第379話 第三次世界大戦 ~祭祀~

「てめぇペスカぁ、いきなり何ほざきやがる!」

「うっさいアルキエル。喚かないの!」

「そうなんだな、アル。うるさくしてると、出番を減らすんだな」

「あぁ? なんだてめぇ、ブルじゃねぇか。どうりで慣れた感覚がしてやがったのか」

「アルは、成長してないんだな。おでは、ちゃんと神様になったんだな」

「けっ! ガキのてめぇと一緒にすんじゃねぇよ!」

「お前ら、うるせぇ! 話しが進まねぇ、静かにしろ!」

「冬也ぁてめぇ、覚悟しとけよ。こちとらなぁ、不完全燃焼なんだぁ」

「その内、嫌でも暴れる機会がある。ちゃんと待ってろ」

「その言葉を忘れんなよ、冬也ぁ。てめぇもだブル! 糞猫やモーリスの野郎より、よっぽどつえぇくせに、俺から逃げやがって」

「アルは、本気でぶつから痛いんだな」

「本気で殴らねぇと、戦いにならねぇだろうがぁ」

「眷属同士で戦っても、勝負にならないんだな」

「だから面白れぇじゃねぇか。永遠に戦えんだぞ!」

「だから、うるせぇんだよアルキエル! 少しは黙ってろ!」


 喧しく騒ぎ立てる冬也とその眷属達を余所に、ペスカは着々と準備を進めていた。

 クラウスを除いた異界の者達とのコミュニケーションが図れないと、今後の活動に支障をきたす。

 先ずは、互いの言葉が理解出来る様に、ペスカは呪文を唱える。そして、簡単な紹介を済ませると、遼太郎と陰陽士達に指示を出した。


 ペスカが彼らに望んだのは、結界を張る事である。無論、陰陽士達を含む佐藤達、一般人を巻き込まない為に。


 荒魂となった神は、どの様な形で顕現するかわからない。怒りにまかせ、目についたもの全てを破壊しようとする可能性がある。

 その場合、荒魂を強引な方法で鎮めなければならない。そうなると、神気に当てられ気絶する者が続出するはず。

 結界はその為の安全策である。そして、彼らの安全が保障されれば、後は簡単だ。


 神が冷静に判断を下せる状態であれば、こちらの呼びかけに応えない場合も有り得る。言わば、居留守を使う様なものだ。しかし、相手は冷静さを失った荒魂である。多少つつけば、顔を出すはずだ。

 それに当時、神気が芽生え始めたペスカならいざ知らず、神剣を使って戦っていた冬也の神気には、覚えが有るだろう。

 神聖な霊山に入り込み、我が物顔で戦いを行った。それが逆恨みだとしても、怒りを買うには充分な理由であろう。


「さぁ準備が出来たら、みんなは結界の中に入ってね。この結界は、パパリンが要なんだからね、しっかりと張るんだよ」

「言われなくてもわかってる。お前等、早く俺の後ろに来い。もたもたしてる暇はねぇ、後の予定がつかえてんだからな」 


 遼太郎の言葉は、皆も理解している。

 戦争は始まっているのだ、今この瞬間にも人が傷ついている。やがて死者も出るだろう。それも、数えきれない程に。

 そうなってからでは遅い。少しでも戦争を止められる可能性が有るなら、どんな手段でも使わなくてはならない。それも迅速に。


 己の正義を旨に、警察という組織に反旗を翻した佐藤とその仲間達は、ともかくとして。局員の中には、自分の身を守るだけで精一杯の者も、少なからず存在する。それでも、降りかかる火の粉は払わなくてはならない。

 そして今は拠点の整備、ただそれだけなのだ。何も進んでいないし、解決の為に行動を起こしていない。

 だからこそ、皆が大人しく従う。そして、特霊局の面々にとって今の遼太郎は、心の支えになっていた。理由は言わずもがなであろう。

 

 結界の準備が整うと、念の為に四柱の神は、遼太郎達から距離を取る。

 そして冬也は、大地に神気を注ぎ込む。荒廃したタールカールの大地を蘇らせる時の様に。それに合わせて、ブルが大地に癒しを与える。これが荒魂を鎮める為の呼び水となる。

 最後に、ペスカが神気を高める。

 

「この地を治める神よ、我の呼びかけに応えよ。我が名はペスカ。この地を汚した、邪悪を滅した者なり。我の呼びかけに応えるならば、この地を癒す力となろう。注ぎし神気を証とし、ここに約そう。この地を治める神よ、怒りを鎮め我が呼びかけに応えよ」


