鬼と契り、縁結ひ

夏屋なつ

序章

始まり、始まり

 これは、人の世と異なる世の狭間で生きる、バケモノどもの物語である。


 彼らが出逢ったのは裏世りぜと呼ばれる異界。

 そこは人の世と異なる、忘れられた、不要な、裏側の世。人の世から外れ、流れてしまったモノらが辿り着く世界だった。


 そんな世界に誤って流れ着いてしまった少年は、裏世の魑魅魍魎ちみもうりょうどもにはらわたごと命を喰い千切られ——されど、何故か生きていた。


 裏世に流れて捨てられていた、とあるバケモノの気まぐれによって。


 魑魅魍魎どもを無惨な肉塊にしたそのバケモノには【首から上】が無い。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな肢体は大小様々な切傷だらけで、頭部と思わしき箇所に見えるのは薄赤い靄のような何かだけ。


 しかし、バケモノは目の前に横たわる少年を見下すようにして言葉を投げた。


 「——気分はどうだ、餓鬼ガキ


 不可思議で、おぞましさを隠せない姿態したいからは、なんとも違和感のある現象だ。首から上が無いくせに、何故か声が聞こえるのだから。


 男のような老人のような、将又年端も行かない子供のような、色のある女のような、それらが幾重にも重なって声を発したような――そんな声に、少年は虚ろな瞳で見上げるようにして、視線を暫くバケモノに向けていた。


 だが、やがて不意に血の滲んだ薄い唇を開いてみせた。


 「――——わからない」


 少年が色の無い平坦な声を投げると、バケモノは相変わらずおぞましい姿のまま、少年と言葉を投げ交わす。


 「——名は」


 「——わからない」


 「——どこから来た」


 「——わからない」


 「——生きたいのか」


 「——わからない」


 「——ならば、死にたいのか」


 「——わからない」


 淡々と飛び交う質疑応答。裏世の光源の一つである蛍灯ほたるびが、少年とバケモノをちらちらと淡く照らすものの、互いに表情も感情も欠片ほど表に出さない。

 何ともつまらない時間が刻々と過ぎていく中、月夜烏つきよがらすの声が響く。


 その刹那、バケモノは煩わし気に砂利を鳴らし――武骨な掌を少年に伸ばした。


 「——ならば、オレのモノとなれ。生も死も全て我に委ねろ。我の役に立て。我の手足となれ。我の目となれ。我の耳となれ。我の半身となれ」


 少年の細い首にかかるバケモノの手。恐れを知らぬような少年の面持ち。

 月夜烏が少年とバケモノの上で羽ばたいた瞬間、小さな同意の声が裏世に溶けた。




 ――思えば、初見はじめから数奇な者らであった。


 あの少年は、裏世に流れてくる以前は何の変哲もないただの子供だった。

 優しい両親、生まれたばかりの弟、無口だが頼れる祖父――。

 幸福で、古き良き形をしていた家族は、紛うことなく御仏みほとけに護られていただろう。


 それがどう転べば、バケモノの半身と成ることになるのやら。


 そう言えば、あのバケモノもかつては、どこかの寺の稚児ちごだったか。

 両親に強く求められたにも拘らず、いざ生れ落ちてみれば、手の付けられない暴れん坊だと棄てられた哀れなバケモノ。


 それがどう転べば、人の子をおのが半身として傍に置くことになるのやら。

 

 まるで、ひなたかげ

 交わることのない表裏ひょうりのような存在だったにも拘らず、これも偶然か。将又、気の利いた因果か。


 だが、過去むかしばなしなど最早どうでも良い。


 現在いまこうして、バケモノどもの運命は交わったのだから。



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