第392話 邪神ロメリア ~協力者達の抗い~

 空と邪神ロメリアの相性が如何に良かろうとも、翔一が如何に邪気を祓おうとも、英雄二人は人間であり神を滅する事は出来ない。

 もし、そんな事が可能であったら、ペスカは力を求めて転生など行わない。天才と呼ばれたペスカであれば、二十年前の悪夢の際に、全ての決着をつけていたはずなのだ。


 ペスカに必要だったのは、神に対抗し得る力。それと知識。

 様々な知識を得るには、地球は最適な世界であった。必要なのは、最先端の兵器技術に限らない。物理、化学等の知識も重要なのだ。

 例えば発火現象の要因、人体の構造、遺伝の仕組み。この様なロイスマリアには存在しない知識を得る事で、ペスカの魔法は更なる強さと広がりを得た。


 ただそれだけでは、神に対抗する力とはなり得ない。しかし偶然にも、その力は身近に存在していた。

 冬也の神気を間近に感じながら生活する事で、自らの身体を神気に適応させる。


 旧帝国で邪神ロメリアを追い込む事が出来たのは、ペスカの執念とも言える努力の結果であった。過酷な戦いの中で神気に目覚め、神へと至ったのも必然と言えよう。


 しかし、空と翔一が英雄と呼ばれた存在であっても、未だ神気を持たない唯の人間である。それは、異界から訪れた協力者も同様。

 神の眷属となったモーリスやエレナであれば、状況は変わるだろうが、レイピアとソニア、それにクラウスは亜人の域を超えない。ゼルは空と同じく人間である。

 

 この時、レイピアは冷静に状況を観察していた。

 空の能力は、邪神ロメリアに対して、極めて有効である。しかし、地球上から悪意を集めた邪神を、いつまでも食い止められはしない。

 持って数分、もしかすると数秒も持たないかもしれない。


 恐らく二人の英雄は、気がついていないだろう。ここは冬也の神域である。その行動が、冬也の意志に合致しているから、力が増幅している。

 更に翔一が動き回り、注意を引き付けている。これも、邪神ロメリアの猛攻を食い止める大きな要因であろう。


 幾ら強固な意志が有ったとて、自然界からマナを得る方法を知らない限り、魔法や能力を使い続ける事は出来ないのだ。

 

 空の能力が有効であっても、それを頼りにする戦法は下策である。

 戦争は未だに終わる気配を見せない。如何に人間との繋がりを切り離しても、邪神ロメリアが世界に充満する悪意を取り込めば、傾きかけた戦況は再び一変する。

 時間を稼ぎつつ、邪神ロメリアの力を削ぐには、もう一つ有効的な手段が必要になる。


「ソニア、皆に念話を繋げて」

「姉さん、まさか」

「ええ。このままでは、空殿が危ない。空殿の命が尽きる前に、あれを世界から切り離します」

「ですが、姉さん。あれは数百のエルフ、それも命を対価にして行う技です。私達二人では、対価として釣り合わない」

「問題無いわよソニア。広域である必要は無い。悪意を取り込めない様に出来れば上々です。私達の命を対価に、空殿の代わりをするんです」

「わかりました、姉さん」

「それと、これは皆には秘密にしなさい」

「わかってます。お優しい方々ですもの、止められるに決まってます」


 レイピアとソニアは、誰にも聞かれない様に、魔法を使って会話をしていた。

 巨大な力を行使するには、相応の時間が必要になる。当然、皆の協力が要る。それには何をするか、説明をする必要がある。しかし手段を話せど、結果は伝えない、伝えようが無い。

 ただ、この二人は忘れている。ここが誰の神域であるのか。その神は、二人の行為を見逃すのか。


「秘密以前の問題だ馬鹿野郎! これ以上、犠牲者は要らねぇんだ! てめぇらが、そんな覚悟を決めてるなら、俺は力を貸さねぇし、全力で阻止するぞ!」


 レイピアとソニアの念話に、割り込めるのは、冬也以外にはいない。

 念話とは言え、地上で生きる者の中に、ロイスマリア最強の神に逆らえる者は存在しない。

 しかし、覚悟を決めた者の意志は、例え最強の神であろうと、そう簡単に覆せはしない。


「冬也様。お言葉ではございますが、手段はこれ以外に有りません。それに我らは罪人。この命で、数分の時間が作れるなら、如何様にもお使い下さい」

「冬也様、力の行使をお許しください。私達は、こんな事が償いになると思っておりません。しかし、英雄のお二人を失うよりは、何倍もましです。この命で、英雄を守れるなら、本望です」

「ふざけんじゃねぇぞ! レイピア、ソニア、よく聞けよ! 命に重いも軽いもねぇんだ! 誰もが平等なんだ! てめぇらは、エレナの下で何を学んできたんだ! エレナは、てめぇの命を犠牲にしてでも、他人を助けろって言ったのか? 言わねぇだろ! 親父が何でてめぇらを助けた? エレナとラアルフィーネさんが、何でてめぇらに手を差し伸べた? いつまでてめぇらは、自分を貶めて生きていくつもりなんだ? もう一度、考えろ! わからねぇなら邪魔だ! 今すぐに消えろ!」


 目の前で大切な友人が死んだ。それは冬也に、暗い影を落とした。だからこそ、あれだけ我を忘れた様に憤慨したのだ。これ以上、目の前で誰も死んで欲しくない。それは、冬也の本音であろう。

 それ以上に冬也は、彼女等の言葉に、腹を立てていた。


 罪人である。


 それをいつまで抱えているつもりなのだ。過去を省みるのは、正しいだろう。罪を償う為に、善行を行うのも道理だ。しかし、過去の罪に捉われ、いつまでも前に進めないのでは、意味が無い。

 生きる資格など、誰に与えられるものではない。


 レイピアとソニアとて、冬也の言葉は理解している。しかし、納得は出来ていない。

 決して間違いを犯そうとしているのではない、正しい行いなのだ。そして、レイピアとソニアにとって、最善の選択肢。それを否と言うなら、他にどんな方法が有る?

