第3話 ショーケース

 爬虫類のような男に連れられて入ったのは、やはり路地裏にある一棟の建物で、雑居ビルの地下である。道路から直接、薄暗い地下への階段を下りると男が扉を開けた。店の看板もない重そうな扉で、僕は男に促されるままそこを潜った。


「ようこそ、セミオーダー人材店へ」


 僕の入室のために扉を押さえていた男は、僕の背後でそう言った。店内はこれまた薄暗い通路になっていて、全容がまったく把握できない。男は「こちらです」と言って僕を追い越すと、丁寧に行き先を腕で示した。


 五メートルほどでまた一つの扉にたどり着いた。そして再び男が扉を開け、手で押さえたまま僕の入室を促す。相変わらず不敵な笑みを浮かべたままである。僕は恐る恐るその扉を潜った。途端に明るい室内に切り替わる。


 僕は目を見開いた。そこには幾つものベッドが並んでいて、そこに検診衣のような薄手の一枚着を纏った人が寝かされている。ベッドは透明のクリアケースで覆われていて、その形はかまぼこを連想させる。


「ここには四十床のショーケースがあります」

「ショーケース?」


 唖然と突っ立った僕の隣に並ぶなり男が言うものだから、僕は鸚鵡返しに質問をした。


「失礼しました。ショーケースとは今、元ヒトが寝かされているベッドのことです。元ヒトを商品又は人材と呼んでおります」


 平然と話す男の言葉に理解が追いつかない。寝かされている人が商品なのか? 人材を売ると言ったのだから辻褄は合うのだが、はっきり言ってこの異様な店内は常識外だ。地下にあって、広いだけの無機質な室内で何人もの人がベッドに寝かされているのだから。それこそ人体研究所を思わせる。


「申し遅れました。私は当店の客引きをしております、モグラと申します。当店の雇われ店主でもあります」

「あぁ、はい、どうも」


 僕は無表情で棒読みの言葉を返した。モグラなんてふざけた名前、偽名に決まっているだろうが、とりあえず自己紹介は受け取っておこう。


「先程も申し上げたとおり四十床のショーケースがございますが、現在実際に販売しているのは三十体の人材です」


 そう言われて気づく。確かに所々空きベッド……、いや、空のショーケースがある。目算ではあるが、モグラの言う数は合っているだろう。僕は一番の不安であり、一番疑問に思っていたことを聞いた。


「生身の人間を売っているのですか?」

「いえ。元人間です。とは言え、生物学上は生身の人間でも間違いございませんね」


 くっくっくと笑うモグラの言葉はいちいち引っ掛かり、速やかに理解ができない。元人間とはどういうことだ? 一見しただけでこの場が非合法であることは察しがつく。「人権侵害」という憲法にも違反する言葉が脳裏を過ぎる。


「ここに寝かされている商品からは現在、人間だった時の記憶と各々が持ち合わせていた専門能力が抜き取られております」

「能力?」


 僕の返しにニヤリと笑ったモグラは「こちらへどうぞ」と言ってショーケースの方に歩いて行った。モグラの言った「記憶」の部分にも驚きは残るが、その疑問は今のところ割愛し僕はモグラについて歩く。


「この人材は人間時代、弁護士をしておりました。その時の法律の知識や、論破する能力などを抜き取っております」


 モグラが説明をしながら見下ろすのはショーケースの中に寝かされた男の人材だ。目を閉じているのではっきりとは分からないが、四十代くらいだろうか。


「こちらが人間時代の写真です」


 そう言ってベッドに備え付けられたポケットから取り出したのは、A4用紙がラミネート加工された一枚の資料だった。資料と言っても人材が人間だった時の写真だそうで、実際に目を開けて動いているので、目の前の人材とは打って変わって写真の方が生気を感じる。そこで四十代前半くらいかと予想ができた。


「説明のために特別に一体だけお教えしましたが、本来人材の人間時代の素性を教えることはできません。ですので、ここに寝かされた人材の中から外見と、必要に応じて写真を見た上でご購入を検討して頂くことになります」


