第5話 査定

 実物でも写真でも若く見える女の人材。容姿はかなりいい。スタイルも悪くなさそうである。写真と実物を交互に、食い入るように見ていた僕にモグラが声をかけた。


「そちらの商品、お気に召しましたか?」


 見透かされている悔しさはあるものの、やはり興味が捨てきれない。僕は自分が抱く興味に従ってモグラに問いかけた。


「この人材の年齢は?」

「二十歳でございます」


 モグラはバインダーを確認することもなく答えた。十五歳以下の子供以外でこの人材は目玉商品なのかもしれない。モグラは頭でしっかりと把握しているのだろう。


「ご購入いただく場合はそれ相応の人材が必要です」


 ここまできて「それ相応」という言葉を初めて聞いた。単純に代わりの人材を仕入れるだけではダメなのだろうか? 十五歳以下の子供は貴重な扱いをしているのだから当たり前かとも一人で納得する。


「購入人材を決めていただきましたら、次に仕入人材をお決めいただきます。それがお決まりになりましたら私にご連絡をください。仕入人材のできるだけの素性をご提供いただきましたら、こちらで容姿や抜き取り可能な能力をもとに査定させていただきます。そこで取り引き可能だと判断できましたらご購入の予約ができます。予約は1週間までですので、その間に仕入人材を当店までお連れ下さい」


 モグラはそこまで一気に説明した。僕はそんなシステムになっているのかと納得はするものの、やはり自分が誘拐に加担するなんて……いや、直接誘拐をするのか。はっきり言って腰は引けている。それでも質問だけは続けるのだ。


「連れてくるだけでいいんですか?」

「はい。意識のあるままで結構です。後はこちらで処理いたします」


 つまりどこかで眠らせて運ばなくてはいけないなんてリスクは負わなくてもいいようだ。しかし、僕の口車に乗ってここまで一緒に歩いてくる人材でなくてはならない。営業成績万年下位の僕にそんなことができるだろうか。しかも購入希望の人材と取り引きが可能なほどの人材を相手に……。


「仕入れは六歳から可能です。因みにですが、四十歳以上の人材はなかなか高値がつきません」


 モグラがそんなことを補足する。そもそも金銭を支払わない取り引きだって可能なのだから、いや、仕入そのものに金銭は発生しないのだから「高値」という言葉に違和感も抱く。しかしそんなことはただの揚げ足取りにしかならないので、口にしない。

 それよりも一番の障害は購入者が仕入をしなくてはいけないというシステムだ。しかしそんな不安をよそに僕は陳列商品を見て回った。モグラが言ったとおり実に三十体。様々な人材が並べられていた。


 見た限り、十五歳以下の子供は序盤に見た一体だけだ。誘拐のリスクが高いのだろう。男女比は若干女の方が多いように思えた。誘拐しやすいのだろうか。それとも需要があるのだろうか。はたまたこのタイミングで入店した僕にとっては偶々なのか。

 年齢層も点でバラバラであるが、確かに四十歳以上は少ないように思う。それでも一体か二体はいた。いや、あった。ここに来てから歳をとったのか、それとも高齢ながらよほど能力を買われて取り引きが成立したのか、真偽のほどはわからない。


 僕は目玉商品だと思われる二十歳の女の人材のショーケースに足を戻した。再び僕の目は奪われる。とにかく美しいのだ、この人材は。写真を見るとクリッとした瞳が特徴的で、少しだけ明るくした茶髪を肩の先までまっすぐ伸ばしている。肌は白く、細すぎない程度に細身である。写真だと可愛いと表現することもできる容姿に恵まれた人材だ。


「よほど気なるようで」


 ショーケースの人材に目を奪われたままの僕にモグラが問いかける。もういちいち僕はモグラに振り返らないが、ここまでくると、あの不敵な笑みを浮かべているのだろうということは容易に予測がつく。


「女の人材を買う場合は女を仕入れなきゃいけないとかあります?」


 僕が視線をそのままに問いかけると、モグラはそれを丁寧な口調で否定した。これには安堵した。女日照りの僕に仕入ができるほどの、つまりこの場に連れてこられるほど親しい女性はいない。するとモグラは補足をしてくれた。


「ただそちらの商品は見ていただいただけでもおわかりかと思いますが、容姿がとてもいいので、仕入に求める人材もそれなりであります」

「例えばどれくらいの人材を提供すれば取り引きが成立するんですか?」

「成人男性の人材を仕入れる場合は、容姿が整っていて、仕事ができるなど……です」

「仕事?」

「えぇ。仕事ができるとはつまり、抜き取ることのできる能力が多々あることを意味します」


 その説明に対して僕は顎に手を当てて考え込んだ。近くでモグラのくっくっくという笑い声が聞こえる。地下のコンクリートに囲まれたこの無機質な売り場で、その笑い声が反響しているかのような錯覚を起こす。


「仕入人材にお心当たりでも?」

「……」


 心当たりはある。しかし僕はモグラのその問いかけに答えることはしなかった。答えてしまってはこの商売の顧客として、人権侵害や誘拐に一歩足を踏み入れることを意味するからだ。


「わかる範囲でその方の素性をお教えいただきましたら、今からでも査定しますよ?」

「今から? そんなに早くできるんですか?」


 驚いて反射的に質問を返してしまったが、言葉が出てから「しまった」と思った。つまり僕は人権侵害や誘拐に対して既に進んでしまっているのではないだろうかと憂いたからだ。尤も、今まで興味を持って商品を眺めていたのだから、既にその域に達しているのかもしれない。


「えぇ。可能です」

「えっと、じゃぁ……、株式会社○×の兼房正二」

「畏まりました。会社名が確認できているので、素性を調べるのはすぐです。こちらに掛けてお待ち下さい」


 そう言ってモグラが腕を伸ばして示したのは、入り口近くにあった四人掛けのボックステーブルだ。僕はモグラに従ってその一席に腰掛けた。するとモグラは入り口とは違う別の扉を開き中へ消えた。その時「博士、査定をしたいので一人調査をお願いします」と言っていた。どうやら中には博士がいるようだ。


 一人になった店内で腰掛ける僕は大きく息を吐いた。途端に肩の力が抜ける。どうやら今までよほど全身に力が入っていたようだ。

 しかし体の力を抜いても今や襲ってくるのは罪悪感と背徳心だ。僕は仕入候補として会社の同期の名前を口にした。それを今、査定のためにモグラは調査している。恐らくモグラが消えた室内は店舗事務所だろう。そこで僕の同僚はこの如何わしい商売の標的にされているのだ。

 ただしかし、なぜだろう。清々しいと言えば御幣があるが、開き直った気持ちもある。それを僕は否定できない。毎日会社で上司から説教を食らう僕とは対照的に、会社から期待をされ、そして外面はいいくせに女にだらしない同僚、兼房正二。僕の嫉妬や僻みはこんな時に開き直れるほど溜まっていたのかと実感する。


「お待たせしました」


 そう言って店舗事務所だと思われる部屋から出てきたモグラは相変わらず不敵な笑みを浮かべている。思ったよりも早かった。僕が四人掛けのボックス席に着いて、一人で葛藤していた時間は三十分ほどだ。相手の素性を調べて査定をするのだからもっと時間がかかると思っていた。尤も、どんな方法をもってして個人情報を調べるのかは知る由もないが。


「お客様がNo.4の人材を購入希望の場合、株式会社○×の兼房正二様とのお取り引きが可能か否かですが、結論はお取り引き可能でございます」


 瞬間、僕の胸に腹の底からザワッとしたものが沸いて、それは一瞬にして広がった。

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