果たして趣味の悪い扉を開け放った先に居たのは、1人の男だった。

 1人の男。魔王本人が、ただ青年を見据えて、立ち尽くしている。周囲に他の魔族の気配は一切無い。

 道中もそうであったが、見限られでもしたのだろうか。


 敵の都合など如何でも良い。此方の油断を誘うつもりである可能性を考えると迂闊に踏み込めないが、本当に見限られたのであれば青年にとって好都合である。

 魔族程度容易に蹴散らせるだけの力は青年自身にもあり、聖剣の力も加われば殲滅さえ容易いだろう。それでも本命である魔王を倒す際に、余計な力を消費していたのでは話にならない。


 其れに、青年達にとって魔王以外は「どうでも良い」のだ。

 魔王さえ居なくなってしまえば、此の世に平和は訪れるのであるから。


 魔王の溝川を思わせる淀みきった醜い緑の目が、此方を真正面に捉える。一瞬其の目が発する威圧感に身が竦み、其の目の醜さに吐き気さえ抱いた。

 ものの、辛うじて取り成す。

 己に渇を入れ直し、代々受け継がれている伝説の剣を構え、魔王の隙を窺う。

 世界の半分という甘言で誘われても無論、揺らぐ気は微塵もありはしない。


 ぞっとする程白い、魔王の穢れた片手が何かを、恐らくは魔力を練る様に動く。

 人間には得手不得手がある。青年に限って語れば、不得手はあまり露見していない。剣術体術魔法と何もかもに秀でている様に見えるし、事実対人戦や魔族程度が相手なら、青年を完璧と評しても過言ではないだろう。

 しかしそれは相手が“桁外れ”であると話も変わる。


 頭幾つ分も抜きん出ており、今迄魔王討伐に出向いた人間の中では最強でさえあるのではと推される青年とて、魔力に関しては“人よりも優れている”程度なのだ。

 無論其れであっても十分、十二分に優秀ではあるのだが、相手が魔王となればどうなるかは定かでない。最悪の場合も十分考えられるだろう。

 魔王の腰に武器の類が一切見留められないあたり、魔王は次なる冒険者の腕や弱点を全て把握済みだと考えた方が良さそうだ。だからこそ今、此の場で成される攻撃は自身の弱点である魔力によるもの。



 魔王討伐の旅に出る際、絶対に殺してやるという覚悟と共に己が殺される覚悟も決めていた。

 ならばする事は1つだけだ。自滅覚悟で魔王が魔法を振るうより先に切り込んでしまえば良い。


 覚悟を改めて決め、剣を握る手に力を込めて地を蹴った。

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