 ペスカは心を籠めて、言葉を紡ぐ。それに合わせる様に、冬也とブルが大地に神気を注ぎ込む。

 制限された力は、直ぐに限界を迎える。それでも荒魂は、呼びかけに応えない。暫くの時が過ぎ、苛立ちを感じた冬也の神気が乱れ始めた時、それは現れた。


 現れたのは、当時の薬王院に祀られた銅像、剣を持った烏天狗を模した姿の神であった。周囲には管狐と呼ばれる小さな狐が、何体も飛び回っている。力の根源でも有る管狐が、我を忘れた様に飛び回る様子を見れば、荒魂となった神が鎮まりきっていないのがわかる。

 それでも、言葉を話すだけの知性は取り戻したのか、ゆっくりと口を開く。

 

「覚えておる、そなたの気配。それと、そこにおる強き者。そなた達は、あの邪悪を滅したのだな。そなた等には、感謝せねばならん。特に注いでくれた力は、とても心地良かった。そなた等に免じて、我はこの地の守護に戻ろう」


 その言葉と共に、猛烈な勢いで飛び回っていた管狐の数体は、飯縄権現の懐に収まる。残る管狐は飯縄権現に寄り添う様に、ゆるかに浮かび始めた。

 

「ところで飯縄大権現様、お聞きしたい事がございます」

「申して見よ、異界の地母神よ」

「あなたは戦勝の神。そして悪鬼を祓い、汚れを焼く不動明王でもあります。そんな御方が、なぜ邪悪の占拠をお許しになられたのでしょう?」

「それを問うか。いや、仕方がなかろうな」

「あの邪悪を異界から取り逃がしたのは、我らの失態なればこそ」

「構わぬ。当時のそなた等は、まだ入り口に足を踏み入れたばかりの雛であった。責めるべきではない。寧ろ我の油断が、この事態を引き起こした。あの時、我が力添え出来ていたら、楽に事が運んだであろう。許してくれ」


 飯縄権現は、ペスカに深々と頭を下げた。そして、事の次第を語り始める。

 かつては、戦勝の神として祀られ、武将と共に戦場を駆けた。しかし、時代と共に人々の願いも変わる。平穏が訪れれば、悪鬼を祓う不動尊として祀られ、供養が行われる。

 特にここ最近では、国内で諍いが起きていない。平和の中で願われるのは、己が身を案ずる事のみ。それは実に退屈であった。


 そんな退屈の日々を過ごす事で、いつまにか疎漏となっていたのだろう。

 突然現れた異界の神に、不意を突かれた。しかし、飯縄権現とて戦の神である。不意を突かれて、そのまま封じられる事など有り得ない。しかも、悪鬼を祓う不動明王でもあるのだ。汚れた神を浄化するのは、得意とする所である。


 怒りのままに周囲へ穢れを撒き散らす、邪悪な異界の神。だが、つい先ほどまで何かと小競り合いをしてきた様子が伺える。澱みの濃さと裏腹に、本来持ち合わせているはずの、神としての力が弱まっているのだ。

 飯縄権現は、霊山に押し入った邪悪な神を、直ぐに払おうとした。しかし邪悪な神は、数え切れぬ程の分御霊を作り出すと、無造作に投げ払った。


 分御霊は、人々から悪意を吸収して、邪悪な神の下へと戻る。戻らない一部の分御霊は、人の魂に巣くう。そして分御霊を媒介にして、邪悪な神は力を取り戻す。


 古い神であるが故に敏く、また狡猾である。怒れる邪悪な神は、飯縄権現をしても、難敵であった。力を削ぐ事で精一杯。寧ろ戦いの末に敗れ、封じられたのは、飯縄権現であった。

 

「そうでしたか。これで合点がいきました。おかしいとは思っていたんです。彼の邪悪がこの地に来たのは、我々との戦いで受けた傷を癒す為。悪意を取り込めば、あの邪悪は力が増すはず。それが、私達と対峙した時には、禍々しさは増しても、然程の強さを感じませんでした。形が保てない状態だったのが、その証拠でしょう。邪悪がちぐはぐな状態であったのは、飯縄大権現様の御力だったのですね」

「封じられたとて、多少の邪魔は出来よう。それと謙遜する訳ではないが、あれは我の失態だ。その様な言い方をされては困る。分御霊の一部は人の魂と結合し、あの者が回復する一助となっていた。我はそれを止めらなかった。それに、そなた等の戦いに加われなかった所か、あまつさえ更なる邪悪の侵入を許した。儂は、見す見す社殿を破壊され、霊山まで砕かれ、居場所を無くした、愚かな神だ」

「いいえ、私達が助けられたのは事実です。所で、お暴れになられていたのは、何か理由が?」

「あぁ、作業をする者達には悪い事をした。しかし我は伝えたかった。未だ邪悪は滅せずと。だが我は居場所を無くした神。伝える術も無く、管狐達の制御もままならぬ次第であった。強き者から貰った神気は、我に取って救いであった。重ね重ね申そう。誠にかたじけない」


