第377話 第三次世界大戦 ~思惑~

 丸テーブルを中心に五つの席。それが、ミストルティンの会議場である。そして、今は一つが空席となっている。

 自らの手足となる下部組織を使い、歴史を操ってきたのだ。彼らが表舞台に出る事はない。そしてこの会議場で決定された事が道しるべとなり、世界は動かされる。


 しかし、ここ半世紀以上に渡り、重要な議題が有る時以外は、一つの席が空席になっている。それは、三島が東郷遼太郎という存在に興味を持ち、日本を拠点に生活して来たからに他ならない。

 ミストルティンの構成員全員が、拠点で生活をしている訳ではない。三島の様に、民間人を装って潜伏している者も存在はしている。

 そして彼らは定期的に集まって情報交換と、意思決定を行う。それは彼らが、役割を分担しているからであり、それ故に扱う下部組織も異なるからである。

 特に近年の情報化社会において、世界は目まぐるしい変化を起こしている。常に情報を持ち寄り共有しなければ、正確な意志決定は行えない。

 そして今、三島不在の状況で、会議が行われていた。

 

「他に議題の有る方はいらっしゃいますか?」

「あぁ、そう言えば。私の扱っている下部組織の一つが、CIAの手によって押さえられた」

「流石はCIAと褒めるべきですね? どの道、この戦争で朽ちる運命の奴らです。放っておいても、問題ないでしょう」

「私も同感だ。愚かにも交渉してきたから、突っぱねた」

「交渉と言えば、俺の方にもあったぞ」

「どこの国です? アメリカの次はロシアとか?」

「いいや。国ではなく個人だ。東郷という男」

「はっはぁ、それは三島の子飼いじゃないか」

「奴は三島の命で、俺に取引を持ちかけた」

「へぇ、面白いね。それで君はどうしたんだい?」

「言うまでもない。三島の新しい体を準備したのは、お前だろう? 交渉にすらならんよ」

「それもそうか。それにしても、彼にしては珍しいね。あれ程、人間に肩入れするとは」

「あの子飼いの事か? まぁ三島が興味を示すのも、多少はわかる気がするな」

「何か深い意味でもお有りですか?」

「いいや、そういう訳では無いのだが。あの東郷という男は、人間にしては強すぎる。あの三島が倒されたんだ」

「彼の体は五十を過ぎているでしょう? 年齢的には仕方がないかもしれません」

「いやいや。五十を過ぎたって、僕らがただの人間に負けるかい?」

「確かに、言われてみればそうですね」

「奴が以前言っていた事を覚えているか? 戦後の荒廃した世界には、英雄が必要だと。私は今、その言葉を思い出しているよ」

「英雄、ですか。あの時の彼の提案は、私も面白いと感じました。英雄と呼ばれる存在は、実に扱い易い」

「ナポレオン然りって所かい?」

「ええ。ですが、英雄に成り切れない者もいました」

「諸葛亮や織田って所だな?」

「そうです。彼らは人間である事を捨てきれなかった。それ故、あれだけの才を持ちながら、選択を誤った」

「奴は、どっちなんだろうな。俺には後者である様に感じるが」

「それについては、暫く様子見でしょうね。三島の安否も含めて」


 ☆ ☆ ☆


 とある街に閑散とした商店街がある。商店街から駅に向かう途中には、大型のショッピングモールが出来上がっている。所謂、典型的なシャッター商店街の端に、一棟のビルが建っている。ビルの裏には、専用の駐車場が有り、レクサスGSが一台と黒塗りのワゴンが一台停まっている。


 ビルと言っても三階建ての小さなビルで、商店街の景観を損なうものではない。ただ建築当時、まだ商店街に人が溢れていた頃の話しではあるが。


 商店街が閑散とし始めてから、ビルにはテナントが入っていない。しかし最近、ビルの所有者が変わったらしいと言う噂が、商店街で囁かれていた。

 噂の出所ははっきりとしない。数か月前、内装業者が出入りしていたので、所有者が変わったのではないかと噂になっただけであろう。ましてや新しい所有者が、ビルに出入りする様子を見たものはいない。


 しかしここ数日から、そのビルにはオーナーらしき人物と他二名が出入りしている所を、商店街の住人が目撃していた。

 また商店街の住人は、昨日からビル内で、喚き散らす様な声と、何かを破壊する様な甲高い音がしているのを聞いていた。


「葛西、深山さんの様子はどうだ?」

「ようやく眠ってくれたよ」

「もう見てられない。深山さんは、どうなってしまったんだ」

「能力の影響だよ、山岡」

「葛西、お前の能力で何とか出来ないのか?」

「もうやっているよ」

「それなら、何で?」

「わからないか? 数千、数億の感情が、深山さんの中に流れ込んで来るんだよ。俺が多少緩和した所で、キリがない」

「当初の想定では、こんな事にはならなかったはずだろ?」

「問題は、ミストルティンの連中だよ。奴らが、世界中を戦争に駆り立てた事で、民衆の怒りが高まってる。奴らは深山さんの能力を逆手に取ったんだ」

「どこまでも、汚い連中だ!」

「わかってた事だろ。それがミストルティンだ」


 ビルの一室は、まるで激しい戦闘が有った後の様になっていた。

 壁には激しく打ちつけられた跡が付き、直ぐ下には歪んだパイプ椅子が転がっている。事務用のデスクは横倒しになり、電話機等のオフィス用品が叩き壊され散らばっている。ソファはなぎ倒され、窓ガラスには何かがぶつかったのか、蜘蛛の巣の様な罅が入っている。

