居酒屋瑠々家

ザドっち

不思議な居酒屋

現在時刻22:00、魑魅魍魎が蔓延るにはまだまだ早い、けれど世界を照らす日は沈み夜を示す月が昇るこの時刻。

現代日本、いや、世界規模で見てもオカルトや超能力、UMAに妖怪などは一部を除いて

「そんなものは存在しない」

が常識の世界。


ここはM県桜花町の繁華街、普段なら気にも留めない店と店の間の路地の先にある居酒屋「瑠々家」

この店は普通の人間や世間で見つかればUMAや妖怪と呼ばれるような者、その他には神のようなものが集う、世界の常識と照らし合わせると非常に特異な場所であった。


「こんにちは~。もうやってる?」


そんな声を上げ店の扉が開かれる。

扉を開けたのは声をかけながら入ってきたセーラー服を着た女性とその連れである、和服に身を包み狐耳と3本のしっぽが生えた美少女だった。


「いらっしゃい鏡月さん。今日はあなたたちが最初のお客さんですよ。」


今入ってきたのはこの町で探偵業をしている鏡月きょうげつ かえでさんとこの町の神社に住み着いているお稲荷様、ここの人たちにはきつねちゃんと呼ばれている可愛い子。

私はここで料理人をさせて頂いている今時珍しい旅人の秋月しゅうげつ 沙月さつきと申します。


「おや?私たちが一番最初とは珍しいこともあるもんだ。いつもならあのカミサマ達が先にいるってのに」


鏡月さんの言う通り、いつもなら開店してから真っ先に来ているグループがいるのですが今日はまだ来ていないのです。


「まぁまぁいいじゃないですか。とりあえず座ったらいかかです?」


「そうしようか。今日は何か良さそうな物が入ってるかい?」


「こちらに来る途中で深き者ディープ・ワンが居まして、折角なのでその場で〆て血抜きもしてきたので新鮮でとてもおいしいと思いますよ」


「よし普通のお刺身にしようかな!あと伊具イグがあれば。きつねちゃんはどうする?」


「私も普通のお刺身にしようかの。あとは蜂蜜酒!」


残念。深き者は断られてしまいました。まぁいつもの方たちが来たらそちらに出しましょう。ちなみに伊具とはここでだけで出している日本酒の事で、飲めばたちまち怪我が治ると評判のお酒です。あと、蜂蜜酒ですがここの蜂蜜酒はとても甘い上に度数もなかなかに高いです。ですが毎回きつねちゃんは素のまま飲んでいます。私にはちょっと無理ですね。あ、そうですアレもありました。


「ミヒロちゃん裏からアレ持ってきてもらえる?」


「あれって...ああ、アレですか...」


ミヒロちゃん、旅先で出会いそのまま旅のお供になった幽霊の女の子。

本人はあまり幽霊という物になじんでいないのか壁抜けや透明化が出来ないようなのです。個人的には早く透明化ぐらいはできるようになってほしいです。


「秋月さん?アレってなに...?」


「つい先日シャンタク鳥をいただきまして。それを焼き鳥のようにして仕込んでいたのを今思い出しました」


「それなら大丈夫か...」


何やら大変安心したようですが、深き者だっておいしいですよ?ちょっと身が黒いですけど。


「どうも。あらら、俺らが最初じゃなかったか」


「遅かったねカミサマ方。なんかあったの?」


店の扉が開き次のお客さんが入ってくる。

入ってきたのは常連さんの神様三人組。

赤髪黒服の少年位の人と黒いスーツを着たイケメンさんにファンタジーの魔法使いのようなローブを着た顔の見えない人。

...私はあんまり神様っていうところは信じられていないんですけどね。ここでの様子を見ているとただの飲んだくれているおじさんたちにしか見えなくて。


「いやさ、時間になってもニャルのやつが全然来なくて迎えに行ってたってわけよ。あ、秋月さんいつものでー」


「だって面白そうな人間がいたんだもの。これにちょっかい出さなくて何がニャルラトホテプですかって話ですよ。」


「ほどほどにして下さいね。あとくれぐれもうちの所員たちにも手、出さないでくださいよ。」


「分かってますよ。あなたを相手にするのは流石に私でも骨が折れる。」


鏡月さんの所には私の妹もいるので本当に手は出さないでほしいと思う。


「秋月さん持ってきましたよ」


荷物を取りに行っていたミヒロちゃんが一つの段ボール箱を浮かせながら帰ってきた。彼女物は浮かせられるのよね。本当になんで他の事は出来ないのか不思議でしょうがない。


「ありがとう、それじゃ今度はこれを神様たちに持って行ってくれる?」


「はい分かりました」


ミヒロちゃんがお酒とお刺身の他いくつかのお料理を持って神様たちのいる席の方に行った。

このお店はカウンター席と座敷席があって鏡月さん達はカウンター席、神様たちは座敷席にいつもの座っている。


「しかし、本当にこの店は何なんだろうね?」


鏡月さんが不思議そうに、しかし笑いながら話題の一つといった風に問う。


「というと?」


「素性の分からないどころか世界全体で見てもおかしな奴らが集まって駄弁りながら食事を楽しむこの店は一体何なのかって話さ」


「おぬし、その言い方だとおぬし自身もおかしな奴に含まれるが?」


「おおっとそれはいけない。私はいたって普通の一般人だった。」


「剣技が人の域じゃない上にこっち側にどっぷり浸かってここに通ってる奴が何言ってるぞー」


座敷席から赤髪の人が野次を飛ばしてくる。その野次に対して鏡月さんは首を垂れ、他の人は笑い声をあげる。

確かにここにいる人は皆、普通でない。彼女の剣技、特に刀を扱う才能は私から見ても凄いものだったし、彼らの事や私が食材として持ってくる未知の生物に対しても詳しかった。

彼女も普通ではないのだろう。もちろん私も。

でも...


「まぁいいじゃないか、この場所の事なんて。たとえ普通の人間だろうが異常な生物だろうがここでは平和に酒と料理を楽しむのさ。」


ローブの男性が言う。その通り、ここはそういう場所なのだ。どんな目的があってこの場所を作ったのか、私は店主から聞いてはいないし、聞かされてもいない。なんだったら最初に会ったっきり店主を見ていないが最初に私は店主から

「人種や種族関係なく楽しく話して、笑いあえる場所にしてくれ」

といわれているのだ。

恐らくそれは今のこの空間の事を言うのだろう。


「そうですよ。この場所の疑問なんていいじゃないですか。お互いに楽しめる場所が今のこの場所なんですから。」


「ま、そりゃそうか。なら私ももっと楽しまなきゃね。秋月さん!今日のおすすめ山盛りで!」


「かしこまりました。本日のおすすめは深き者のお刺身になりますね。」


「あっそうだった!忘れてた!ごめん秋月さん今のなし!」


「はいどうぞ」


「早い!流石だね秋月さん!あぁ黒い物が山になってる...」


あははと笑い声が上がる。店主さん、あなたのお願いを私は果たしていると思いますので、どこかにいっているなら早く帰ってきてください。


「こんばんは!今日も楽しそうだね」


新しいお客さんが来る。今日もまた騒がしい夜になりそうです。

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