第375話 第三次世界大戦 ~東郷遼太郎~

 遼太郎は、父の存在を知らない。母の温もりを知らない。

 何故なら、神格を宿す魂魄を受胎する事。それは、人間が耐え得るものではないからだ。


 普通に生まれて来る事は、皆無である。大体の場合が、子宮に宿る神気に耐えきれず、母体は死を迎える。そして、自らの力で子宮を破り、赤子は生まれる。例え未熟児であろうとも、必ず成長する。何故なら、神気を宿しているから。

 記憶を持たなくても、本能的に生きる術を知っている。そんな赤子を気味が悪いと思わない父は存在しなかった。

 遼太郎は、何度転生しようとも、両親の愛を受けて生まれては来なかった。


 だが遼太郎の魂魄。いや、ミスラの魂魄は、それを是とした。どれだけ母体を厳選しようとも、こればかりは仕方がない事なのだ。

 重要なのは、己の神格を渡すべき存在を、生ませる事。そして、暴走した戦いの神を止められる程に、成長させる事なのだ。

 ただし、自らが生まれる事自体が、母体に多大な影響を与える。ましてや、己の神格を渡すべき存在を、受胎出来る人間がいるだろうか。それは途方もない事だと言えよう。それ故に、何度も転生を余儀なくされた。

 そして、出産とも呼べない異例の事象は、ミストルティンに目をつけられた。


 腹が大きくなるにつれて、弱っていく母親。既に中絶するには遅く、父親は見守るしかない。まだ出産予定日まで時期が有るにも関わらず、母親は倒れて病院へ搬送される。

 父親が病院に駆けつけた時には、母親は既に意識不明の重体。そして、父親は選択を迫られる。母親の命か、子供の命か。

 父親は、母親の命を選択する、しかし時は既に遅く、母親は息を引き取る。息を引き取った後、母親の子宮から眩い光が放たれる。そして未熟児であろう赤子は、母親の母体から這い上がって来た。


 医師を始め、看護師や父親も、その事態に声も出なかった。

 当然であろう。ホラーやSF映画では有るまいし、そんな奇妙な出来事が目の前で起こるとは思うまい。

 長らく産婦人科で腕を振るっていた担当医師は、ショックで何日か寝込んだ後、医師で有る事を辞めた。看護師の中にも、病院を辞めていった者がいる。

 そして父親は、愛する妻を失った時の衝撃がいつまで目に焼きつき、遂には病を患い入院を余儀なくされた。


 では生まれて来た赤子はどうなったのか。

 中学生位の少年が、引き取っていった。そして、その後の様子を知る者は、病院の中には誰もいない。

 そして、その中学生位の少年こそが、体を乗り換えたばかりの三島である。


 三島はベビーシッターを雇い、自らの屋敷で遼太郎を育てた。

 遼太郎は、手がかからなかった。夜泣きをする訳でも無く、食事が欲しいと泣く訳でも無い。決まった時間に食事を与え、おむつを交換すれば事足りる。

 

 遼太郎の魂に眠るミスラの神気に、三島は気がついていない。しかし、成長するにつれて、運動能力が並外れている事がわかった。

 その時の三島は、遼太郎を兵士として育てるつもりは無かった。ただ、欲は生まれる。


 立って歩ける位になった頃、空手の師範代を呼んで、型を習わせた事が有る。遼太郎は直ぐに型を覚えた。しかし、ここからが格闘の神ミスラの本領発揮である。

 歩けるようになったばかりの幼子が、大人を倒すなんて誰が考えるだろうか。しかも相手は、全日本の空手大会で優勝した経験がある、優秀な空手家だ。


 まだ歩くのがやっと、それは子供と言うより、赤ん坊であろう。そして、よたよたと歩きながらも、的確に急所を突いてダメージを与える姿は、異様でしかない。それでも、赤子の放つ拳など大してダメージも与えられないだろう、普通ならば。

 だが、赤子の拳には神気が宿っている。当った衝撃は、普通の赤ん坊と変わらない。しかし、拳を通して神気が急所を貫けば、相応のダメージになる。

 寧ろ、そんなダメージを一度でも受けて、立っていられるのが普通ではない。流石に元全日本大会の優勝者といった所だろう。

 ただ、決着がつくのは、あっという間だった。


 遼太郎は、幼少期からストイックだった。それは、己が人の命を犠牲にして生まれて来た、呵責があるのだろう。

 それ以上に、魂へ刻まれた宿命が、遼太郎の歩みを止めさせなかった。まるで導かれる様に、様々な体術を体得していく。

 義務教育を卒業する年齢になる頃には、武器を持たずに戦場を駆け回れるほどに成長していた。


 三島は、遼太郎に正体を隠して接していた。あくまでも、優しい兄貴分として。そして何かを隠している事を察しながらも、幼い遼太郎は弟分の役割を果たした。

 歪な関係であろう。だが、それで充分なのだ。どの道、赤の他人である。何処かで線を引き、何らかの役割を演じなければ、共同生活など成り立つまい。


 そして三島は、遼太郎が二十歳を超える頃、あらゆる紛争地帯に送り込んだ。そして数年の後、宮内庁特別怨霊対策局を作り上げて、遼太郎を職員とした。

 既にこの頃、三島と遼太郎の関係は、扶養者と被扶養者ではなく、上司と部下の関係になっていた。


 育った環境が性格を決めるという考え方が有る。遼太郎の場合は、転生を重ねる毎に、経験を魂魄に焼きつけてきた。

 言うなれば、生まれた瞬間から、遼太郎であったのだ。

 

