二つの世界、それぞれの未来

第399話 ロメリアの承認

 全てが純白で一切の澱みが無い、神の空間。

 神の意志で作られたその空間は、次元という概念が存在しない。有ると思えば、存在する。無いと思えば、触れる事さえ叶わない。

 そこに入る事が可能なのは、神気を持つ者のみ。例え、どんなに意志の力が強くても、神気を持たぬ者には空間の存在を認識出来ない。


 その神の空間へ、久方ぶりに神々が集められていた。

 アルキエルの件依頼、大幅に数を減らした神々。今回集められたのは、神だけでなく、その眷属までもが呼ばれていた。

 

 ラフィスフィア大陸を拠点とする、女神フィアーナを頂点とする原初の神々。その眷属として、モーリス、ケーリア、サムウェルが顔を揃える。


 アンドロケイン大陸を拠点とする神は、先の戦いで多くを失った。参加したのは、女神ラアルフィーネと数名の神、そして眷属から神へと至ったばかりのエレナであった。


 アンドロケインとは対照的に、ドラグスメリアから参加した面々は、圧巻と言わざるを得ない。

 女神ミュールを中心とした神々。そして眷属であるズマを先頭に、四大魔獣と巨人族のスルト、アトラス、アルゴスが集まっていた。


 そして、女神セリュシオネの眷属として、旧ライン帝国の皇帝と、クロノスが参加している。


 通常ならば、議長を中心とした円形の席が設けられる。しかし、神の数が減少している。その為、今回は座談会の様な形式を取っていた。


 それぞれの神と眷属が役割を果たす中、久しぶりに顔を合わせる者も少なくはない。銘々が情報交換等を行い、未だ到着していない二柱の女神を待っていた。


「結局、いつもあなたは遅れるんですね。それ程、忙しいとも思えないのですが」

「今回は仕方ないのよ、セリュシオネ。冬也君から突然連絡があって、ロメリアを送って来たんだもの」 

「まぁ、そういう事にしておきましょう。いつも出迎える、私の身にもなって下さい」

「悪かったと思ってるのよ」

「なら、少しでも急いで下さい。皆があなたの到着を待ってます」


 溜息交じりに話しをするのは、生と死を司る女神セリュシオネ。そして柔らかい口調で、呑気な態度を崩さないのは、神々の長とみなされている大地母神フィアーナ。


 地上の生物と神々が協力し、世界の行く末を決める様になってから、神々の協議会が開かれる事は減っていた。それだけ、神のみで決議する事項が、少なくなっているのだろう。

 前回開かれたのは、ブルとエレナが神として承認された時。そして今回の議題は、新たな神として生まれ変わったロメリアが、神の一員として承認するか否かである。


 古の邪神にして、狡猾な手段で世界に混沌を引き起こしてきたロメリアである。遺恨が有る神も多かろう。簡単に承認されるとは思えない、寧ろ協議の場は荒れるだろう。

 その事が、女神フィアーナの歩みを遅くしていた。


 一方その頃、協議会の会場では一同が雑談に花を咲かせ、ガヤガヤとした賑わいをみせていた。

 世界は、復興の只中に有る。しかし神々が、自由に動き回り旧交を温め合う。その光景は、今までには無かったものである。

 それは、新たに加わった眷属達の影響も大きいのだろう。間違いなく、神の世界も変革を迎えていた。


「ところで、ミューモの旦那。あんたは、行かないで良かったのかい?」

「既にアルキエルが行っている。その上、ブルが向かったのだ。我らが行けば、過剰戦力になり、地上への影響は計り知れない」

「相変わらず、お堅いねぇ。あんた等は、主の危機に一も二も無く馳せ参じるじゃねぇか」

「当然だ。我らは家族だ。家族の危機には、何を置いても駆けつける」

「でも、向かったのは。農耕の神だろ? 役に立つのか?」

「サムウェル。幾ら貴様でも、ブルを馬鹿にする事は許さんぞ! モーリス、ケーリア、エレナ、そして貴様は、人間や亜人にしては恐ろしく強い。だが、ブルの足元にも及ばん。我らでさえ、ブルを傷付ける事は、至難の業なのだ」

