第360話 サイバーコントロール ~誤算~
葛西の懸命な処置が功を奏したのか、イゴールは一命を取りとめた。能力を使い過ぎた為、葛西は行動不能に陥り、車内でぐったりしている。林の暗殺は失敗し、鵜飼は捕らえられた。
主要な能力者が戦線離脱する中、最大の誤算は内閣総辞職であった。
内閣総辞職自体は、予定通りなのである。しかし予定と異なるのは、深山主導で行われなかった事である。その結果、次の内閣は深山の息がかかった者が選ばれる事は無かった。
イゴールが命を賭けて挑んだ、ペスカと林が仕掛けた罠の解除。任務は成功し、更にウィルスを仕込む事にも成功した。それはイゴールの意地が、勝利を呼び込んだのだろう。そして、二国の大国と協力体制を敷き、特霊局抹殺の準備を整えた。
そこまでは予定通りだった。
「深山さん、すみません」
「今回の事は、奴らの行動を読み切れなかった、俺の油断でもある」
「いえ、それは」
「もう気にするな、それよりも次の作戦に移行するぞ。イゴールをちゃんとした場所で、休ませないとならない。葛西もな」
でっぷりとした腹が運転の邪魔になり、これまで運転は他人任せであった。しかし深山は、自ら自分の車を運転する。山岡は助手席に座り、特霊局の動きを監視をする。
そして深山は運転しながら、これまでの事を振り返り、自省していた。
洗脳が効いている限り、鵜飼からこちらの情報が漏れる事はない。それは、三堂からもだ。鵜飼の能力は惜しい、林を殺せなかったのも、今後の予定に影響を与えるだろう。
林に固執する余り、肝心な三島を疎かにした。その結果、計画を大きく変更せざるを得なくなっている。それが問題なのだ。
全てのネットワークを支配し、様々なメディアやSNS等でプロパガンダを行う。そして国民を動かし、大規模なデモを起こす。
それに乗じて、与党と野党に配した自分の支配下にある議員から、内閣不信任案を提出させる。その後は簡単だ、支配下にある議員を内閣に配すればいい。
三島の目を掻い潜り、多くの議員を洗脳下に置いたのだ。内閣不信任案さえ出せれば、日本政府は自分の手中に納まるはずだった。
しかも対外的には、不自然さを感じさせない形で。
プロパガンダ自体は、イゴールのおかげでまだ可能である。しかし、直ぐに行う必要が有ったのは、ロシアと米国の両国と足並みを揃える必要があったからだ。
日米安保に則った内乱制圧の補助を、日本政府が断れば、米国から力を得る理由が無くなる。そうなると、テロリストの排除を理由に米国が動くのは、かなり強引に映るだろう。ましてやロシアが加わるならば、尚更なのだ。自衛隊すらも、動かし辛くなる。
ここまで特霊局を、世界の敵として認識させる為に動いて来た。この時点で内閣が変われば、全てが無に帰す可能性が有る。
間違いなく、これに関与したのは三島であろう。単に内閣の首を挿げ替えるだけで、終わるはずがない。
ここまで、日本を取り巻く世界情勢を引っ掻き回しても尚、深山は敵に回した者達の脅威を感じていた。今更ながらに、遼太郎から教えられた言葉が、深山の頭に過る。
二手も三手も先を読んで行動しても、相手は更にその先を読んで行動する。自分よりつえぇ奴と戦う時には、相手の事をよく知るのが重要なんだ。そうじゃねぇと、詰まされて終わりだ。
それに頭の切れる奴は、こっちの意図を理解した上で、揺さぶってきやがる。だから、常に冷静でいろ。頭に血が上ったら、負けだと思え。
確かにそうだ。頭に血が昇って、冷静な判断を欠いていた。その結果、奴らに付け入る隙を与えた。奴らの仕掛けた策略に、まんまと乗せられた。
「あの小娘といい、三島いい、厄介極まりないな。痛み分け、とはいくまい。だが、まだ負けと決まった訳ではない! これからだ!」
☆ ☆ ☆
時は少し遡る、アルキエルを連れた林は、首相官邸を訪れていた。つまらないと不満を漏らすアルキエルを宥めすかし、エントランスホールで内閣総理大臣と内閣官房長官との会談を要請する。暫く後に総理執務室へ通された。
各国からの声明を受け、首相官邸は喧々囂々としていた。しかも、機密書類が外部に漏れた事も、彼らを混乱させる要因となっている。
「不味い事になりましたな、総理」
「三島さん、呑気に言っている場合ではないぞ!」
「自業自得。そうは思いませんか、総理。秘密裏に、あんな書類を作成していたとはね」
「あれは。いや、あれは違う!」
「今更ですな総理。あなたには、下りて貰う」
「待ってくれ、三島さん!」
「いや、事態はもう深刻な状況まで陥っている。猶予がない。対応が遅れる程、手遅れになるんです」
まさか、辞職しろと言われると思わなかったのだろう。総理大臣の慌てる様子は、手に取る様にわかる。
「三島さん! まさかこの状況で、思い通りになるとでも考えているのか?」
「あなたは従いますよ、総理。今まで通りにね」
