第359話 サイバーコントロール ~強襲~

「それで、今度は何の報告?」

「ペスカちゃんが言ってた、ネットの護符。あれの反応が無くなったよ」

「うそ!」

「いや、嘘じゃないよ。二十から三十位かな? その位は反応があったけど、今は無いよ。全部、解除されたんじゃないかな?」

「いやいや、そんな事が出来る人間は、空ちゃんだけだよ!」

「でも、事実だよ。それで、君達はいつまで買い物をしてるの?」

「もう少し。それより、次の段取りは頭に入ってるよね」

「勿論だよ。クラウスさんとも、打ち合わせ済みだ」

「じゃ、翔一君はお仕事頑張ってね~!」

 

 翔一の報告に、ペスカは少々驚いていた。当然だろう、罠が解除されるとは思ってなかったのだから。

 ペスカの仕掛けた罠は、正式な手続きを踏めば解除出来る様になっている。オートキャンセルは、その内の一つである。


 ただしペスカの護符を、物理的にネットワーク上へ取り込んだのは、能力を持たない林である。能力を使わずに、罠を解除する方法が存在する。

 幾つかのキーワードを順に入力するだけで、一時的に罠は解除される。

 

 簡単に罠を解除出来たら、特霊局サイドとしては困るだろう。しかし、林はトリックが見破られる事を期待して、解除のギミックを用意した。

 何故そんな事をしたのか? それは知能や技術を競う事に悦を感じる、林だからであろう。


 おおよそ、凡人には不可能と思える罠の解除であるが、実はもっと簡単に解除出来る方法がある。 

 罠はマナに反応する、ネットワークに入り込み魔法を放てば、その魔法と罠は対消滅する。

 ただこの方法も、この世界の人間が至る事の無い発想であろう。 


 何れの方法にも辿り着かなければ、最も原始的な方法で解除するしかない。

 全部踏んで爆発させれば、地雷は全て無くなる。それは冬也の様な脳筋が、真っ先に思いつく発想であろう。

 ただし考え付いても、誰も実行はしない。何故なら、死を伴うからだ。


 罠が発動すれば、三日位は動けない威力の衝撃が、体内を流れる様に仕込んである。

 流石のペスカも、その衝撃を全て受けきるとは思っていなかった。そんな衝撃に耐えられるとすれば、冬也かアルキエル、それに遼太郎くらいなのだ。


 ただ意志の力は、時に物理法則すらも超える。そもそも相手は、物理的根拠が全くない能力を用いているのだ。不可能を可能にしても、おかしくはない。ただし命の保証はないが。


 翔一との通話を終えたペスカは、スマートフォンを操作し、ある番号へ電話をかける。何コールか後に電話を切ると、再びスマートフォンを操作し、先程かけた番号へメッセージを送った。


「居場所を教えてくれたら、完璧に治療してあげる。その気になったら場所を送ってね」


 発信先が不明の電話を受ける訳がない。仮に遼太郎であっても、深山は電話に出なかっただろう。そして、メッセージを受けた深山は激怒する。


「ふざけやがって! どれだけの覚悟で、イゴールが挑んだと思ってる! 冗談じゃない! 殺してやる、小娘!」 

 

 イゴールを車に運んだ深山は、再び仮の拠点としていた隠れ家のドアを開ける。そして、ドンドンと荒い足音を立てて廊下を進むと、山岡と鵜飼が待機している部屋のドアを開けた。


「鵜飼! 必ず、林を殺せ!」


 声を荒げながら、深山は鵜飼に近づくと、ある物を手渡した。


「任務に成功すれば、これを使う必要は無い。もし失敗したら、この拠点に戻って待機しろ。特霊局か警官が踏み込んで来たら、取り押さえられる前に、このスイッチを押せ!」


 完全に深山の支配下に置かれている鵜飼は、思考を許されずにただ頷く。

 しかし、同じ室内にいた山岡は理解していた。鵜飼が手にしているのは、屋敷に仕掛けた産業用ダイナマイトを起爆させるスイッチである事を。

 洗脳されていない鵜飼ならば、爆発寸前にゲートを開いて、逃げる事も可能であろう。しかし、深山はその指示を出さなかった。

 

 犠牲になれ。


 深山はそう言っているのだ。そして鵜飼の犠牲を、テロリストの仕業として、世に伝えようとするのだろう。


 山岡は自分の体が、身震いしているのを感じていた。

 鵜飼は深山の右腕だと思っていた。深山が鵜飼やイゴールに相談していたのを、何度も見ている。自分の様に使い走りではなく、完全な幹部。そんな男を簡単に切り捨てる深山に、恐怖を抱いていた。

