第378話 第三次世界大戦 ~高尾へ~
三台の大型バスが走る。向かうのは旧高尾の地。ただ、赤坂と北千住事務所の職員達は、表情があまり芳しく無い。
事務所を襲撃された上に、拉致をされて拘束されていたのだ。救出されたはいいものの、警察に保護を求めた所、理由の説明も無く留置所に入れられた。そして、暫くしてから大型のバスに乗せられ運ばれている。
これが、不安にならずに居られようか。
赤坂と北千住事務所の職員達を連れだしたのは、佐藤の仲間達である。
連れ出された理由と経緯は教えられた。ただその理由が世界の命運を握るものであったり、バスのラジオから不穏なニュースが流れ来れば、更に不安を掻き立てるだろう。
赤坂と北千住事務所の職員達は、遼太郎や安西の様に戦闘に秀でた者達ではない。彼らはあくまでも、陰陽術のエキスパート達であり、祭祀を行うのを得意としている。故に戦争となっても、武器を持って戦える存在ではない。
ラジオから流れるニュースを聞く限り、向かっているのはその中心地と成り得る場所であろう。
古くから天狗の形を模した飯縄権現を祀り、霊山として知られる高尾山。その山が跡形も無く破壊され、祀られていた神は、荒魂となり大地に災いを齎している。向かっているのは、陰陽士である彼らでさえ、積極的に関わる事を嫌った地なのだ。
彼らが抱える最大の不安は、そこに有ろう。何とも説明のし難い漠然とした不安、そして震えを押し殺し、彼らはバスに揺られていた。
一方、ペスカ達を中心とした府中事務所の面々を乗せたバスは、和やかな雰囲気に包まれていた。その雰囲気作りに一役買っていたのは、無邪気にはしゃぐブルであろう。
バスという珍しい乗り物の中で走り回る幼児は、一同の荒みかけた心を癒したのだ。また不慣れながらも幼児をあやす、赤髪の美女二人の姿は、一同の目に微笑ましく映る。
「ブル様。余り走ると、他の方々のご迷惑になります」
「ブル様。そろそろお座りになられては、如何ですか?」
「わかったんだな。それより、レイピアとソニア。外を見ると良いんだな。面白い建物がいっぱいなんだな」
「確かに、ロイスマリアでは見た事が無い建築物ですね」
「私も姉さんと一緒に、師匠の共をしましたが、こんな建物は見た事がないです」
彼女等の以前を知るからだろう。ペスカと冬也は、優しい眼差しで彼女等を見ている。一部の者達は、彼女等の話す言葉がわからない。しかし、さながら幼稚園といった光景に、頬を緩めているのは確かであった。
ただ、そんなほのぼのとした雰囲気は、長く続かない。目的に近づくにつれ、荒廃した風景が目に飛び込んでくる。
日本に長く居る者は、再開発が中止になった経緯を知っている。しかし、異界から来た者達は、事情を知らない。厳密には、ペスカと冬也は八王子付近が荒廃した理由を知っているが、その後の状況は知らされていない。
荒廃した原因すら知らないレイピア達からすれば、これまで見た光景とは様変わりした様相に驚いた事だろう。
しかし異界の神である三柱は、荒廃したままである理由を敏感に感じ取っていた。
「なんだか可哀想なんだな」
「お前も感じたかブル」
「わかるんだな。怒ってるし、悔しいって泣いてるんだな」
「確かメイロードの奴が、ここいら一帯を吹き飛ばしたんだよな」
「そうだよお兄ちゃん。私達は、フィアーナ様に助けられたから、何も覚えてないんだけどね」
「冬也様。メイロードと仰いましたか?」
「あぁ。レイピアは知ってんのか?」
「名前だけですが。あの神が関わったのなら、この惨状も理解出来ます」
「お兄ちゃん。ちゃんと鎮めてあげないとね。一応、私達が関わったんだし」
「そうだな」
ペスカと冬也、そしてブルにレイピアが、深刻そうな表情で話しをしている。
空と翔一は、彼らの言葉を理解出来ても、関われる内容ではないので、敢えて口を挟まない。しかし他の者は違った。特に仲間想いで正義感に溢れる安西や佐藤は。
「冬也君。悪いが彼女等の言葉が、俺達にはわからないんだ。君らは何を話し合ってるんだ? 重要な事の様に感じるんだが」
「付け加える様で申し訳ないが、彼女等と我々がコミュニケーションを取れるようになるかな? 見る限り、工藤君は彼女等の言葉を理解している様だが」