「まぁ、その位にしておけ、ミューモ。こ奴らは、まだまだ力を付けている最中じゃ。油断していると、足元を掬われる」

「慢心せずに精進を重ねるからこそ、あなた方は強く有り続けられるのでしょうな」

「モーリス。お前の言う通りだ。我らはこの中でも、一番のひよっこだ。負けずに精進あるのみ」

「あぁ、やだねぇ。真面目な奴ばっかりでさぁ」

「サムウェル。ケーリアの言う通りですよ。あなたは、少し真面目に取り組む事を知りなさい」

「レオーネ。最近、やたらと口やかましな」

「それは、あなたが悪いんです!」

「少なくとも、俺は真面目だぜ。時間も守ってるしな。少なくとも、そこで寝息を立ててる猫や、食い歩きをして遅れた、どっかの女神様とは違うんだぜぇ」

「御一同、そろそろ到着の様です。お静かに」


 余り会話には参加せず、凛とした姿で座るのは、王であった頃の名残であろうか。ズマの一声で、会場は静まり返る。 

 そして、静かに女神フィアーナと女神セリュシオネが、議場に足を踏み入れた。


「お待たせしました。早速ですが始めましょう。皆さん、お座りください」


 女神フィアーナの一言で、一同が車座になり、次の言葉を待つ。そして、女神フィアーナは、異世界である地球で起きた出来事と、今回の議題について説明を行った。


 女神フィアーナは重い口調で、しかも言葉を選びながら説明を行う。

 一大事である事は、間違いないのだ。ロイスマリアの神が、異世界に悪影響を与えた。しかもその結果、大きな混乱を招いた。

 ただ今回の議題は、原因の究明や糾弾ではない。新たに生まれた神を、ロイスマリアの神として承認するか否かである。


 神を除き、邪神ロメリアと実際に対峙した者は、眷属の中には存在しない。ドラグスメリア出身の者でさえ、邪神ロメリアを模した分霊体と対峙した経験しかない。

 しかし、邪神ロメリアがどの様な存在か、その所業も含めて十二分に理解している。

 

 原初の神に反旗を翻した、今は無き反フィアーナ派でさえも、邪神ロメリアに唆された犠牲者と言えよう。

 元を正せば、邪神ロメリアは全ての元凶である。冬也が浄化したから、もう問題は起こさない。その保証が、何処にある。

 疑ってかかるのは当然だ。説明を終えた女神フィアーナへ、多くの質問が投げかけられるのも、無理の無い事だろう。


 だが、女神フィアーナは、質問に対して、一切の返答をしなかった。発したのは一言だけ。


「実際に、自分の目で見て確かめなさい。質問はそれからよ」


 女神フィアーナは皆にそう告げると、議場の入り口に向かって、手招きする様な仕草を行う。そして、議場にゆっくりと足を踏み入れた新たな神は、邪神ロメリアそのものの姿をしていた。


 一同は息を呑む。

 さもありなん。その姿は、かつて世界を混乱に陥れた邪神の姿である。否応なしに、過去の惨劇を思い出させられる。


 邪神というシステム上、ある程度の所業は、大目に見て来た。それを理解しているからこそ、不安を感じざるを得ない。

 確かに目の前にいる、新たな神からは、一切の邪気を感じない。しかし、過去の記憶を全て有しているなら、再び邪神になり得る可能性も秘めているはずなのだ。

 リスクを回避するならば、存在を抹消するのが、適切な対応なのだろう。


 原初の神々からは、危険性を訴える声が次々と上がる。しかし、それに異を唱えたのは、意外にも地上の生物から眷属となった者達であった。


 過去の行いと、未来の可能性は、切り離して考えるべきだ。

 過去を省みて、危惧するのも仕方がない。しかし、それだけで未来を摘み取るのは、今までと何も変わらない。地上では種族を超えて、手を取り合おうとしている。地上の者達が出来て、なぜ神が出来ない。

 少なくとも、我々は彼の意志を聞いていない。我々の勝手な憶測で決断するのは、公平だと言えるのか?


 直接の被害を被ったのは、神々ではなく地上の生物である。遺恨が有り容易に認めれない、それが眷属達の口から放たれるなら理解出来る。

 ただ、眷属達の口から、そんな言葉が出るとは、原初の神々でさえ驚きを隠せなかった。


「ズマ、あんた。本気で言ってるのかい?」

「ミュール様。我らは、神や種族の壁を超えて、共に生きる事を決断しました。ペスカ殿、冬也殿は、互いに許し合える世界を望んでいます。ならば今、過去の過ちを受け止めた上で、前に進む方法を模索するのが、建設的だとは思えませんか?」

「スール、ミューモ。あんたらも、同じ意見なのかい?」

「当然です。我々は主の意志を尊重します」

「冬也の馬鹿が、間違いを起こすとは思わないのかい?」

「主は事ある毎に、我らに仰います。自分が間違いを犯した時は、何が何でも止めろと。主を諫めるのが、臣下の務め。しかし今回に関しては、主に間違いが有ると思いません」

「俺もスールと同じ意見です。目の前の彼からは、一切の邪気を感じない。それだけで充分ではないのか?」


 女神ミュールは、眷属達を眺めると、深い溜息を突く。彼らの言葉には一理ある。世界は変革を望んでいる。それに対応出来ないなら、神々は取り残されるだけなのだ。

 しかし、万が一の事も考慮しなくてはならない。それは、絶対なのだ。新たに歩み出した世界を、再び混乱に落とす事は、決して許容できない。


 互いに意見を譲らない状況が続く。そんな中、これまで一切の発言をしてなかったエレナに対し、女神ラアルフィーネが意見を求めた。


「あいつは、嫌いニャ。なんか怖いニャ。冬也と同じ匂いがするニャ」


 その言葉を聞いて、ロメリアはエレナを睨め付ける。その瞬間、エレナは風切り音を立て、素早く女神ラアルフィーネの背中に身を隠した。

 しかしエレナは、女神ラアルフィーネの背に隠れ、怯えながらも言葉を続けた。


「でも、それとこれとは別つニャ。会心とかよくわからないニャ。でもあいつが、これから悪さをすると決まってないニャ」

 

 眷属から神へ至ったエレナの発言は、決定的になった。少しずつ原初の神々は、仕方ないとばかりに、同意する者が増えて来る。

 そして、これまで言いたい放題言われ、それを黙って受け止めていたロメリアが、静かに口を開いた。


「僕は、冬也に浄化されたんだ。僕の神格には、冬也の神気が多く混じっている。そこの猫が、僕に冬也の面影を感じたのは、そういう事さ」


 そして、ロメリアは周囲を見渡すと、言葉を続けた。

 

「わかっていると思うけどさぁ。僕はね、悪感情を食い物にして来た。一方向な視点でしか、世界を見る事は出来なかった。だけど僕は、冬也とペスカを見て思った。あいつらは、僕や君達とは全く違う。清濁併せ吞むというのかな? 色々な側面を持つからこそ、多方向から見て判断が出来る。その意味がわかるかい?」


 ロメリアは、一同の反応を確認する様に、再び周囲を見渡した。そして、声を荒げるでもなく、静かに語りかける様に、話しを続ける。


「僕は運命に逆らった。その結果、あらゆる物を破壊し尽くした。元凶と言われるのは、当然だ。手段を間違えたんだ、危惧するのも仕方がない。でも、運命に逆らった事は、今でも後悔はしていない。神は、世界を管理する歯車に過ぎない。その意味では、消滅を前提として誕生した僕と、君らは然程の代わりは無い。不自由過ぎるんだ。だけどね、あいつらは違うんだ。自由なんだ。何にでもなれる、どんな挑戦だって出来る。それが、どれだけ面白い事なのか。君達は、そろそろ理解するべきなんじゃないかい?」


