......それでも敬語が抜けてしまったのはご愛敬である。


「そういえば自己紹介をしておこうか。俺は八坂龍巳。歳は十七だ。龍巳と呼んでくれ。」

「おっ、これはご丁寧にどうも。俺は香山宗太。同じく十七歳だ。総合格闘技の世界最年少チャンピオンといえば分かりやすいか?」


 二人は自己紹介を始め、お互いに名乗っただけで少し連帯感が生まれていた。そして宗太は自分の右前方にいる女子に視線を向けた。


「で、そこの女子は誰だい?龍巳とあそこで落ちてたってことは知り合いなんだろ?」


あの白と黄金の空間で二人が抱き合って落下していたのを見られていたと知り、少し顔に赤みが指した伊敷美奈は、それでも流れにのって自己紹介を始める。


「わ、私は伊敷美奈。好きに呼んでくれて構いませんよ。八坂くんとはクラスメイトで、学校から帰る直前に不思議な光に包まれてあの空間にいました。とりあえずよろしくお願いします」

「おう、よろしくな。あ~、あと敬語はやめてくれ。なんか背中がムズムズする」

「分かりまし......分かったわ。これでいいかしら?」

「そんな感じで頼む」


明らかにタイプが違う二人が仲良くなれるか、密かに心配していた龍巳はそのやり取りを見て安心していた。やはり日本とはかけ離れた場所で同郷の人というのは少なからずシンパシーを抱くのだろうか。


 そんな風に三人が会話していると、前を歩いていたお姫様が優しい笑顔を浮かべて三人に話しかけてきた。


「皆さん打ち解けたようで何よりです。改めて私の名前はアルセリア・マグダート・フォン・イグニス。セリアとでも呼んでください。そろそろ謁見の間に着きますので部屋に入ったらどうするのかを説明しますね。謁見の間に入ると正面の奥に玉座があり、お父様が座っておられます。扉をくぐったら私が十歩ほど歩きますので、私が止まったらその場に止まって、私が膝をついても立ったままでいてください。何かご質問はありますか?」


それを聞いた龍巳が、自己紹介と同時に疑問を口にする。


「分かりました。俺は八坂龍巳といます。八坂が姓で、龍巳が名前です。龍巳と呼んでください。俺たちは跪かなくていいのですか?」

「勇者様を跪かせるなんてとんでもないです!慣れていないことを勇者様にさせるわけにはいきませんし、本来なら我々がこうべを垂れるのが筋なのですから」


次は宗太が疑問を口にする。


「ん?何で俺たちが頭を下げられないといけないんだ?あ、俺の名前は香山宗太。宗太と呼んでくれ。姓と名前は龍巳と一緒な」


初対面の人間に不躾な物言いだが、アルセリアは気にした様子もなく笑顔で受け答えをする。


「はい、宗太様ですね。詳しいことはお父様が話すと思いますが、私たちは助けを求めてあなた方をお呼びしました。それ以上のことはお父様からお聞きください」

「分かった。あと敬語はやめてくれないか?あまり慣れてなくてな」

「すいません。これは私の性分ですのでお気になさらず」

「オーケー、分かった。何となくこれ以上言っても無駄な気がするし、気にしないことにするよ」

「ふふっ、ありがとうございます」


最後に美奈が質問する。


「伊敷美奈です。姓と名前は前の二人と同じです。”慣れていないこと”とはどういうことですか?確かに私たちは王との謁見なんて初めてですが、その事を口にはしていないはずです」


この場所に呼んだのがアルセリアであると知り、少し警戒心を抱いた美奈は鎌をかける意味も込めて質問した。


「ああ、その事ですか。簡単ですよ?歩き方です」

「歩き方?」


美奈は首をかしげる。歩き方でどのように判別するというのか。


「はい。基本的に、生まれが貴族の人というのは幼い頃から受けてきた教育のせいで意識しなくても背筋を必要以上に伸ばして背を大きく見せようとするのですが、皆さんはそのようなことはなく、非常にリラックスした様子で歩いていたので」


美奈を含めた三人はその言葉に戦慄した。確かに三人は背筋を伸ばそうと意識していないが、それは貴族も同じこと。無意識の微妙な癖を見抜き、しかもその確信に微塵も疑いを持たないことに三人はアルセリアの凄さに気づいた。

 そして龍巳はなんとか言葉を絞り出す。


「す、すごい洞察力ですね」


それを聞いた王女は優しく微笑み、


「王女ですから」


と言った。

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