第376話 第三次世界大戦 ~決裂~
遼太郎が三島のスマートフォンを使って連絡をした。当然、遼太郎はミストルティンの構成員を知らない。しかし繋がったのは、間違いなくミストルティンの構成員であった。
「所で君は?」
「俺は東郷遼太郎だ」
「ははっ。三島の子飼いじゃないか」
「そんな事はどうだっていい。命令だって言ったよな。聞こえてねぇのか?」
「三島のスマートフォンからかけて来たという事は、彼は本当にやられたんだな。油断し過ぎだ、だから子飼いなんぞに足元をすくわれる」
「おいコラ! なに余裕ぶっこいてやがんだ!」
「命令? 馬鹿な。我々が君の言う事を聞くとでも、思っているのか? 立場がわかってないようだな」
「それはてめぇらの方だろうが。三島を、警察に引き渡してもいいんだぞ!」
「なら、そうしたまえ。その方が、安全に回収出来る」
「それがてめぇらの余裕か。なら、深山の奴に渡してやるよ。てめぇらの目論見通りなら、あいつは今ごろ自我の崩壊と戦ってるだろうぜ」
「その深山とやらが、我々と交渉する為に、彼を利用しようと考えていたのは知っている」
「だったら、今の深山に渡したらどうなるかも、理解してるんだよな」
「あぁ当然だ、彼は殺されるだろうね。だがそれがどうした。君は彼に何も聞いていないのかい? 我々が今回の件で、何も保険をかけてないと思っているのかい?」
「あぁ? どういう事だ!」
「殺したければ殺せと言っているんだよ。彼の肉体が滅びるだけだ、命が絶たれる訳では無い。いいか君達は所詮、我々の駒だ。思惑通りに踊っていればいい。それ以上の事は考える必要が無い。さぁ、これで充分じゃないかな? 我々は忙しい。羽虫に構っている暇は無いのだよ」
その言葉を最後に、通信は途切れた。その後、遼太郎が何度かけ直しても、通信が繋がる事はなかった。
遼太郎は舌打ちをしながら、三島のスマートフォンを投げ捨てる。
三島同様、ミストルティンの構成員は、普通の人間と価値観が違う。何を語っても、通じないのだろう。
「失敗したかぁ? しかたねぇよミスラぁ。勘違いした連中と、話しをするだけ無駄だ」
「まぁな、わかってはいたけどな。ちっとでも混乱が収まればと思ってよ」
「凝り固まった価値観なんざぁ、簡単に変わりゃしねぇよ」
「お前を見てるとそうは思えねぇよ」
「馬鹿言え。俺が人間や亜人を弟子にしたのは、冬也に言われたからだけじゃねぇよ。奴らと関わる事で、冬也の強さってもんを知りたかったからだ。それ以外にはねぇ」
「でも、愛着は有るんだろ?」
「ったりめぇだ。モーリスや馬鹿猫だけじゃねぇ。スールやブル達も含めて家族なんだ。お前にもわかんだろ? 家族ってのは、大切なんだ」
「そうだな。俺は三島さんと、ちゃんと家族になれなかった。だから、こんな事になっちまったのかもな」
「今からでも遅くはねぇだろ。このガキは死んじゃいねぇんだ。それにあの連中の事は、ペスカに任せとけ。お前より上手くやんだろ」
「そうだな。お前の言う通りだ」
思いつめていた様な遼太郎の表情が、少し柔らかくなる。そして、優し気な瞳で、三島を見つめた。
ミストルティンに関して、思う所は無い。しかし、三島とは長い付き合いになる。如何に表向きの姿だったとしても、特霊局の局長として、辣腕を振るっていたのは確かだ。尊敬もしている。
間違いを犯した三島を、ぶん殴って止めた。それなら、今度は正真正銘の家族になろう。そう、安西や林を含めた仲間を家族と呼ぶのなら、三島はその中に居るべきなのだから。
「それより、ペスカ達はどうしてる?」
「もう直ぐここに来るだろ。にしても佐藤の奴は、なかなか根性が有るじゃねぇか。見直したぜぇ」
「そうだな。また佐藤には助けられたな」
「ミスラぁ。これが終わったら、佐藤を連れてっていいか?」
「駄目に決まってんだろ!」
「なら、美咲を連れてくか」
「それも駄目だ!」
他愛もない話しをしながら、遼太郎とアルキエルは、ペスカ達の到着を待つ。
ペスカ達は既に東郷邸を離れ、旧高尾へと向かっている。これまで移動手段と言えば、専ら遼太郎の自家用車であった。しかし、その車は米軍基地に置き去りにして来た。
それならば、どうやってペスカ達は移動をしているのか。それには、少し時間を遡らなくてはならない。
☆ ☆ ☆
深山のTV出演が行われる少し前。丁度、時間からすれば、港区で銃撃戦が始まった頃だろう。謹慎処分に疑問を感じた佐藤は、本部庁舎に向かった。
能力者対策が解散させられ、佐藤を始め何名かが、謹慎処分の対象となった。理由はテロリストと関わりを持ったから。米国大統領の演説があってから、直ぐに処分は決定された。
しかし佐藤は、この状況に作為的なものを感じていた。その為、直談判を行うつもりでいた。
トカゲのしっぽ切りなら、何処の組織も行う事だ。しかし、特霊局はあくまでも、国が作った組織である。手のひらを返したように、簡単に切り捨てるのだろうか。仮に切り捨てたとしても、政府の責任は待逃れまい。
それにもし、本当にテロリストが存在しても、メンバー内に数名が潜んでいると考えるのが妥当であろう。
