第374話 第三次世界大戦 ~三島健三~

「随分と機嫌がいいじゃねぇか。これが、てめぇの望んでいた展開か?」

「そうだとも。わざわざ深山君を嗾けた甲斐があった。それに君だって望んでいたんだろう? この展開は、君に取っても、有意義だと思うけどね」

「馬鹿かてめぇは」


 助手席のシートを倒し、仰向けになっていた外国人らしき男は、ゆっくりと体を起こす。そして無造作に車のドアを開けると、外に出る。

 高笑いをしていた男は、やや興奮した面持ちで外国人を見つめる。対して外国人らしき男は、酷く冷めた様子で男の前に立った。


 何か言葉を期待しているのだろうか、男はじっと外国人らしき男を見ている。対して、外国人らしき男は、男と視線を合わせない。

 男からは、自信が窺える。全て自分の目論見通りに、事が運んだのだ。当然と言えば当然だろう。

 しかし、外国人らしき男の視線は、蔑む様なものに変わる。そして放たれた言葉は、男が期待したものとは、かけ離れていた。


「戦ってのはな、己の誇りをかけてするもんだ。領土拡大、仲間の仇、きっかけは何でもいい。だがな、そこには誇りが存在するんだ。それがなけりゃあ、ただの虐殺だ。獣と変わりゃあしねぇ」

「何が言いたいんだね」

「わかんねぇのか? そりゃそうか。てめぇみてぇに、管理者を気取ってる奴には、わかりゃしねぇよな」

「だから何が言いたい」

「たかだか人間風情が、神の真似事をするんじゃねぇ! 分をわきまえろや!」


 これまで淡々と語っていた外国人らしき男は、声を荒げて男を睨め付けた。男からも笑みは消え、徐々にヒートアップしていく。

 

「ははっ、たかだか異界の神風情が、私に何を語ろうと言うのかね。いいかい、我々は有史以前から活動を続けて来た。長い時を重ね、世界を動かして来た。原始の人類に知恵を与え、進歩を促して来た。神の真似事? 違うね。我々こそが、神なのだよ! 確かにこの体は、人間のものだ。だが我々は、肉体を乗り換え生き続ける。世界の理から外れた存在なのだ! それこそが、神たる証だ!」


 絶対的な正義が有るとすれば、それは自分である。今迄もこれからも、それは変わらない。男にはそれだけの自信が有った。


 かつて古代の人々は、幾つもの英雄譚を残した。残された物語の登場人物こそが、その男と仲間達を描いた物語で有る。そして、英雄譚は語り継がれ、現在は神話と呼ばれている。

 人々から神と崇められつつも、時代と共に歴史の裏へと彼らは身を隠した。そして陰から人々を操り、世界を動かして来た。

 だから男は、自らを神と呼称する。


 しかし外国人らしき男は、男の言葉を真っ向から否定する。それは、生物という概念を超越した、神で有るから語れる言葉なのだろう。


「だから何だ? それが神の証だぁ? 星の記憶を知らねぇ、神気を持たねぇ野郎が、何をほざきやがる! 馬鹿も大概にしやがれ! それで、世界を意のままに操って、悦に入ってりゃ世話ねぇよ!」

「星の記憶? 神気? それが何の役に立つのかね? そんなものが無くても、世界は管理出来る。我々が何万年生き続けていると思っている?」

「たかが、万単位で偉そうに語るなよ、ガキ。確かに、人間の尺度で考えりゃ、すげぇかもしれねぇがなぁ。スールの奴は、てめぇの何万倍も生きてやがるんだ。所詮てめぇは、肉体を交換しなければ、たかが百年も生きられねぇ矮小な人間なんだよ」

「我々を人間と一緒に語るのか? 異界の神がこれ程に愚かだとは、思わなかったぞ。いや、君が愚かなだけなのかい? 戦いしか能が無い、アルキエル君」

「それで挑発したつもりか? 偉そうに管理って言いやがるけどな。てめぇらは管理しきれなくなったから、人間を殺すんだろ?」

「それは大きな間違いだ、アルキエル君。この世界は、死にかけている。だから、救わなければならないんだ。人間は増え過ぎた。この増えすぎた人間を、維持する事は出来ない。言わばこれは、間引きだよ。これから起きる大戦争を経て生き残った者だけが、新たな世界の住人となる」

「だからてめぇは馬鹿だって言ってんだ。増えすぎて、食い扶持が減ったから、邪魔な奴を殺す。てめぇが言ってるのは、そういう事だろうが。いいか、地上の生物を消滅させる権利を持つのは、人でも神でもねぇ。この星だ!」 

「何を言ってる。君だって、いたずらに戦いを引き起こすのだろう?」

「俺は戦いの神なんだ、あたりめぇだろ。大体てめぇは、ペスカの説明をちゃんと理解してんのか? 何を聞いてやがったんだ」

「はははっ。ペスカ君の説明が有ったから、計画が大幅に早まったんだ。感謝してるよ、当然その邪神とやらにもね。そうだろ? 人間から悪意を集めて、滅んでくれるんだ。勝手にこの世界を、掃除してくれるんだ。こんなに都合が良い話しが、他にあるのかい?」

