第7話 仕入れと購入
居酒屋で軽く飲んだ後、都会の路地を歩く僕と兼房。元々口が達者な兼房であるが、酒が進むに連れてそれは顕著になり、自身の女に関する武勇伝を延々と聞かされた。よほど男としての自分に自信があるのだろう。普段ならそれが鼻につき疎ましく思うが、この晩は違う。それすらも僕は快く相槌を打って聞いていた。
「すげぇ真っ暗な店だな。看板ないのか?」
セミオーダー人材店が入居するビルに到着し、地下への階段を下りるなり問う兼房。ここまで来ると僕の表情は薄暗さからよくは見えないはずで、にやけた顔の皺を伸ばすこともしない。
「うん。目立たないように営業をしてる店だから」
「へぇぇぇ」
兼房は興味を示した。彼ならこういう反応をすると思っていた。非合法であることを臭わせた僕の発言だが、兼房は仕事にしても女にしても目的のためなら手段を選ばない節がある。だからコンプライアンスは度外視しても興味を示すと思っていた。
「裏営業みたいなもんか? それは期待できそうだな」
加えてこう言う兼房はつまりはこんな奴だ。今から人権侵害の商売に加担する僕が言えたことでもないのだが。しかし口が巧いということは口が軽いということにも繋がる。今更ながら僕は兼房に確認をした。
「そう言えば、今日一緒に行動してること誰かに言った?」
「言うわけないだろ。いい店連れて行ってくれるって言うからそんなの人に言ったら勿体ないじゃん」
なるほどな、と安心する。と思いつつ、どれだけ器の小さな男なのだとも呆れる。営業成績上位の兼房だから気に入った店なら接待にでも使うのかとも思ったが、そうではないようだ。いや、もしかしたら気に入った場合は上客向けなら仕事で使うこともあり得るか。
しかしここまで来ると今更そんなことはもうどうでもいい。ただ、結果オーライではあったが予め口外禁止を言い渡さなかったことに自分の詰めの甘さを憂う。僕は今から犯罪に手を染めるのだ。もっと慎重にならなくてはと自分に言い聞かせた。
そんな話をしながら階段を下りて僕は店の扉を開けた。二度目となる来店。薄暗く短い廊下が伸びるが、必要最低限の照度は確保してあり視野は保てる。
そして扉を開けた先には丁寧な姿勢で佇むモグラがいた。居酒屋を出る前に僕は、トイレに寄って一人になった時にモグラに到着時間の電話を入れておいたので、モグラはこの場でしっかりと待っていた。
「お待ちしておりました、豊永様。こちらでございます」
スッと腕を伸ばして行き先を示すモグラ。僕はチラッと兼房を見た。彼は興奮が抑えきれない様子で、破顔させていた。そして短い廊下を進みモグラが扉を開けると、無機質で広くて明るい店内が視界に入った。その視界には数々のショーケースも確認できる。
プシュー
その音にモグラを見ると彼は霧吹きを手に持っていて、それを兼房の顔に噴射していた。途端に目力をなくし、兼房が眠るように倒れ掛かった。しかしそれをモグラがしっかりに支える。……という流れを視界に確認した途端、僕の意識も遠のいた。あぁ、この霧吹きは麻酔のようなもので、僕にもまとめて噴きかけていたのか……。
目を覚ますと僕はベッドの上だった。天井には幾つものLEDの蛍光灯がぶら下がっている。身体がだるいが、目だけを動かして辺りを見回すと天井、壁ともに内装のない無機質な空間だとわかる。
――あぁ、思い出した。僕は入店してすぐに眠らされたんだ。
僕は重い体をなんとか動かし上体を起こした。そこはセミオーダー人材店の店内で、僕はその中の空きベッドで横になっていた。一瞬、自分も商品にされたのかと焦りもしたが、ベッドが透明カプセルで覆われていないし、服装も仕事着のまま変わっていない。
「お目覚めですか、豊永様」
「モグ……店長」
「手荒なことをして申し訳ありません」
「えっと、どういうことですか?」
やや頭痛も感じ、時間の体感もない。腕時計を確認すると、入店してから二時間ほどが経過していた。
「はい。ご説明いたします。No.4の商品を出荷するために豊永様と一時繋いで、商品に豊永様を認識させました。これで豊永様が恋人であるという存在意義がインストールできました」
そのために僕はわざわざ眠らされたのか? 確かに手荒い行為である。