 傍若無人の戦闘狂、仲間以外に価値を示さない。その代わり、仲間の為なら存在そのものを賭ける。当時のミスラであれば、人間には興味を持たなかっただろう。しかしミスラの魂魄は、人間を知り、愛を知った。それが、東郷遼太郎という人物を形作る。


 ミスラが当時のままであれば、己の定めた使命の為に、手段を選ばなかった。受胎した為に命を落とした母親に対して、何の感慨も覚えなかった。それに養父に近い三島に対しても、恩義を感じなかった。

 

 遼太郎が三島の命令に従い、戦場を渡って来たのは、恩を感じていたからに他ならない。三島の正体を知っても尚、部下として働いてきたのも、同じ理由だ。

 しかし、人間の愛を知ったからこそ、過ちを見過ごす訳にはいかない。


 この世界は、東郷遼太郎にとって故郷で有る。この世界こそが、東郷遼太郎の生きる世界である。だから、守らなくてはならない。

 例え、大恩のある三島を相手にしても。


「私をここで倒したとして、この流れは止められないよ」

「これ以上、余計な事をされるよりはましだ」

「せっかくここまで導いてやったというのに、君という男は」

「わりぃな、健兄さん。俺は、人間であると同時に、格闘の神ミスラでもあるからな。あんた等が歪なのは、よくわかるぜ。管理と言えば聞こえはいいさ。でもそれは、好き勝手にしていい理由にはならねぇ。それにあんたは、人間そのものを見ていない。可能性を信じてない」

「信じているさ。だから、淘汰が必要なんだ」

「そりゃ詭弁だ。人間の命、その重さを知ってりゃ、そんな台詞は吐けやしねぇよ」

「これ以上、話しをしても無駄のようだね」

「あぁ。だから、拳で決着をつけようぜ、健兄さん。知ってるよな、俺の拳は重いぜ。あんたが絶対正義なら、ここで俺を殺して先に進めよ」

「仕方がない。本意ではないがね、そうさせて貰おう」


 その言葉を最後に、三島は口を閉ざす。そして、遼太郎を見据えて、構えを取った。

 三島は長い時を生き長らえて来た。管理者として君臨するならば、それなりの強さが必要になる。それこそ、ただの人間とはかけ離れた力が。

 ただ、それが本当の神に通用するとは限らない。


 構えてから、三島の動きは速かった。

 目に留まらぬ速さで、遼太郎との間合いを詰めると、右の拳を振り抜く。しかし、その動きを捉えられない遼太郎ではない。

 簡単に往なすと、掌底を三島の鳩尾に叩きこむ。瞬時に三島は後方に飛び、ダメージを軽減した。そして遼太郎は、三島に痛みを堪えさせる余裕を与えない。

 直ぐに遼太郎は、三島の顔面に向けて蹴りを放つ。咄嗟に両腕でガードするも、三島は後方へ飛ばされる。

 

 戦いは一方的になった。確かに三島の動きは、人間を遥かに超えている。だが、無手での戦いにおいて、遼太郎を超えるのは、冬也とアルキエルの二名しか存在しない。

 

 後方へ飛ばされた三島は、直ぐに態勢を立て直すと、懐に手を入れる。そして、拳銃を取り出すと、遼太郎に向かって引鉄を引いた。

 銃弾が性格に遼太郎へ向かう。しかし銃弾では、遼太郎を足止めする事が出きない。

 三島は残弾を打ち尽くすまで、撃ち続ける。そして遼太郎は銃弾を避けながら、三島との距離を縮める。

 

 間合いを詰めた遼太郎は、スピードに乗った正拳突きを放つ。避けられる者は、遼太郎の知る限り、ほんの僅かである。

 流石に自らを管理者と呼ぶだけは有る。三島は遼太郎の正拳突きを避けると、大きく跳躍しながら後方へ回り込む。そして、懐からもう一つ拳銃を取り出すと、死角から撃ちまくった。


 アルキエルと違い、遼太郎は神格を宿した人間である。銃弾を受ければ、致命傷を負う。当たり所が悪ければ、即死である。そして三島は、拳銃の扱いに慣れ、命中精度はかなり高い。例え激しく動きながらでも、行動を予測して正確に的を射る。


 この瞬間、三島は勝利を意識した。しかしそれはミスラという、本物の神を甘く見過ぎた事に他ならない。

 銃弾は、遼太郎の背後から正確に、心臓と頭部を撃ち抜くはずだった。しかし、銃弾が放たれた時には、遼太郎はそこにいない。

 銃を撃った瞬間に、遼太郎は三島の眼前に迫っていた。


 宙を飛ぶ三島は、身動きが取れない。そして、遼太郎の拳が三島の顔面を捉える。三島の顔が大きくひしゃげ、吹き飛ばされる。

 流石の三島も、これ以上は立つ事が出来なかった。


 三島が気絶した事を確認すると、遼太郎は三島の懐を弄る。

 そして、三島のスマートフォンを取り出すと、アドレス帳を開いて電話をかけた。貴重な連絡先が入っているなら、セキュリティをかけているはず。普通ならそうするだろう。しかし、スマートフォンを奪われない自信があったから、三島は敢えてセキュリティをかけなかった。

 それは最大の誤算だったのかもしれない。


「おい、てめぇはミストルティンの奴だよな。いいか、三島は俺がぶちのめした。こいつの命が惜しければ、今すぐ戦争を回避させろ。これは交渉じゃねぇ、命令だ!」

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