「話にならねぇよ」


 激しい言い合いの末、アルキエルは深い溜息をついて口を閉ざした。

 目の前の男が、親友である遼太郎と深い関係が有る事を知っていたから、これまで何も語らずに見守って来た。


 遼太郎や冬也達が戦っている間、三島は各方面に連絡を取っていた。連絡をしていたのは、恐らく三島の所属する組織のメンバーであろう。


 体を乗り換えて生き長らえた。三島は簡単に言うが、そんなに容易い事ではない。かつて何百といた同胞は、体の乗り換えに失敗し命を落とした。

 三島の所属する組織ミストルティンの構成員は、もう片手で数える程しか存在しない。管理が行き届かない事象は、アルキエルが指摘した通りなのだ。

 だからこそミストルティンは、手足となる者達を作り上げた。


 ミストルティンの下部組織は代々引き継がれ、その構成員を増やして来た。また下部組織自体の数も増やして来た。

 それは、都市伝説で語られる様な闇の組織、世界の富を牛耳る資産家の集まり、若しくは世界的に有名な宗教団体等、様々な形で存在する。


 ミストルティンの構成員は、下部組織を使って、各国の首脳や要人に洗脳対策を施した。方法は存外簡単である、あらゆる情報端末を一時的に遠ざけさせたのだ。


 三島は、深山が行う洗脳方法を予想していた。そして万が一の事も想定し、林に気がつかれない様に、アプリに細工を施した。

 林の作ったアプリは、ミストルティンが指定する端末から優先的に、ウィルスを排除する様に改造された。更にミストルティンは、各国の首脳や要人に対し、強固な暗示をかけた。

 これにより各国の首脳達は、深山の洗脳を待逃れた。そして、ミストルティンの命令に従い、戦争を行う意思を示した。


 世界中で大半の人間は、深山の洗脳を受けている。戦争の意志表示を行っても、国内の反発は多いだろう。しかしミストルティンとしては、それでも構わなかった。


 深山が優秀である事は知っている。しかし、人間一人が世界中の悪意を一手に引き受けたなら、自壊して然るべきである。

 そうなれば能力は暴走し、洗脳下に有る者達も影響を受けて、暴動を起こすだろう。即ちそれは、ペスカの語った様に、邪神の種が芽吹く事に繋がる。


 混乱を起こし、深山の能力を暴走させ、世界に混沌を呼び起こす。結果的に多くの人類は死ぬ。そして、生き残った僅かな者達で、世界を新たに構築する。

 それがミストルティンの総意である。


 そして三島を始め、ミストルティンの構成員は、全ての準備を整えた。後は予定通りに事が運ぶのを待つだけである。

 

「どちらにしても、既に賽は投げられた。引き返す事は出来ないよ。それで、君はどうするんだい? 戦いを望んでいたんじゃないのかい? せっかくお膳立てをしたんだ、楽しんでくれなければ勿体ない」


 三島は鷹揚とした態度で、話しかける。どれだけ反論されても、その自信は揺らぐ事は無い。対してアルキエルは辟易した様子で、言葉を交わす事さえ面倒だと言わんばかりに溜息をついていた。


 暫く待っても、アルキエルからの反応が無い。再び三島が問いかけようとした時、アルキエルが静かに口を開いた。


「てめぇは、なんでミスラを配下にしてやがった。他の連中もだ。使い捨てる気だったのか?」

「それは違う、彼らは優秀だ。東郷君にリンリン、それに安西君にエリー君。みんな私が見つけた逸材達だ。無論、異世界で冒険をして来た工藤君と新島君もね」

「なら、なんで見捨てた」

「見捨てはしないさ。それに彼らは間違いなく生き残る。わかるかい? 新時代には、英雄が必要なんだ。わかり易い英雄がね。彼らはそれに相応しい!」

「それで、ミスラ達を祭り上げて、てめぇは裏から支配するってか」

「それが有るべき姿なんだよ」


 そこまで聞くと、アルキエルは再び口を閉じる。続いてアルキエルは、少し後ろに視線を送る様な仕草をした。


「だとよ、ミスラ。このガキとの決着は、お前がつけろ」

  

 背後に向かって、アルキエルは声をかける。その瞬間、三島は今までと打って変わり、大きく目を見開き、だらしなく口を開ける。

 三島の表情が変化した訳。それは、アルキエルの背後から忽然と、遼太郎が姿を現したからである。


「な、なぜ東郷君がここに? 気配もしていなかったのに」

「三島さん。あんたは、やっぱり神の器じゃねぇよ」

「何を言って」

「流石にあんたを、このまま放置する訳にはいかねぇよ。本当は、深山がやるべきなんだろうけどな。代わりに俺が引導を渡してやる」

「ふざけているのか、東郷君」

「ふざけてなんかいねぇよ。それにあんたには、返しきれねぇ恩も有る。だから殺しはしねぇ」

「そんな事が出来ると思うのかね、君に」

「あぁ、出来るさ。俺が誰だと思ってる、東郷遼太郎だぞ」


 遼太郎はゆっくりと歩みを進めると、三島の前で立ち止まる。


「さぁ、始めようぜ三島さん。それとも昔みてぇに、健兄さんって呼んでやろうか?」

「生意気にも、私に牙を剥くのか。久しぶりに相手をしてやる、かかって来い」

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