第4話 人材の対価

――対価は代わりの人材の仕入れ――


 これがモグラから聞いた金銭のかからない理由だった。と言うより、取引の内容であった。この店はなんと、次の商品となる人材を購入者が仕入れ、ショーケースに寝かされた人材をその購入者が買うのだ。なんという人権侵害を満たした人身売買だろうか。


「ちょっと、その犯罪には手を染められません」


 僕がそう断り文句を言うとモグラはまたくっくっくと笑った。この笑い方は勘に障るのだが、ここで気を荒らげても仕方がないのでなんとか落ち着かせる。


「ご興味ありませんか? 人材」


 真っ直ぐにモグラを見据える僕は今、どんな表情をしているのだろうか。こちらの感情を見透かしているようなモグラの表情は、はっきり言って気持ち悪い。


「ご購入の意思決定は急いでおりませんので、商品だけでもご覧になっていきませんか?」


 僕は内心ため息を吐く。やはり見透かされているようでそれが悔しくもある。僕が今のところ見た商品はヒト時代が弁護士だと教えてもらった男の人材だけだ。僕が欲しているのはこの商品ではなく、モグラはそれをわかっているからこんなことが言えるのだろう。


「わかりました。一通り見させてください」

「かしこまりました」


 そう言ったモグラの笑みは薄くなりやや真剣な表情に変わったようにも見えた。こちらの内面は見透かしているようで、そのくせ自身の思惑は覗かせない。僕はどうやらうまいこと営業をかけられているようだ。


「私はこちらでお待ちしておりますので、ご自由にご覧になってください」


 モグラは最初の商品の位置に立ったまま待つ意思を示した。下腹部あたりで手を組んで、僕が動くのをじっと待っているようだ。僕はモグラから視線を外し、一体一体商品を見て回った。


 ヒト時代が弁護士の男の次に見た商品はその隣のショーケースでこれまた男であった。若そうな印象を受けるが眠っているので顔は浮腫んでいるのだろう。はっきりと認識できない。

 男の商品に興味があったわけではないが、僕はベッド脇のポケットからラミネート加工された写真を取り出し風貌を見てみた。六アングルほどの写真が一枚の紙に収められていて、彼は二十代中盤くらいかと予想できた。するとモグラが僕に声をかけてきた。


「お伝えが漏れておりましたが、現在の年齢はお教えできます」

「そうなんですか?」


 僕はそれに興味を示しモグラに振り返った。戸籍が消されたのだから年齢の意味もあまり見い出せないが、それでも購入にあたってはやはり一つの指標になる。するとモグラは相変わらずの不敵な笑みで補足を続けた。


「因みにその人材は二十六歳です」


 写真だけで見立ては合っていたなと納得する。モグラは「現在の年齢」と言ったのだから生年月日は控えられているのだろうと予測ができた。

 それにしてもこの人材たちは一体どれだけの日数ここで寝かされているのだろうか。生命を維持するための生理的な世話はモグラがしているのだろうか? 恐らくそうだろう。博士もいると言ったのだし栄養の注入はしているのだろうと勝手に納得する。


 僕はそんなことを考えながらも次のショーケースに目を移した。売り場は、頭突合せ、足突合せ、頭突合せの順に四床のベッドが列を形成し、それぞれの間に人が歩けるだけの通路が確保されている。僕は今、最初に見た元弁護士の男と二十六歳の男の頭側を歩いていて、今度はその二体の頭側対面の商品を見た。

 それは、一体は女で、一体は男だった。女の方は写真と実物を見る限り三十代中盤くらいだろうか。あまり容姿がいいとは言えない。男の方はどうだろう。写真と実物を見る限りかなり若そうだ。二十歳前後だろうか。僕はその二体には特に興味を示さず、その列の次のショーケースに移動した。


「え……」


 僕は声を失った。そこに寝かされているのは男なのだが、かなり若い。高校生……、いや中学生にも見える。写真を確認してもその印象は変わらなかった。僕はモグラに振り返り恐る恐る問いかけた。


