第400話 帰宅

 戦いを終え、黙祷を済ませると、冬也は力が抜けた様に地面にへたり込んだ。ロイスマリア最強の神、冬也でさえこの戦いは、過酷なものだったと言えよう。


 流石の冬也も、神気を使い果たしたのだろう。その隣に寄り添う様に、ペスカがちょこんと座る。

 人間の姿に再び戻ったブルが、トコトコと歩いて、冬也にしがみつく。アルキエルがゆっくりと歩き、冬也の正面にどっかりと腰を下ろす。


 やり遂げた達成感を感じている者は、皆無だろう。特にアルキエルは、まだ戦いたかったに違いない。

 交わす言葉は無い。冬也は、しがみつくブルの頭を優しく撫で、アルキエルには優し気な笑顔を向ける。そしてペスカは、冬也の肩に頭を預けた。


 ペスカと冬也の中にも複雑な思いが渦巻く。

 元々は最悪の事態を回避する為に、地球に帰って来た。しかし蓋を開けてみれば、深山やミストルティンの連中に先手を打たれ、望まない状況へと進んでいった。


 美咲や雄二の死。そして、世界中で大きな犠牲者を生んだ。その事を仕方ないと、切り捨てられはしない。

 しかしペスカと冬也は、肩を落とすのではなく、敢えて笑顔を浮かべた。それが例え、作り笑いである事が明白であっても。今はそれが必要なのだ。


 言い換えれば、それがペスカと冬也の強さなのだろう。現実を受け止めて尚、後悔だけに縛られる事無く、未来に目を向ける。

 誰もが出来る事ではない。そんな行動こそが、仲間達に勇気を与えるのだろう。 


 やがて、重い体を引き摺る様に、空と翔一がペスカ達に近づいて来る。その後を追う様に、レイピア、ソニア、ゼルが歩みを進めた。


 空と翔一は、ペスカ達と視線を交わすと、何も語らずに座り込む。

 全力を尽くした。それでも届かないものが有る。二人は悔しさを呑み込む様に、ペスカと冬也へ笑顔を返した。


 レイピア達、異世界からの訪問者は、空達とは違った。ペスカと冬也の眼前まで歩くと、三人はそろって膝を突き深々と頭を下げた。

 そして、ゆっくりと頭を上げると、レイピアが代表して口を開く。


「ペスカ様、冬也様。我ら、御力になる所か、足を引っ張る始末。誠に申し訳ございません」

「なぁ、お前等。少しこっちでゆっくりしてけ」

「いえ、我々には報告の義務がございます」

「それなら、俺がお袋にしといてやる。たまには体を休めろ。張り詰めてると、碌な事を考えねぇ」

「まさか、そのような事。我らには過分でございます。それに任務が」

「うるせぇよレイピア。黙って言う事を聞け。それに、任務どうこうってのも、俺が糞猫に話しをつけてやる」


 冬也の口から放たれた言葉は、静かに辺りへ響く。如何に鍛えようとも、地上の者が神意に逆らえるはずがない。

 レイピア、ソニア、ゼルの三名は、改めて頭を下げた。

 

「なぁ、レイピア。それにソニア。お前等は、罪悪感を背負って生きていくつもりだ。殺した数だけ償うつもりか? 馬鹿か?」


 姉妹は返す言葉もなく、ただ黙り込むしかない。そして、冬也は言葉を続ける。


「わかってんだろ? お前等のおかげで、救えた命が有るんだ。お前等は俺と違って、ちゃんと守れたんだ」

「そんな、冬也様」

「俺とアルキエルは、攻めるのは出来ても、守る事は苦手だ。だから、ブルがいなければ、危なかった。お前等は違う。翔一と空ちゃんを守ってくれた。みんなを守ってくれた」

「冬也様、わかりません。必死だったので、わかりません。我らの行動が正解だったかどうか、今考えても、わかりません」

「そんな事は、俺にもわかんねぇよ。誰だって、最善の方法なんか選択出来ねぇ。もしお前らが、自分を不甲斐なく思うなら、この地球にいる間だけでもいい。俺の修行相手になってくれ。この戦いに勝者はいねぇ、みんなが負けたんだ。俺達は、この敗北を噛みしめて、強くならなきゃいけねぇ。じゃないと、死んでいった奴らに、申し訳ねぇ」


 真に神というならば、今生の生に重きを置く事は無い。冬也自身が己の事を人間だと主張する所以が、そこに有るのだろう。


「ゼル。お前も、俺の修行に付き合ってくれるか?」

「勿論です! 願っても無い事です」

「ありがとう、ゼル。いいんだ、お前等はよくやった。だが俺を含めて、みんなが未熟なんだ。これからだよ、なぁそうだろう? それとお前等三人は、この世界のこれからをちゃんと見ていけ。この世界の人間を、甘く見るなよ。特に日本人はな、どんな逆境にあっても、乗り越える根性がある。きっと、お前等にいい影響を与えるはずだ」


 レイピア達と話しをしている間、佐藤達も目を覚ます。そして、遠くでは米軍や自衛隊の兵士達も、目を覚ましていった。


 警察チームが行った簡易的な拘束を解き、両軍は撤退を始めている。

 アルキエルとゼルに恐怖を植え付けられ、逃亡した者達の安否はわからない。少なくとも、拘束された者達は、全員無事である。

 統率された軍は、進軍、撤退と全てにおいて迅速である。両軍が姿を消すのには、然程の時間を要しなかった。


 丁度、自衛隊と米軍の撤退が完了した頃、佐藤ら警察チームと、陰陽師達が起き上がった。

 そして、未だ起き上がる事が出来ない遼太郎と、会話を行った後に、ペスカと冬也の下へ歩みを進めた。


「結局、力になれなかったね。すまない」

「佐藤さん、そんな事はねぇさ。充分過ぎるぜ」

「そうだよ、佐藤さん。ここに連れてきてくれなければ、市街地が戦場になってた。それだけでも、凄い功績だよ」

「ははっ。神様に褒められたと、子々孫々に至るまで、語り継ぐとしよう」

「どんな罰ゲームだ! 流石にやめてくれ、佐藤さん」

「ところで佐藤さん達は、どうするの? 警察は首になってるんでしょ?」

「恐らくね」

「なら、ロイスマリアに来る? 本気で言ってるんだよ。佐藤さん達なら大歓迎だし、居場所や仕事なら、幾らでも容易出来るよ」

「ペスカちゃん。有難い提案だけどね。ここにはみんな、家族が居るんだ。さっき、東郷さんと話した所だけどね。警察じゃなくても、僕等の役立てる場所は有る。特にこれからの世界ではね」

「そう。なら、何も言わないよ」


 佐藤の表情は、覚悟を決めた男のものだった。これ以上は無粋だろう。


「僕らは当事者として、真実の記録を残すつもりだ。君達にも、協力して欲しい」

「わかったよ。俺達でよければ、幾らでも付き合うぜ」

「ありがとう。それと、君らに渡したスマホは、そのままプレゼントするよ。通信料も僕が持つ。気にせずに使ってくれ」


 佐藤は、警察チームと陰陽師達を引き連れて、大型バスに乗り込む。そして、別れを告げる様に、大きく手を振りながら去って行った。

 佐藤が去るのと入れ違う様に、安西ら府中事務所の面々が目を覚ます。そして遼太郎へと近づき、会話を始めた。恐らく、これからの事を話し合っているのだろう。


 そして最後に、ペスカ達へ歩み寄ったのは、飯縄権現であった。

 皆が次々と、ペスカ達の所へ集まる間、飯縄権現は管狐を使って、周囲の状況を具に見て回っていた。一先ずの見回りは済んだのだろう、ゆっくりと歩みを進める。

 そして、飯縄権現に気が付いたペスカは、明るい笑顔を見せる。


「そなた達には、世話になったのぅ」

「お世話になったのは、こっちだよ。飯縄権現様」

「様は必要が無い、異界の最高神よ。本来であれば、冬也の眷属となり、そなた達に尽くすのが道理」

「さっきも言ったけど、その必要はねぇよ。あんたは、ここでやる事があるだろ? それにあんたにこの地を返さなきゃな」

「かたじけない。だが、そなた等の父と、三島に深山という人間は、暫く儂が預からせてもらう。理由は言わんでもわかるだろう?」

「あぁ助かる、ありがとう。親父の奴には、あんたから叱っといてくれ」

「三島のおじさんの事も、お願いね。こき使わなきゃならないし」

「任せておけ。我が名にかけて、完璧に治療を施そう。然程の時間はかからんよ」

「神域を解放しても、暫く俺の影響が残っちまう。わりぃな」

「いや、返って大助かりだ。治療が終わったら、そなた等に連絡を入れよう。それと」

「神気の件だね、いいよ。言われなくても、制限するつもりだったし」

「流石に感が良いな。そなたの口から、言って貰えると助かる」

「約束の社殿は、暫く待ってもらってもいい?」

「問題ない。それに関しては、こ奴らに働いて貰うとしよう」

「落ち着いたら、挨拶に来るぜ」

「あぁ、待っておる」


 飯縄権現は、少しいたずらっ子の様な笑みを浮かべると、遼太郎と三島、そして深山を連れて姿を消した。美咲と雄二の亡骸は、管狐が運んでいく。

 神が人間の遺体を埋葬するなど、聞いた事が無い。しかし、英雄達の一員として、自らの手でこの地に埋葬する。その資格が、彼らには有ると考えているのだろう。

 飯縄権現の計らいに、ペスカと冬也を始め特霊局の面々は、目頭が熱くなるのを感じていた。


「さて、そろそろ帰ろうよ。帰りの運転は、誰がしてくれるの? 翔一君? 安西さん?」

「俺がやるよ、ペスカちゃん」

「そう言えば、安西さん。パパリンと話してたけど、これからどうするの?」

「特霊局は解散。だけど、俺達は東郷さんを中心に、別の組織を作るつもりだ」

「そう。協力は出来ないけど、頑張ってね」


 奇しくも二つの世界は、崩壊の危機を迎えた。しかし、未来は残された。


 破壊は一瞬、復興は永遠。例え建物が立ち並んでも、心に刻まれた傷は残り続ける。

 その痛みすら癒せる世界を創ろう。その為に尽力しよう。地球という世界で生きる決断をした者達は、そんな決意を秘めて、帰宅の途に就く。


 異界から訪れた者達は、それぞれに抱えた想いを噛みしめながら、未来を見据えた。

 そして彼らは、今少しこの地に残り、世界の選択を見届ける。彼らは知るだろう。この戦いで、生き残った者達の強さを。それが、ロイスマリアの未来へと繋がる。


 異なる世界であっても、労苦は等しく訪れる。

 一人一人の力は、微々たるものだ。しかし、力を合わせれば、大きな力となる。それが、諍いへではなく、手を取る事を選択出来れば、可能性は無限に広がる。


 少なくとも一つの試練は乗り越えた。ならば、これからの試練も、きっと乗り越えられる。そして、小さな一歩は、輝く未来を引き寄せる。


 世界は時に辛苦を与える。しかし時に、幸福も与える。

 そう、世界は優しく出来ている。

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