 失敗をすれば、深山に切り捨てられる。それだけならましだ。今の深山は、役立たずを殺すだろう。その死は、犠牲者として利用されるのだ。


 山岡の体は、緊張で強張っていた。

 ただ山岡の能力テレスコープは、身体を利用するものではない。遠くの景色を、脳内に映し出す能力である。それでも恐怖が、能力発動の邪魔をする。

 そして山岡は雑念を払い、命令を完璧に熟す事だけに集中しようと意識した。殺されたくないから、死にたくないから。


 そして時は訪れる。それが、敢えて作られた隙だったとしても。

 

 ☆ ☆ ☆


「うん? これは、不味いでござるな」


 既に幾つかのPCを選び、改良パーツの選定を済ませていた林は、展示品のPCを弄りながら呟いた。


「林さん、何が不味いんですか? もう、色々と選んだんでしょ? そろそろ会計が終わってクラウスさんが戻ってきます。早く帰りましょうよ」

「翔一殿、某の呼び名は、リンリンで構いませんぞ。それよりも、ペスカ殿はご存知なのですかな?」

「何がです?」

「某が苦労してネットワークに仕込んだ、ペスカ殿の護符ですよ」

「あぁ、それなら報告してありますよ」

「そうですか。では、彼があらゆる端末にウィルスを仕掛けた事も、ご理解されているのですかな?」

「はぁ? 何の事ですか、林さん!」

「いや、ですからリンリンと。うぉ、それどころではござらん!」


 焦った様に店内で声を張り上げると、林は小走りで走り出す。林を追いかけて、翔一も店内を走った。


「林さんは、護衛対象なんですよ! あんまりウロウロしないで下さい!」

「急用なんですぞ! 拙僧の腹が、大ピンチなんですぞ!」

「何言ってんだ、林さん!」

「ワシントンクラブへ、行かなければならないのです!」

「言ってる意味がわかりませんよ!」

「WCですよ、翔一殿。個室まで、御一緒なさるのですか? 流石の拙僧も、そんな趣味はござらんぞ!」


 小走りで急いで林が向かったのは、トイレの個室であった。そしてドアを閉めると、翔一に語りかける。


「翔一殿。音を聞かれるのも、些か恥ずかしいのでござるが」

「ったく乙女か! 仕方ないですね。早く済ませて下さいよ」


 翔一は溜息をつくと、林しかいないトイレから出て行った。

 平日と言えども既に日は暮れている。昼間よりは、店内には客足が多い。林が入ったトイレが、無人だったのは幸運だったのか否か。

 少なくとも、山岡にとっては千載一遇のチャンスに見えただろう。


 ズボン等を降ろし、様式の便座に座った林の背中に、刃物が突き立てられる。気配を感じて振り向いた林には、空間から半分ほど体を出して、刃物を振りかぶる男の姿が見えた。


 ヒッと声にならない叫び声を上げ、林は個室のドアを開けて逃げる。しかしずり下げたズボンに足を取られて、林はトイレの床を転がる。


「待て鵜飼! 罠だ! 引き揚げろ!」


 歪んだ空間の奥で声が響くが、鵜飼は完全に体を出す。そして林を追いかけて刃物を振りかぶった。


 もし山岡が、このトイレに林しかいない事に、違和感を覚えていれば、結果は違っただろう。もし、鵜飼が洗脳されていなければ、この状況に違和感を覚え、直ぐに逃げ出しただろう。

 最初に刃物を突き立てた時に、林は致命傷を負っていたはずなのだから。


 ゲートを完全に潜り抜ける前に山岡が発した声は、鵜飼に届く事は無かった。そして、鵜飼が刃物を振り上げた瞬間に、翔一とクラウスがトイレに飛び込んでくる。

 素早い動きで、刃物を弾き飛ばすと、クラウスは鵜飼を床に転がし抑え込む。そして翔一は、美咲が作った手錠で鵜飼の両手を拘束した。

  

 鵜飼が潜り抜けた時点で、ゲートは閉じている。そして、鵜飼は美咲の手錠で、能力を封じられている。クラウスに抑え込まれて、身動きすら取れない。

 鵜飼に与えられたもう一つの任務、拠点に戻った後に起こす、特霊局や警察を巻き込んだ自爆テロ。それは、未遂に終わるだろう。

 数分後、佐藤の部下が到着し、鵜飼は連行される。


 これで深山の陣営は、三堂に続き二人目の逮捕者を出した。捕らえた鵜飼から証言を得られれば、殺人教唆の疑いで深山の逮捕が可能となる。


 そしてこの日の夜、内閣総辞職を告げる緊急ニュースが流れる。日本を取り巻く状況は、日々混迷を深めていく。

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