「この子の年齢って……?」

「十五歳になったばかりです」

「な……」


 見た目の印象どおりの回答が返ってきてまた言葉を失うが、僕は写真に視線を戻した。そう言えばこの画像はどこかで見たことがある。そうだ、ニュースに出ていた。友達と出かけたきり行方が分からなくなっていた地方の中学生だ。記憶が定かではないが、確か半年くらい前のニュースだった気がする。僕はそれをモグラに問いかけた。


「申し訳ございません。ヒト時代の素性を明かすことはできません」


 これがモグラからの回答だった。案の定と言えば案の定であるが、奇しくも予想は当たっているのだろうと確信できる。この中学生は友達と出かけた際に誰かに誘拐されたということか。若しくはその友達が誘拐したなんてこと……。

 本当に僕はここにいていいのだろうか。良心が痛む。興味を持っていて何を都合のいいことを言っているのだとも思うが、やはり胸が痛いのも事実だ。


「警察に駆け込みますか?」


 そう問いかけるモグラはくっくっくと笑った。その余裕の笑みを見ていると絶望的な気持ちになった。


 ここには仕入れられた三十体の人材、つまり誘拐された元ヒトがいる。こんな常識を大きく逸脱した商売を平気でしているのだから、その自信の根拠は絶対にあるのだろう。僕が警察に駆け込んだところでうまくやり過ごせる絶対の自信があるのだ。それを痛感させる笑みだった。

 そもそもこれほどに危ない商売だ。僕が警察に駆け込んだりしたら僕の身が危ないのではないだろうか。僕がそんなことをしないとわかっているのか、モグラは話題を転換して更に補足をした。


「因みに、十五歳以下の子供を仕入れる場合は能力オプションをもうお一つ追加できます」

「そんなことできるんですか?」

「えぇ、できます。逆に十五歳以下の子供を買う場合は能力オプションがつきません」

「じゃぁ、存在意義だけの人材を買うということですか?」

「金銭取引がなければそうなりますが、金銭をお支払いいただければ能力オプションは在庫があるだけ追加できます」


 納得した。ここで金銭の要求が初めて成されるのか。更に掘り下げてモグラの説明を聞くと、金で買える能力オプションは一つにつき数百万円単位だそうだ。高いとは思うが、これほど常軌を逸した商売なのだから納得もする。そしてその話の流れでモグラは僕を驚かせてくれた。


「出荷時に、人材に戸籍を付すこともできます」

「そうなんですか?」

「えぇ。一体につき五百万円ですが」

「五百万!?」


 その金額に驚いて僕は声を張った。目も丸くなる。だが、そんな驚きとは裏腹に冷静に頭の中で考察してみる。これほど危ない買い物をして戸籍がある方とない方とどちらが都合がいいのだろう。恐らくそれは用途によって結論は変わるだろうと思うが。


「戸籍についてはこちらで用意いたしますので、お客様は商品の名前をお決めいただくだけです。出生の経歴などは架空のものとなりますので、こちらの用意したものに従っていただきます」


 理解した。とは言え、作られた戸籍まで用意できるとは、一体ここのオーナーはどんな人物なのだ。モグラは雇われ店主だと言っていたのだから別にオーナーがいることは明白であるのだが。

 そんな疑問をよそに僕は次のショーケースに移動した。それは元中学生の頭側対面であり、二番目に見た二十六歳の男の隣のショーケースだ。そこには女が寝かされていた。容姿はそれほど悪いようには見えないし、実物と写真を見る限り二十代だ。僕はモグラを向き年齢を聞いた。


「少々お待ちください」


 モグラはそう言うと彼の近くの柱にかかっていたバインダーを取り出した。ここまでは何の資料もなしに答えていたモグラだが、さすがに全ての人材の年齢を把握しているわけではないようだ。そのバインダーを見ながらモグラは僕の質問に答えた。


「二十八歳です」

「そうですか」


 僕はその隣のショーケースに移動した。するとその商品を見て、そこで今までとは違う感情が僕を支配し、足を止めた僕は目を奪われた。

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