「あぁ悪い、安西さん。ここいら一帯の。いや、何ていやぁ良いんだ? それと気がつかなくて、わりぃ佐藤さん。でも翻訳はどうすりゃ良いんだ?」
「私から説明するよ。後、翻訳もね」
説明を放棄した冬也に変わり、ペスカが事の次第を説明する。
以前、邪神ロメリアについては説明をした。しかし、嫉妬の神メイロードについては、説明を省いた。何故なら、特霊局は結界を張る為に関わっていたからだ。
おおよその事情は、遼太郎から聞いているだろうと、ペスカは判断した。
だが改めて説明をすると、彼らは概要しか知らなかった。それは遼太郎自身が高尾の件を、優先事項だと判断しなったからであろう。
実際に特霊局の面々は、能力者の対応に追われていた。高尾で起きている霊的災害に対処する事は、不可能に近い話しである。
「なるほど。ここら辺で起きた事故の原因は、全て神の怒りであったと」
「まぁ、納得だな。余り信じられる話しではないけど」
「佐藤さんはともかく、安西さんはこの手の話しを信じなきゃ、駄目じゃない? 仮にも特霊局なんだし」
「ダイジョーブよ、ペスカ。トールの代わりに私がいるからね」
「そっか。エリーさんは霊能力者でもあったね」
「イエス! それよりペスカ。逃げたのはイイけど、安全ジャナイ。どうするんデス?」
「祭祀を行うんだよ。それで、怒ってる神様に鎮まって貰うの。それに別の支部は、陰陽士の人達なんでしょ? 結界を張る位は手伝って貰うよ。まぁ安心してよ。今回は神様が四柱もいるんだしね」
胸を張って、ペスカは皆を安心させようとする。胸を叩くとドンという音がするのは、女性らしいふくよかさが無いからか。返ってそれがペスカらしくも有るのだろう。
親友である空を中心に、軽い笑いが起きる。
誰もが不安なのだ。
空、翔一、エリー、雄二、安西、林、美咲、佐藤、それぞれがそれなりの修羅場を潜って来た。しかし佐藤宛に伝わった、三島の裏切りとも言える行動。それは、少なからず彼らを動揺させた。
遼太郎からの連絡を受けた時、佐藤は窓ガラスを激しく叩いた。
佐藤の話しを聞いた時、林はショックを受けて食べかけのクリームパンを、ポロリと落とした。
安西と雄二は、咄嗟に言葉が出なかったものの、怒りはゆっくりと沸き上がった。それでも何かを叩く等で、怒りを表に現さなかったのは、大人らしい対応だろう。
対してショックをわかりやすく、体で表現したエリーは、アメリカ人らしいと言えよう。
三島との繋がりが薄い美咲とて、思うところは有るはずだ。これまで暴力団に囚われ、奴隷の様な扱いを受けて来たのだ。新しく所属した組織のトップが、悪の親玉だったと聞かされ、どうすれば気持ちの整理が出来る。
そんな彼らを、落ち着かせ様とする翔一と空は、らしい行動だと思える。
日本語が通じない異界の者達は、返って幸運だったのかもしれない。
他者を信じる事を遼太郎に教えられたレイピアとソニアは、見知らぬ三島に対し怒りを覚えただろう。トールに人を守る術と心構えを教えられたゼルも、姉妹同様に怒っただろう。
反フィアーナ派の陰謀に巻き込まれ、過酷な戦いを強いられたブルは、遼太郎の境遇を思って悲しんだだろう。
納得がいかない者は、多いはずだ。
自分達の信じていたものは何だったのか。何の為に戦ってきたのか。疑心暗鬼になる者もいるだろう。
悩んだところで、時間が止まる訳ではない。戦争が回避される訳でも無く、自分達の命が狙われなくなる訳でも無い。
今は、自分達の命の為に前に進むしかない。ブルによって齎された和やかな雰囲気は、荒廃した風景と共に、現実へ引き戻される様に消えていく。
そして否応なしに、バスは目的地に到着する。
そこには、倒れる三島の姿。それを中心に、遼太郎とアルキエル。そして、解放された他事務所の面々と、佐藤の仲間達が集まっていた。
ゆっくりと府中事務所の面々が、バスを降りる。そして、ペスカを始めとした異界の者が後に続く。見渡せば、多くの局員達が神妙な面持ちを浮かべている。
バスを降りたペスカは開口一番、大声を張り上げた。
「さて、みんな! 色々と思うところは有るだろうけど、今は体を動かしてね! これから祭祀を行うよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます