初めて手を差し伸べられた事実にオレは戸惑った。

 そのあまりの綺麗な手に、オレは躊躇った。


 オレの生活を考えれば、オレの手が汚い事なんて当たり前だ。

 其の日の飯を求めてゴミを漁る。雨風を凌げる屋根も無いから、常に野晒のざらし。

 最近では雪も降っていて、風はますます冷たい。そうなれば手にあかぎれの類赤い物だって目立ってこよう。


 ああ、オレは所詮路肩に蹲る、小汚い少年に過ぎないんだ。


 自分の立場を見誤った事はないと思っていたけど、実感した事もなかったのかもしれない。

 差し出された手を「汚したくない」と思って、皮肉な事に初めてオレは自分の立場を痛感したんだと思う。


 もっともオレにそうさせる事になった本人は、オレの様子に気付かずに……或いは、気付いているけれど気に掛ける事なく言葉を続けた。

 笑顔さえ浮べながら。


「今日の事は全部忘れて、今迄通りの生活を送るか。人の道からもっと外れてみるか。その2つをな」

「人の道から外れる……」

「分かり易く言えば、他を踏み潰して蹂躙する側、奪う側にまわるか?って事だな」

「潰す側で、奪う側……」


 オレはただ、青年の言葉を復唱するだけになっていた。

 理解が追いつかなくて、脳が働きを止めたワケではない。頭は労働を続けていて、オレに1つの可能性を提示する。

 青年風に言うのなら「決定打に欠ける」可能性。でもそれは所詮言い訳に過ぎない。

 オレはきっと、殆ど確信している。


 事態の成り行きを楽しむように。

 子供染みていて、でも無邪気さとは程遠い笑顔でオレに朗々と語った、此の青年の“正体”について。


 そしてオレが指摘するより先に、青年自らが自身の正体をオレに明かした。


「多分お前も察しているだろうけど、オレは魔王だよ」


 ぶっ飛んでいるけれど、それでいて確かに、オレの想像通りの答えを。

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