ただ、それはあくまでも客観的な視点で見た場合だ。佐藤は、深く特霊局と付き合っている。だからこそ、見えるものが有る。
局長の三島とは数回しか会った事がないし、何か腹に一物を持っている様な感じが苦手である。しかしそれ以外のメンバー、特に遼太郎とその部下達はテロリストで無いと断言出来る。
キャリア組というだけで、ふんずり返っている一部の警察官よりも、よっぽど正義の味方をしていたのだ。
そんな連中が、テロリストであったとしたら、何を信じたらいい。
ただこの時、佐藤は優秀な判断をした。
佐藤は独自のネットワークを持っている。特霊局の支部が襲撃されたと聞いた佐藤は、仲間を通じて拉致されたメンバーを確保する様に指示していた。
遼太郎達は、必ず仲間を救う為に動く。しかし、救出した仲間を東郷邸で匿う事は出来ない。そうなれば、必然的に警察を頼る事になる。
彼らは知らない。恐らく、警察は深山の手中に収まったのだ。そうでなければ、こんなに迅速な処分はしない。
これまでなら、警察は一番安全な場所だったかもしれない。今は違う。敵の手に、仲間を渡す様なものだ。
故に、警察に保護を求めた特霊局のメンバーを確保し、警察の手が届かない場所へと連れて行くのが賢明であろう。
実際に本部庁舎に向かう途中、港区の銃撃戦と拉致された特霊局のメンバーが、警察に保護を求めたと、佐藤の耳に入ってきている。
そして佐藤には、予感があった。銃撃戦は港区だけでは終わらないだろうと。
港区の銃撃戦現場で発見されたのはロシア人。そして、襲撃された特霊局の支部は二つ。保護を求めた支部のメンバーは、二つの支部が混在していない。
ロシア兵が入国したのは、深山の手配で間違いない。そして、一番最初に特霊局をテロリストと認定したのは、米国である。
そうなれば、考えられる事は一つ。ロシア軍と米軍が二つに分かれて襲撃し、拉致をした。今後、銃撃戦が起こるとすれば、米軍基地内であろう。
流石に住宅街での銃撃戦は行わないだろう。だが、市街地にある事務所二つを襲撃し、瞬く間に拉致を慣行した奴らだ。東郷邸も絶対に安全とは言い切れない。
その結果、佐藤が確保の指示をしたのは、計三か所。一つは港区、一つは東京都若しくは神奈川の基地周辺、そして東郷邸。
同じく謹慎処分を受けた同僚に、急いで大型のバスを三台チャーターさせ、確保に向かわせた。確保が完了すれば、そのまま高尾山の跡地へ運ぶ。
再開発が中止となったまま、呪いの噂まで有る場所だ。度胸試しと称した若者が入り込む以外には、誰も立ち入らない。
それは、結果的に功を奏する事になる。
アポイントが無く会える程、警視総監は暇ではない。しかし、本部庁舎を訪れた佐藤は、かなり強引に警視総監を捉まえる。
警察や軍隊等において、直談判など有ってはならない事。場合によっては、それ自体が重い処罰の対象となる。
そして、手に入れたチャンスは、無駄に終わる。
「上からの指示だ、仕方あるまい。君の様な優秀な警察官を手放す訳にはいかない。ここは呑みたまえ」
「何度も申し上げた通り、これは深山の策です。我々がなぜ深山を追って来たのかおわかりでしょう?」
「君はわかっていない。これは高度な政治的判断なのだ。数名の命惜しさに、日本を戦場にする気かね?」
「それじゃあ、彼らは何のために体を張って来たんです?」
「なら言わせて貰うが、カメラで追えないスピードで動く人間が存在するのかね? 彼らが危険でないと言い切れるのかね?」
「言えますよ、傍にいた私が断言します」
「それが恣意的で無いと、言い切れるのかね」
「当たり前です。私は警察官です、その立場で発言をしているつもりです」
「君の言いたい事はわかった。だが、結果は変わらない。彼らはテロリストとして、指名手配となる。そして君達は、重要参考人だ。ただし私の権限で、少しは君達の立場を良くしてやれる」
「私は自分の身を案じている訳では無い! このまま深山の策に乗れば、必ずとんでもない事態が訪れます! そうなってからでは遅いんです!」
「とんでもない事態とは、何だね? アメリカとロシア、その両国と戦争になるより、酷い事などあるのかね? 君は、日本人を殺したいと言うのかね? 下がりたまえ佐藤君、私は忙しい。君がこれ以上言うのなら、懲戒処分にしても構ないのだよ」
「それで結構。どうやらこれ以上話しても無駄のようだ。私は、私の正義を貫きます」
「何を言っている。一人で何が出来る!」
「一人じゃない! 私には仲間がいます。頼れる仲間が、命を賭けても惜しくない仲間が。私は彼らの為に戦います!」
「馬鹿な事を」
「長らくお世話になりました」
警視総監に頭を下げた後、佐藤は本部庁舎を去る。そして、仲間が待つであろう高尾山の跡地へと向かった。
端から交渉の余地が無かったのだろう。しかし、戦地へ向かう佐藤は、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
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