「普通に言ってベッドに寝かせてくれればいいのに」
「申し訳ありません。このような光景の店内ですから、ベッドで横になってくださいとお客様に申し上げると皆様警戒してなかなか応じていただけないのです。商品と繋ぐためにこのようなヘッドギアも装着しますし」
そう言ってモグラが手に持っていたのは数本のコードが伸びたヘッドギアだ。それを見て確かに、と僕はモグラの言い分に納得した。そんな物を見せられてベッドに寝ろと言われたら自分も商品にされてしまうのではないかと不安になる。
「えっと、兼房は?」
「こちらでございます」
モグラが店内を案内しようとするので僕はベッドから下りた。靴はベッド脇の床に置いてあり、体が重いながらも足を動かして靴を履くと、僕はモグラを追った。
「こちらの商品が元兼房正二様、現在のNo.4でございます」
ドクンと僕の心臓が脈打った。モグラが示したショーケースには間違いなく兼房が眠っていた。診察衣に身を包んだ兼房は、まったく意識なく透明カプセルに覆われたベッドで横になっている。
――僕が仕入れたのか。
「えっと、もう商品なんですか?」
「いかにも。記憶も戸籍も消去し、能力はすべて抜き取りました」
入店するなりいきなり二人揃って麻酔と思われる霧吹きを噴射され、片や僕は着替えさせられずに寝かされ、片や兼房は人としての尊厳を奪われて商品化されてしまった。罪の意識か興奮かよくわからない感情を抱く僕は、なぜだかどうでもいい方向に質問が及んだ。
「あの霧吹きが麻酔ですか?」
「いかにも」
「店長は平気なんですね」
「訓練しておりますから。これでも一応長く息を止めていられます」
確かに、と納得する。それができなければこんな商売の客引きなんてできないだろう。
するとガチャと音を立てて奥の扉が開いた。恐らく店舗事務所だと思われる部屋に繋がる扉だ。そこから出てきたのは、白髪で白髭を蓄えた白衣の老人だった。
「博士、そちらは終わりましたか?」
その老人を見てモグラが問いかける。どうやらこの老人が博士のようだ。博士は気だるそうな表情でモグラに答えた。
「あぁ。――おーい、こっちに来い」
モグラへの返事の後、開きっぱなしの扉に向かって声を張る博士。誰かがその部屋から出てくる。そう、誰かが。するとモグラが僕に向いて言った。
「ここで豊永様への存在意義のインストールが終わった後は、あちらの部屋で能力のインストールをしておりました。それがちょうど今完了したようです」
この説明でその誰かが誰なのか確信に変わる。一気に動悸が激しくなった。その動揺を落ち着かせようにも僕はその術を知らない。
すると奥の部屋から一人の若い女が出てきた。僕は瞬く間に目を奪われる。
大きな瞳に軽い茶髪。根元がそれほど黒くないのはここに来てからまだあまり時間が経っていないからだろうか。透き通るような白い肌に、美人であり可愛さも感じさせる女だ。その女は僕と目が合うなり照れたように笑って軽く頭を下げた。
「今日から彼女が豊永様の恋人です。名前はありませんので、お好きなようにお呼びください。服は今着ているこちらでご用意した軽装しかありませんし、他に手荷物は一切ありません」
僕はモグラに返事をすることもできず、購入した人材を凝視していた。とは言え、モグラの言葉は耳に届いている。確かに女はデニムのパンツにパーカーという若さを感じるものの、所謂軽装だ。つまりほぼ体一つで僕のもとに来るわけだから揃えなくてはいけないものは多々ある。
「あと、生活最低限の知識は架空の記憶により付しております。例えば、入浴の仕方や、簡単な化粧の仕方や、インターネットの閲覧などです」
続くモグラの説明に相変わらず答えられない僕だが、内心では安堵した。そういう最低限のことができるのは、幼児を買って躾けるより気が楽である。
すると女の人材は真っ直ぐ僕を見据えたまま歩み寄り、僕の目の前で立ち止まった。
「これからよろしくお願いします」
少しキーの高い耳に心地いい声でそう言った彼女の笑顔はとても煌びやかで眩しかった。
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