第3話 夜の酒場

 特に見て回るようなところは無く俺は帰りがけに小さな酒場に寄った。

 別に酒を飲む訳じゃない。ここで酔いつぶれて明日動けなくなったらそれこそ笑い話だ。


「ここで軽く夕食だけ済ませるぞ」


 その店は石造りの建物だったが、それを感じさせないほど店内は熱気がこもっていた。


「いらっしゃいませ!」


 店の中から女の声が響いてきた。店内はあまり広くはなかった。

 カウンターの他にテーブルが三個ほどあるぐらいだ。

 ちょうどカウンターの端の席が二つ空いていたのでそこに座り込む。


「ん?見かけねぇ顔だな。アンタら、旅人さんかい?」


 隣にいた男が話しかけてきた。

 この鍛えあげられた肉体から察するに、この街の兵士の一人だろう。


「そうです。今日この街に来たところです。はじめまして」


 俺が右手を差し出すと力強く握手をしてくれた。ちょっと痛いっす。




「俺は兵士としてこの街に飛ばされた。ロゼットって名だ」

「あまり肩書きとしては相応しくないでしょうが、一応旅人やってます。アラックです。それと、彼女は旅仲間のティアです」


 ティアは机に顔を突っ伏したまま「ども」と右手を小さく挙げた。

 旅仲間と言ったことにツッコミが入るかと思ったが、そこらの常識はあるようだ。


 やはり国や人によって奴隷の印象はさまざまだ。それは、国や人によって奴隷の使い方も様々だからだ。

 俺のように旅のお供にする奴もいれば、死ぬまで働かせる奴だっている。他人には奴隷という表現はあまり適切ではないだろう。


「ロゼットさん。この店は何が食べれますかね?」

「そうだな。ここは結構何でも食えるぜ。ま、悩んだら無難にカロスの焼肉にするといい。他も大して変わらんよ!」

「こらロゼット!余計なこと言わないの!」


 その声は店の奥から聞こえて来た。そしてその声の主がこちらへ駆け寄って来た。


「よっ!旅人さん、いらっしゃい!ご注文は?」


 どうやらここの店長のようだ。

 見た目は若く、ショートヘヤーの可愛い少女だった。


「じゃあ、そのカロスの焼肉とやらをお願いします」

「あいよ!そこの彼女さんもおんなじので?」


 ティアはコクンと頷いた。こいつ、急に大人しいな。どした?

 特にやることも無いのでロゼットに話しかける。


「ロゼットさん、店長と仲いいんですね」

「ん?いや、あいつは誰にだってあんな感じだよ。お人好しって言うか。あいつだけじゃねぇ。この街の奴は皆んな優しいのさ。俺が今まで見て来た街には、兵士を毛嫌いする奴も沢山いたからなぁ」

「なるほど。やはりこの街は他の街と雰囲気が違うと思ったんですよね」


 俺たちの宿も、やけに扉が薄く鍵もなかったからな。

 ここの街に来た者は、他人を信じることができる人でないとか。俺はそんな綺麗な人間じゃないから、持ち物もベットの下に隠して来た訳だが。


「それは、ここが最前線でいつ誰が死んでもおかしくないからではなくて?」


 今まで静かだったティアが突然言葉を放った。

 その質問にロゼットは「うーん」と腕を組みながら唸り、口を開いた。


「それもあるかも知れねぇな。俺の兵士経験で勝手を言うならば、平和な国ほど中の人間は腐っている。ここの奴らは他人のことなんか気にしてる暇はないんだ。自分ができることを、後悔のない様にやってるだけかもしれねぇ」


 ロゼットは見た目もそれ程若くはないが、歴戦の兵士みたいな風格もない。だが、少なくともずっと屋内で静かに暮らして来た俺なんかよりは、見て来た世界の何とやらもよく分かっていることだろう。


「だが、お前さんは旅人だ。俺の出せない答えも、見つけ出してくれよ!俺は結構あちこち飛ばされる下級兵士だからよ、また会ったら一緒に語ろうぜ」

「あぁ、もちろん」


 ロゼットは「じゃ、お先!」と硬貨をカウンターに残し店を出て行った。





 □





「あら、もうロゼット帰っちゃったの?」


 運ばれて来た料理を食べながら、俺は店長の質問にコクンと頷く。


「店長さん、これ美味いですよ!」

「そう?ありがと。ゆっくり食べていきな。そう言えば君達、旅人だったわよね」

「そうですが?」

「実は私も、近い内に旅に出ようと思ってるの。世界中の料理を研究するためにね」

「おぉ、それはいいですね。でも、店長さんは顔立ちも良いので一人で旅をする時は充分来をつけてくださいね」

「ご心配ありがと。私はゼロって言うの。旅の途中で会ったら是非声かけてよね」

「もちろんです、ゼロさん。お互い良い旅を」


 その後、料理を食べ終わり俺とティアは店を後にした。



 □



「なんかティア、お前大人しかったな」

「ちょっといけ好かない奴がいただけよ。気にしないで」

「誰だそいつ。ロゼットさんか?ゼロさん?」

「違うわ。ま、いずれ貴方も分かることよ」


 今までと少しティアの様子が違っていたが、彼女にもやはり抱えている事があるのだ。あまり触れないでおこう。いずれ分かるってとこがすごい引っかかるが。







 □





「そう言え貴方、アラックって言う名だったのね。初めて聞いたのだけれど」

「すまんティア!俺、お前にまともな自己紹介してなかったな」


 少し拗ねたティアと共に俺たちは宿屋へと帰った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る