そうなってしまえば、オレの方も正直迷惑だ。悪目立ちするのは避けたい。


「自分の過去や現在について、好き勝手推測された挙句、的外れな結論で同情を買いたくねぇなら、いい加減口を開いても良いんじゃねぇの?」


 だからオレは折れる事に決めた。

 このまま夜まで粘られてしまったら目立つ。それは避けたい。


 でもそれだけじゃなく、何となくだけど声の持ち主に興味も湧いていた。

 オレが無視を貫いても根気良く話し掛けている事。

 そこに自分は良い事をしてるんだ!っていう自惚れを感じない事。

 それが、今迄オレに話し掛けて来た人間と違う様に思えたから。


 自分で言うのも何だけど、今のオレは如何どう贔屓目にみたって綺麗とは言えない、道端に横たわる薄汚い少年だ。

 そんなオレに此処迄根気強く構えるのがどんな人間なのかも、気になった。


 ゆっくりと顔を上げる。

 ず目に付いたのは、深いグリーンの双眸だった。


 何もかも呑み込んでしまう様な、暗い、深い色。

 其れは最早見慣れた夜の闇よりも余程深い。何もかも包み込んでしまえそうで、底知れないものを感じる。

 蹲るオレに、其の目の持ち主は目を合わせようとしない。だから自然、彼の双眸はオレを見下す形になっていた。そうでありながら、何故だろう。其の目からは嘲る様子も感じられない。


 もちろん、同情心も、「可哀想な少年を気遣える自分やさしい!」的な自己満足の愉悦も。


 言うなれば、ただ、オレを見ていた。

 純粋にオレを見ている。

 其れだけ。


 記憶を手繰り寄せるまでもなく、オレは思う。こんな目、初めてだ。

 実の両親でさえオレを見る時、恐怖や侮蔑が隠しきれていなかったというのに。

 道行く人間は、嫌悪か自己陶酔に溢れていたっていうのに。


 だから、そんな初めての目線を受けてオレが驚いたのは仕方が無い事だと思う。

 其の所為で返そうとした言葉が出てこなく、結果として黙り込んでしまったのも、仕方が無い事だと訴えたい。

 オレの脳は考える事さえ放棄して、ただただ呆然と声の持ち主である男を、半ば呆けた様に見つめていた。


 幸いだったのは、オレが顔を上げた事で少なくとも会話の意思があると、眼前の男に伝わった事。

 男は呆然としたオレを見て、満足そうに、楽しそうに、笑顔を浮べてみせた。

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