 モグラは説明を続けるのだが、疑問はまだまだある。どれから質問をしようかと考えをめぐらせて、僕は問い掛けた。


「記憶と専門能力が抜き取られているということは、精神がないのと同義では?」

「いかにも」


 何ら悪びれた様子もなく答えるモグラに一抹の怒りを覚えるが、この表情を見ていると怒りをぶつけたところで軽くあしらわれそうだと思いぐっと堪えた。そして僕は平静を装って質問を続けた。


「つまり精神のない空っぽの人間を売りに出しているのですか?」

「それならご安心を。購入者の方に対する存在意義をインストールしてから出荷させていただきます」

「存在意義?」

「はい。例えば仕事のアシスタントが欲しい方でしたら、仕事のアシスタントを存在意義としてインストールし、家政婦が欲しい方でしたら家政婦を存在意義としてインストールし――」

「恋人が欲しければ恋人を存在意義としてインストールすると?」

「いかにも」


 言葉を繋いだ僕の質問に相変わらずの表情で肯定するモグラ。会ってから一度も大きくは変わらないこの表情が実に不気味である。


「更には、オプションとして一つだけ能力をインストールします」

「と言うと?」

「ここに寝かされている人材を仕入れた際に抜き取った能力は、当店のコンピューターに保存されております。コピーができないシステムですので、在庫の中から一つだけ出荷時に能力を付します」


 つまり空っぽの人材は存在意義と一つの能力をインストールされた状態で出荷されるのか。そして、モグラは今「仕入れ」と言った。つまり、生身の人間を仕入れて精神を抜き、それを他のものと組み替えて再販しているのだ。


「これって完全に人権侵害で人身売買ですよね?」

「いかにも」

「誘拐ですよね?」

「その延長線上に我々がおりますので、否定はしません」


 延長線上? つまり誘拐の実行犯は他にいるということか?

 そしてやはりモグラから悪びれた様子は窺えない。警察に駆け込んだほうがいいだろうか。僕も誘拐されて商品にされてしまう心配は? いや、モグラは実行犯ではないと思われる言動があった。見渡す限り人材と僕以外はモグラしかいない。安全にここを出られそうな気もするのだが。


 しかし僕がとった次の行動は、モグラへの質問の継続であった。


「記憶を無くしたヒトに存在意義をインストールなんてできるのですか? そもそも人としての尊厳をなくしているんですよね?」

「存在意義や能力をインストールするに当たって、出荷時までの記憶の補正はします。と言っても全てソフトが自動作成した架空の記憶ですが」

「ソフト?」

「はい。当店の博士が開発したソフトです」


 モグラと会ってから人材以外に初めて他の人間の存在が話題に上がった。当たり前と言えば当たり前なのだが、やはりこの店を一人で経営しているわけではなさそうだ。そもそも雇われ店主だと言っていたのだから。


「生きた人間を仕入れて、記憶を消去し、能力を抜き取り、出荷時には存在意義をインストールして、能力を一つだけ付します。それを一つのソフトで行っております」

「でも戸籍やDNAは残りますよね?」

「戸籍は仕入れた段階ですぐに消去しております。DNA、指紋はそのままです」


 ここでまた一つ、戸籍改ざんと言う犯罪が加わった。更に言うと、DNAや指紋がそのままだということは、もし犯罪歴のある人材がいたらどうなるのだろう。足がつくのだから犯人隠匿にもなるのではないだろうか。とは言え、人間時代の素性は明かされないのだから、犯罪歴なんて教えてもらえるはずがない。つまり購入者のリスクは高い。


 しかしモグラは耳を疑うような発言をする。


「ここまでが一切金銭がかからない取り引きの内容になります」

「ただなんですか?」

「えぇ、いかにも」


 これだけの大掛かりな犯罪に手を染めていてただなのか? 説明を聞きながら一体いくらの金銭を要求されるのだと不安を感じてはいたが、まさかただなんてうまい話があるわけがないと、聞いた今でも思う。すると案の定モグラは補足をした。


「ただだと言うのは御幣がありますね。金銭がかからないというだけです」

「どういうことですか?」


 そしてこの後の説明で僕はまた耳を疑うのだ。

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