三島は鞄に手をやると、一枚の紙を机の上に置いた。そこには、次の内閣総理大臣と各大臣の名が連なっていた。
「まさか、この通りにしろと?」
「ええ、その通りです」
「辞職の理由は?」
「混乱の責任を取ってでしょうね」
「それは、あの書類の存在も認める事になるではないか! 深山の発言すらも認めようと言うのか?」
「いいえ、あなたに被って頂くのは、件の書類と混乱を招いた責任。特霊局は、新政府の下で深山と対決しなければならないのでね」
「それでは、私だけを悪者にして、切り捨てるのと同じではないか!」
「だから、そう言っているんです」
「そんな言葉に乗れると思っているのか! 三島君、流石に私を甘く見てはいないか?」
「総理こそ、お忘れではないのか? ミストルティンの決定は、絶対だという事を」
総理大臣は、激しく机を叩き、怒りを露わにする。官房長官は、鋭い目付きで、三島を睨め付けていた。混乱を一人に負わせ、自分は平然と今迄を続けようと言うのだ。
怒るのも当然だ。受け入れられないのも、仕方がない。だが、三島の発したある言葉で、両者が揃って俯いた。
一国のトップが、口惜し気に怒りを抑えて俯く。それは決して逆らえない存在が、この世界にある事を示していた。
「言う通りにして頂ければ、組織があなたを守ります。老後も保証される。このまま、総理の席に座り続けるなら、世界中から政敵と見なされ処分されるでしょう。その時は、組織もあなたを庇いきれない。決断するしか無いんですよ」
頷くしかない。無力を噛みしめて、総理大臣は辞意を表明する。そして新たな内閣が誕生する。新たな内閣は、三島の思い通りに行動するだろう。
それが良いか悪いかは別として。
☆ ☆ ☆
内閣総辞職が伝えられた翌日、林はリビングの片隅で、鼻歌交じりにパソコンを操作していた。イゴールが仕掛けたウィルスの除去と、自分で開発したアプリを配信する為に。
ペスカから蔑む様な視線を向けられても、全く気にする様子も無く。
「おにいちゃん、貞操の危機だよ! あんなむっつりセクハラエロオタクと同居なんて、やっぱ有り得ないよ!」
「何言ってだよペスカ。あのおっさんを連れて来いって、命令したのはお前だろ?」
「だって見てよ、あの目! 視姦する気マンマンだよ!」
「冬也殿、おっさんではなく、リンリンとお呼び下さい。ペスカ殿もほら、リンリンと!」
「誰が呼ぶか、この歩く性犯罪者!」
「まだ、PCを覗いた事を怒ってるんでござるか? あれは、痛み分けでござろう?」
「うっさい! エロ大魔王! だから未だに独身なんだよ!」
「はっはっはぁ! 拙僧は今年で魔法使いになったんですぞ! そして拙僧はロリ好きでござる!」
「おっさん。馬鹿な事、言ってねぇで早く飯を食っちまえよ! いつまでも片付かねぇだろ!」
「おぉ! 冬也殿。申し訳ござらん」
「ところでおっさん。冗談なら聞き流してやる。でも本当に、ペスカを変な目で見たら、その目ん玉を繰り抜くからな! 視力を失わねぇ様に、気を付けろよ!」
昨晩の事である。帰宅するや否や、林はリビングの端でパソコンを組み立てた。遼太郎と雑談しながら、複数のパソコンを並列に繋ぎ、あっと言う間に設定を終える。
そして家電量販店で見つけたウィルスの存在を、雄弁に語った。口角泡を飛ばし、イゴールを褒めちぎりながら。
あらゆる端末にそのウィルスは仕掛けられている、PCだけではなくスマートフォンやTVに至るまで。通常のウィルスとは異なり、端末からデーターを抜き出す事や、端末内を破壊する事が目的ではなく、一つの端末へ強制的に接続する事が目的である。
恐らく深山が持つ、洗脳能力とリンクする様にしてあるのだろう。そう、林は結論付けた。
「で、お前。そのウィルスとやらは、何とか出来んのか?」
「東郷殿。拙僧を誰だとお思いですかな? 時間をかければ、全て取り除いて見せますぞ! その代わり、他の作業が出来なくなりますが」
「そりゃ困るな」
「まぁ、お任せ下され! その為に、アプリを開発してのでござる」
「あの変なのか?」
「変ではござらん! 知り合いの絵師に、胸熱なイラストを発注したのに!」
「うっせぇ、喚くな! その辺の事は全部任せるから、好きにしろ。それとリンリン、アプリが配信出来る様になったら教えろ。佐藤経由で、警察関係者にダウンロードさせる様にしてやるから」
「畏まりました、東郷殿。それなら、配信開始のお祝いイベントで、イゴール殿のウィルス対峙をやりますかな。ミッション達成で、ガチャ石を配布!」
そう言うと、林は組み上げたパソコンを操作し始める。恐らく、林の復帰も深山の誤算となるだろう。
一進一退の攻防を続ける両陣営、未だ勝敗は見えず、戦いは新たなステージへと移行する。
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