 飯縄権現は、再びペスカに頭を下げた。それも深々と。

 礼を尽くしてくれた事に対して、真摯に対応する姿は、格の高さを感じさせる。長らく信仰されていたのは、それが所以かもしれない。

 

 しかし、ペスカはここで会話を終わらせる訳にはいかなかった。荒魂を鎮める事は、当初の目的である。元の神に戻ったのなら、交渉したい事があるのだ。


「飯縄大権現様、不躾ではありますが」

「皆まで言わんでも、わかっておる。そなた等の制限を解く事であろう?」

「ご明察の通りです。もしや今の状況もおわかりで?」

「勿論だ。我は力を貰って顕現に至る身、本来であれば強き者の眷属となり、手足となって働くのが筋であろう」

「そこまでは望みません」

「そう言って貰えると助かる。我はこの地の守護をせねばならん。よって、我の力が及ぶ範囲に限り、そなた等が力を解放する事を認めよう。天照様には、我から説明をしておく。安心するがよい」

「飯縄大権現様、感謝に耐えません。この御恩は、社殿を立て直す事で、返させて頂きます。それまでの間、この地を癒す事を、改めてお約束致します」

「うむ、助かる。これはほんの礼だ」


 そう言うと、飯縄権現の懐から管狐が飛び出す。

 そして、遼太郎を始め仲間達の頭上を、クルクルと回りだす。やがて管狐からは、光が放たれる。それは光のシャワーの様に、皆の頭に降り注いだ。

 本来なら直接授かる事は無い、飯縄権現の加護。それを礼として一同は受け取ったのだ。これ以上に心強い事はあるまい。


 取り敢えずのやるべき事を終えた。そんな満足感を浮かべるペスカを、飯縄権現は見やる。そして軽く会釈をすると、飯縄権現は消えていった。


 遼太郎や、空、翔一を除く仲間達は、神と直接接する機会は無い。それが例え陰陽士であっても。ほとんどの者は、終始唖然としていた。

 また交渉役になったのが、冬也ではなくペスカであった事も、成功の大きな要因であろう。アルキエルが珍しく静かにしていた事も含めて。


「東郷さん。これから交渉事は、全て娘さんに任せては如何です?」

「佐藤。俺も同感だ」


 喧嘩腰でミストルティンと交渉を行い、決裂に終わった遼太郎に、返す言葉はないだろう。

 一方では、終始無言でいたアルキエルに、冬也が話しかけていた。

 

「珍しいな。お前なら、戦わせろって言いそうだけどな」

「うるせぇよ冬也ぁ。俺にだって、奴の気持ちはわかる。それに、あんなしょぼくれた野郎と戦っても面白くねぇ。奴が万全の状態だったら、話しは違ったかもしれねぇがなぁ」

「要するに、早く元気になって欲しいって事なんだな。アルは、ツンデレってやつなんだな」

「あぁ? ブルよぉ、よくわからねぇが、そりゃあ俺を馬鹿にしてのか?」

「まったく、アルキエルは喚かないと終われないの? これからツンキエルって呼ぶよ!」

「何だと、ペスカぁ!」

「あんたの鬱憤は、ちゃんと晴らさせてあげるから、安心しなさい。これから直ぐに連絡をするよ」

「ペスカ。誰に連絡すんだよ」

「フフン、お兄ちゃん。黒幕さん達にだよ。今頃困ってるだろうからね。仲間に入れて、丸く収めよう大作戦だよ!」


 冬也とアルキエルの会話に、ブルとペスカが加わる。最後はペスカが得意げに、大きく人差し指を天に突き上げ、会話は終了した。


 当初、能力者騒動の黒幕とされていた、深山率いる組織はなりを潜めている。それだけ深山の状態が悪いのだろう。深山の治療が出来ると言えば、交渉の余地が有るかも知れない。

 そして深山を確保し、能力をこちら側でコントロール出来れば、戦争回避がぐっと近づく。


 ただし慎重な深山の事だ、通常の手段では連絡が取れないだろう。スマートフォンやメール等、全ての連絡手段を警戒しているはずだ。

 しかし、通常の手段で連絡を取る必要は無いのだ。向こうには、常に監視をしている能力者がいる。その能力者にわかる様に示せばいい。

 

 ペスカは美咲に、紙とマジックを作らせる。そして大きな文字で、連絡先とメッセージを書くと、都心の方面に向けて掲げた。


 ☆ ☆ ☆


 深山さんを治療してあげる。その気があるなら、連絡頂戴。東郷ペスカ。

 〇〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇 

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