 確かにそうだ。変革を続けるロイスマリアを、原初の神々でさえ、面白いと感じている。だからこそ、地上の生物と、力を合わせる事が出来る。それは、一方的ではなく、あくまでも台頭な立場として。


「そうじゃな。儂等は、あ奴らから学ばねばならん」

「それに関しては、私もベオログに同感だよ」


 山の神ベオログと、風の女神ゼフィロスが、ロメリアの言葉に同意を示した。そして、ロメリアは更なる主張を続けた。


「善悪なんてものは、立場によって変わるんだ。さっきも言った様に、あいつらはそんなものに囚われてはいない。だから何にも縛られないんだ。だからあいつらは、自由なんだ。あいつらは、可能性の塊だ。それに僕には、知らない事が多い。だから、もっと色んな事を知りたい。僕は、あいつらみたいに、自由になりたい。それは、悪感情だけを見て来た僕だから、出来る事さ」

「だけどね。あんたの事を、そのまま信じる訳にはいかなんだよ」

「ならば、ミュール様。ロメリアに、見張りを付けるのは如何でしょう?」


 女神ミュールが、あくまでも反対姿勢を見せるのは、世界の為である。それが理解出来るからこそ、ロメリアは声を荒げて抗議をしない。

 その間を取り持つように、クロノスから出された提案に関しても、ロメリアは頭を大きく縦に振った。


 ロメリアの承認を一時保留し、見張りを付ける事で今後の動向を見守る。一同がその意見に賛同し、見張りとなる者を選定しようとした時、サムウェルが口を開いた。


「なぁ、お歴々。監視とかって、堅苦しいのじゃなくてよ。違うのじゃ駄目なのか? 冬也風に言う、何て言ったっけか?」

「サムウェル。ダチというやつか?」

「そうそう。それだよモーリス! なぁ、ロメリア。俺とダチになろうぜ」

「ちょっと待ちな! あんた等は、こいつとそんな関係になれるっていうのかい?」

「ミュール様。確かに、割り切れねぇ想いは有るさ。だけど、ペスカ殿が何も言わなかったんだろ? 冬也がこいつを神として認めたんだろ? じゃあ、そういう事だ! 時には、水に流すって事も必要なんだよ」

「そうだな。俺も、サムウェルに賛成だ」

「俺もです。ロメリア、俺ともダチっていうのに、なって貰えないだろうか?」

「私は怖いから嫌ニャ」

「教官。そう仰らず、ここは一つ」

「ズマが言うなら、仕方ないニャ。私も友達になってやるニャ」

 

 サムウェルを始め、モーリスやケーリア、そしてエレナにズマが立ち上がり、ロメリアに近づく。そして、握手を求めた。

 彼らの行動を理解出来ず、少しキョトンとしていたロメリアに、サムウェルは言い放つ。


「知らねぇのか? これからよろしくって事だよ」

「その位は知っている。でも何故、僕にそんな事をしようとする」

「あんたは、さっき自分で言ってたじゃねぇか。色んな事を知りてぇってよ。だから、俺達が教えてやるぜ。少なくとも冬也とペスカ殿なら、そうしていたはずだ」


 サムウェルは、ロメリアの問いに、とびっきりの笑顔で答えた。

 そして、一部始終を傍観していた女神フィアーナは、力が抜けた様にホッとした表情を浮かべていた。


 疑念を持つ事は、大切だ。それが無ければ、過ちを未然に防ぐ事は出来ない。しかし、信じる事が出来なければ、未来に向かい一歩を踏み出す事は出来ない。

 間違いなく、ロイスマリアは新しい道を進んでいる。未来は明るく輝いていた。

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