 二人の偉大な英雄を救うには、どうしたらいい? どんな方法で、あの禍々しい力を抑え込んだらいい? 

 口を噤み葛藤する二人に、優しく問いかけたのはブルであった。


「レイピア、ソニア。お前達は頭が良い癖に、力の使い方を知らないんだな。おでは、賢くないけど、力の使い方をわかってるんだな。だから、おでが教えてやるんだな。冬也、少し力を借りるけど、耐えて欲しいんだな」

「あぁ、問題ねぇよブル。この馬鹿共に教えてやれ! てめぇの命を、犠牲になんてしねぇで済む方法をな」


 ブルは冬也の許可を得ると、身体を元の姿に変える。

 ブルの見た目は、幼い人間の姿である。それは人間だけが暮らす社会で、他者を怯えさせない為の配慮だ。

 姿を変える為に、幾ばくかの神気を用いている。そして慣れない人間の姿から解放され、ブルの本領が発揮される。


 ブルが何を司る神なのか。敢えて言うなら、酪農や農産加工を含めた農業全般の神であろう。そんな神が戦えるのか? ブルは幼いながらも、地獄を乗り越えて来た。そして冬也の眷属となり、神に至った。

 大きな力を持つ神である事は、間違いない。


 そして、元の姿を取り戻したブルは、大地に手を突き神気を流し込む。その神気は、冬也の神域を経由し、日本全土に行き渡る。


「この国のマナを循環させたんだな。自然からマナを吸収しても枯渇しないんだな。だから安心して使うと良いんだな。命を対価にしなくても、充分足りるはずなんだな。マナの取り込み方がわからなければ、教えてあげるんだな」

「いえ、ブル様。それには及びません」

「姉さん。作戦変更ですね」

「冬也様、申し訳ありません。頂戴したお言葉を旨に、精進致します」

「真面目だなてめぇは。でもわかってりゃいい。レイピア、ソニア、ちゃんと胸を張れ! お前等は罪人なんかじゃねぇ! お前等が罪人って言うなら、アルキエルと戦う為にロイスマリアを放棄しようとした、俺のお袋は大悪党だ! 大切なダチを救えなかった俺も、大悪党だ!」

「その様な事は」

「うるせぇよ、問答してる場合じゃねぇ! さっさとやるべき事をやれ! 頼むぞ、レイピア、ソニア」

 

 最後の言葉は、冬也の照れ隠しだったのかもしれない。どちらにしにても、冬也に促されて姉妹は動き出す。

 ソニアが空、翔一、クラウス、ゼルに念話を繋げると、レイピアが説明を行った。エルフの中でも、レイピアの一族だけに伝わる秘術の説明を。

  

 レイピアの一族に伝わる秘術は、神々がよく使う亜空間を作り出すのとは異なる。

 地上に、決められた範囲の異次元を作り出す。これにより、その範囲は地上と切り離される。地上に存在する別次元。この異物は元の次元に有っても、隔離された空間となる。


 何故この様な空間を作り出すのか。それは本来、エルフだけが使用する大規模魔法の影響を、一定の範囲に限定する為に使用される。

 衝撃を周囲に広がらない様に集中させれば、それだけ魔法の効果は上昇する。その為の空間魔法であった。


 ただし空間の魔法には、大量のマナが必要になる。神でもかなりの神気を使用して、亜空間を作り出すのだ。神気を持たない亜人がこの秘術を使う際、多くの命を対価にする理由は、用いる力の質と量に有る。

 

 だが用いる力に関しては、ブルが解決してみせた。命を対価にしなくても済む様に。

 そしてこの魔法であれば、邪神ロメリアを地球から物理的に切り離せる。戦争が終わらず、悪意が世界に充満しようとも、吸収する事が出来なくなる。

 同時に、邪神から放たれる濃密な邪気が、広がる事は無くなる。上手く行けば、冬也を神域の維持から解放させ、戦線に加える事が出来る。


 それには、決して邪神ロメリアに気取られてはならない。

 空は懸命に、邪神ロメリアを縛りつける。翔一とゼル、そしてクラウスは三方に分かれて、邪気を切り裂きながら動き回り、邪神ロメリアの注意を引き付ける。


 邪神ロメリアを追い込む、もう一つの有効的な手段。それが今、発動する。

 レイピアが詠唱を行うのとほぼ同時に、ソニアも詠唱を始める。それは、主旋律を引き立てる副旋律の様に、美しく響き合う。

 大気や大地に循環するマナが、姉妹へ流れ込む。そして数分にも渡る長い詠唱が終わり、膨大な力が集まった時、邪神ロメリアを中心に光が溢れる。

 

 そして反撃が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る