 もしかすると破壊されてないのは、別室に有るイゴールが残したパソコンだけかもしれない。それ程に、ありとあらゆる物が壊され、その片付けを山中が行っていた。


 TV出演の際に能力を使用し、新たな拠点としていたこのビルに戻った後、暫くしてから深山は苦しみだした。


 深山は多くの人間を洗脳した事で、洗脳した者達とリンクした。その結果、様々な感情が一気に深山の中に入り込んで来る。

 ただし慎重な深山が、この状況を想定していない筈が無い。葛西の能力モデフィケーションを使って、この事象を改変する。今回の場合では、流れ込む感情の除去を行う予定であった。


 流れ込む感情を除去し、深山にかかる負荷を抑える。そして深山が冷静である状態を保ち、多くの人間をコントロールする。

 当初は想定通りに上手く行っていた。しかし状況が変わったのは、各国の首脳が戦争の意志を表明した後である。

 深山の中には、怒りや憎しみの感情が押し寄せ、葛西の能力を持ってしても抑えきれない状態に陥った。そして、遂に深山は発狂し暴れ出した。


 ビル内の惨憺たる有様は、深山が数時間に渡り暴れた結果である。我を忘れた様に暴れ、体力が切れると同時に意識を失う様に倒れた。ただしそれは、深山の中に流れて来る悪感情を消し続けた、葛西の成果でもある。

 疲れ切って眠りについた深山を、葛西は別の階にある寝室に運んだ。しかし眠りについて尚、深山はうなされる様に喚いている。

 葛西は、深山を深い睡眠状態にして落ち着かせると、片付けをする山中とは別室に赴く。


 刻々と世界の情勢が変わっていく。当然ながらその中心人物である深山、米国大統領、ロシア大統領は、的確に状況を判断し、行動しなければならない。

 特に一番恐れていた事態を、ミストルティンは引き起こしたのだ。どうやって他国を落ち着かせ、大戦を沈静化させるか。直ぐにでも、密な会議を開きたいところだろう。

 しかし、深山は事情により出席が出来ない。その代わりに参加したのが、葛西であった。


「深山の状態はどうだね?」

「思わしくありません。ようやく寝かしつけた所です」

「君の表情を見る限り、深山の事は君達にとっても予定外なんだろうね」

「仰る通りです、閣下」

「こちらの状況も思わしくない。下部組織の一つ、資本家達の集まりだ。その構成員を全て確保した。だがミストルティンは、奴らを簡単に切り捨てた」

「エドワード、どういう事だ?」

「どうもこうも無い。捕えた奴らを材料に、交渉したんだ。戦争を回避させろと。だが奴らは言った、絞首刑でも銃殺刑でも好きなようにしとね」

「つまり、交渉にすらならなかったのか。では当初の手段である、三島の利用も」

「両閣下。残念ながらそれは、東郷の手で行われました」

「何? それで結果は?」

「同じです。交渉にはなりません」

「葛西。ここはどうだね。東郷達と手を組んでは? 三島の身柄が東郷の下に有るなら、手を組むのも効果的だと思うぞ」

「エドワード、君の言う通りかもしれない。先ずは我々と日本が同盟を締結する。その後、アジア内の親日国を味方につける。中国はともかく、それ以外の東アジアは、我が国でも抑制が効く」

「アジアは、それで良いかもしれんが、ヨーロッパはどうするつもりだ?」

「EUは崩壊している、加盟国は戦争をしたがるだろう。だがドイツは日本寄りだ。我らが同盟を締結すれば、仲間に引き込める。それに合わせて、イギリス、イタリアを取り込めれば、当然カナダも加わるだろう。そこで、先進国首脳会議を行い、戦争回避の意向を示す。これでどうだ?」

「表向きは、だな」

「そうだ。真の目的は、ミストルティンの排除」

「もしかしたら、フランスはごねるかもしれないな。だが、その方法で進めるしか無かろう」

「情けない所ですが、我々は両閣下のご英断に頼る他は有りません」

「気にするな、葛西。深山の洗脳が効いている限り、民衆はミストルティンの決断に従わない。それが一番のアドバンテージだ。君達は、よくやっている」

「エドワードの言う通りだ。我が親友とその仲間達は、これまでよく頑張った。ここからは、我々の仕事だ。必ず君達の出番が来る。それまで休んでいてくれたまえ」


 葛西にとって、これ以上も無い頼もしい言葉であった。

 実の所、深山の陣営には実行部隊が無い。当初の構想では、日本に存在する闇組織を束ね、鵜飼や三堂が実行部隊のトップとなるはずだった。

 だが新宿での抗争で、暴力団を始め海外マフィアは全滅させられた。そして、三堂と鵜飼は警察に捕らえられている。

 ネットワークを自在に操るイゴールは、病院で治療を受けている。残ったメンバーである山中は、監視を主な任務としている。そして葛西は、能力者のサポートが本来の役割なのだ。

 

 組織の長である深山がこのまま使い物にならなければ、葛西と山中で判断し決定を行わなければならない。深山有っての組織なのだ、機能するはずが無い。

 いち早く、深山を正常に戻す事。その為には、世界中で起こっている混乱を鎮めるのが、先決であろう。

 確かに、特霊局と争っている場合では無い。


 間違いなく、ここでの話し合いは、世界平和の為に行われた。しかし、事態は彼らの思惑を超えて悪化していく。

 各国で激化するデモ活動。そして一発の銃弾が、市街を戦地に変える。


 そう、三度目の世界大戦は、内紛から拡大していった。そして広がる悪意は、誰にも止める事が出来ず、有史以来最大の犠牲者を出す事になる。

 やがて悪意は渦となり、平和の為にと動いていた二つの大国でさえも、呑み込んでいく。


 そして、極東の小さな島国も、戦場となる。そこで待ち受けるのは、四柱の神とその仲間達。

 彼らは、その最悪の事態に備えて、動き出していた。

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