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「それがスーツって言うんですか?」

「結構似合ってるだろ。」

「僕にはよく分かりません。」

「ラケットは効いたなあ。何しろ座れないんだから。お陰で、すっかり下半身が鍛えられて、ラグビー部のエースだからなあ。毎日毎日土まみれだ。雨でもやるんだよなあ、ラグビーって。野球にしときゃよかった。だけど、ラグビーの方が女に持てるって言われて、やったのが運の尽きだったなあ。来る日も来る日も休みなし。うううううう・・・・」

「なに、うなってるんですか。」

「うなってなんかない!感慨ってヤツに浸たってるんだよ。よく頑張った俺。熱い青春を送ってきたぜ。」

「で、クラブの先輩のコネで、ゼネコンに入社出来たと。」

「そう、天下無敵のゼネコンだ。ゼネコンって知ってるか。」

「知りません。でも、すごいんでしょ、そこ。給料が。」

「ああ、たぶんな。飲み放題、遊び放題、ヤリまくりだぜぇ。今までは熱いだけの真っ暗な青春だったが、これからは、春真っ盛り、ピンクの嵐、やるぜ。」

「ピンクの嵐?この時代って、嵐はピンク色なんですか?」

「やっぱ、お子ちゃまだね、子孫君。君にも、いずれ分かるときが来るよ。じゃ、俺、ナイトライフに出かけるから・・・って、お前なんでまた、夜来てるんだ?なんか悪い予感がするぞ。」

「中指出して下さい。」

「なんだよ。」

「だから、中指出してください!」

「な、な、なんなんだあ。超一流企業に入ってやったんだぞ。お仕置きはもういいだろ!」

「よくありません。まだ僕たちの生活には何の変化もないんです。ということは、ゼネコンに入社した程度ではダメだってことです。そろそろ、1回目のローンの支払いの準備もしなきゃいけないのに。パパは資金の工面が出来ないって、やけ酒飲んでるんですよ。僕の苦労も察してください。」

「うるさい!お前こそ俺の苦労を察しろよ。」

「ということで、」

「何が、ということで、だ。大体それは何だ。ラケットはどうした。」

「卓球部が、大会に出ることになっちゃったんです。あのラケット、試合にも使えるので、急に予備が必要になったみたいで。今度は、お仕置きペンです。」

「何じゃ、それ。」

「中指に、こういうふうにですね、×を書くとペンだこが出来るんです。仕事するうちに削れてなくなる仕組みです。じゃ、ガンバって仕事してください。」

「おい、ちょっと、待て。じゃなくて、とにかく頼む、待ってくれ。いや、待って下さい!極めて重大な問題がある。」

「何ですか?」

「お前、今が何世紀か知ってるか?」

「21世紀でしょ。」

「そう、その通り。でな、大人はな、みんな、パソコン、分かるか?ピーシーってやつで、仕事するんだよ。鉛筆でもボールペンでも、ましてや筆でもない。な、どうやって、ペンだこ削りゃあいいんだよ。」

「あ、そーか。ごめんなさい。説明不足でした。鉛筆とかペンとか、それから、えーとフデ?でしたっけ?それも筆記用具ですよね。とにかく、僕らの時代でも、普通は筆記用具で文字入力はしません、音声ワードシステムなので。だから、手で字を書くことが条件じゃないんです。」

「じゃあ、どうすりゃいいんだ。」

「えっとですね、仕事を会社から持ち帰るんです。」

「そんなの、いやだ。」

「もうお仕置きしちゃいました。」

「持って帰ってない、つうの。」

「じゃあ、明日からは持ち帰って下さい。で、当然頭使うでしょ。時々、頭掻くじゃないですか。」

「ないですか、って、お前。」

「そうするとですねえ、削られていくんです、たこが。」

「掻かなかったらどうなる。」

「削れません。」

「ってことは、とにかく掻きまくりゃいいんだな。」

「残念ですが、違います。思考時間と思考内容を掛け合わせた数値が頭掻くたびに更新されて、設定されたレベルに到達するとたこが消える、っていう仕組みなんです。」

「じゃ、今日はどうすりゃいいんだよ。」

「それは、自分で考えてください。」

「無責任なこと言うなよ。頼むよ、何とかしてくれ。」

「じゃ、さいなら。」

「おい、おーーーい。何か滅茶苦茶くすぐったいぞ、笑えるぞ、ひひひひいいいいーーー」



「いい加減にしろ!ほんとーーーに大変だったんだぞ。」

「どうしました、昨日は?」

「仕方ないから、頼まれてもいない企画書やたらと作ってやった。今朝、課長に見せたら、目を白黒させてたよ。まあ、42も企画出しゃあ、誰でも驚くわな。」

「おめでとうございます。」

「何にもめでたくない。課長は目を白黒させただけで、その後音沙汰なしだ。」

「まあ、損して得取れですから。」

「なんだ、それ。意味違ってないか?」

「じゃあ、情けは人のためならず。」

「うーん、それも違うような気が……」

「昨日の敵は、今日の友。」

「全然違うと思うぞ。お前、国語苦手だろ。」

「分かりますか。僕これでも一応、文系希望なんですけど。」

「えっ、もう進路選択があるのか。」

「当たり前じゃないですか。人生って、短いんですよ。本人が思ってる以上に。ということで、じゃ、中指。じゃ、さいなら。」

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