第352話 サイバーコントロール ~会合~

 深山の出演したコーナーが終了する頃、車は自宅へ到着する。険しい表情で遼太郎が降り、続いてペスカとアルキエルが続いて玄関を抜ける。

 出迎えた空はかける言葉が見つからず、黙ってキッチンへと引き籠る。リビングで録画機器を操作していたクラウスは、ペスカの姿を見るなり近寄った。


「ペスカ様。ご命令通り録画いたしました。ただ、見る限りでは、能力が使われた様子は有りません」

「うん。ありがと、クラウス。そう簡単には、尻尾を掴ませないか」


 TVに出て煽動を行うとすれば、能力を使ってもおかしくはない。マナを視認化した映像が証拠となればと思い、クラウスに録画の指示を出した。

 しかし、深山は能力を使う素振りを見せなかった。当然、深山が出演したTV局にも護符は仕掛けてある。何等かの能力が使用されれば、直ぐに感知出来る。

 罠の発動に気を配っていた翔一が、何の反応も見せなかったのだ。深山は専門家として呼ばれ、出演したに過ぎないのだろう。表向きは、であろうが。


 リビングのソファに遼太郎達が腰を下ろす。流石の遼太郎も、疲れた様子でソファの背もたれに体を預ける。暫くすると、キッチンからいい匂いが漂って来る。

 遼太郎は重い体を起こすと、キッチンにいる空へと声をかけた。


「わりぃな空ちゃん。飯は二人分、追加してくんねぇか」

「わかりました。どなたかいらっしゃるんですか?」

「三島さんと佐藤がもう直ぐ来るはずだ」

「へっ! 局長さんが?」

「あぁ、そうだ。ペスカとクラウス。お前達は手分けして、寝てる奴らを起こして来い。ペスカ、間違っても冬也を起こしに行くなよ。五分以内に美咲を起こして来なかったら、お前の飯は無しだ! クラウス、お前もだぞ! 飯を抜かれたくなければ、五分以内に冬也を起こして来い!」


 遼太郎の場合は、食事よりも横になりたいだろう。新宿の抗争を終え、帰宅して早々に事務所が襲撃に遭い、そのまま深山を説得に行き失敗に終わり、佐藤の事情聴取を受けた後、再び帰宅をしたのだ。

 警察側の佐藤とて、忙しい最中であろう。しかも、あの様な内容が生放送の番組で放映されたのだ。警視庁本部は、三堂どころの騒ぎではあるまい。ましてや政府は、もっと厳しい状況に置かれているだろう。


 有り得ない暴露報道。しかも、それがあたかも真実の様に報道されたのだ。

 総理大臣を始め各大臣は、とんでもない爆弾を落とされた気分になっているだろう。


 特にネットでの反応は大きい。ネットの中には、大なり小なり騒ぎを大きくする、一部の輩が存在する。

 ただ今回に関しては、多くの者が政府をバッシングした。顔が公開された三島と遼太郎についても、激しく叩かれている。所謂、炎上どころではなく、大炎上という状態である。

 放映したTV局には質問の電話が殺到し、ネットもパンク状態に陥っている。警察については更に酷い状況である。苦情の電話が殺到し、対応に右往左往させられていた。首相官邸のホームページは、一気に閲覧数が伸び、その大半は苦情の投書であった。

 その他のTV局では、緊急ニュースとして放映されたTV番組の内容が流され、番組の反応としてSNSが炎上している様子が伝えられた。 


 これにより、実際の生放送を見ていなかった視聴者も、否応なしに深山の発言を目にする事になる。深山への賛同と、警察や政府への対応を問う声は、更にこれから高まっていくだろう。

 それが深山の狙いだとすれば、大成功だと言えよう。


 流石の政府も緊急閣議を開かざるを得ない。そんな状況で、タクシーを使った三島が東郷邸に到着し、その数分後に佐藤が到着した。


 ただ、慌ただしさを増す世間と反比例する様に、東郷邸内は静かであった。

 それは、寝起きで状況を伝えられ、理解を示していない冬也のせいか。はたまた、最終的には神気を使って、全てなかった事にすれば良いと、楽観的に捉えているアルキエルのせいか。若しくは、これ位は問題の内に入らないと、鷹揚に構えているペスカのせいか。

 いずれにせよ、異世界ロイスマリアの神々の中でも、特に力を持つ三柱の神が、揃って気にも留めていない。これは余裕なのか否か。常人には理解しかねる所であろう。


 到着する時間に合わせた様に、料理が出来上がり、来客の三島や佐藤がテーブルにつく。


「いやあ、助かるね。食事をする暇が無かったからね」

「三島さん。呑気な事を仰ってる場合ですか! 警察は既にクレームでパンク状態ですよ!」

「まぁ暫くの辛抱だよ、佐藤君。焦っても仕方がない。君だって、食事をする暇は無かったろ? せっかくの好意に甘えるとしよう。さぁ、東郷君達も来たまえ。中々出来ないぞ、今や久しく目にしなくなった、大家族の食卓風景だ」 

 

 東郷邸内には、総勢十名が集まっている。ダイニングテーブルだけでは足りずに、リビングにも料理は運ばれていく。冬也が料理の仕上げ、空と美咲が配膳と手分けをして、食事の用意を進めていた。


「新島君、山中君。配膳はもういいから、君達も席に着きたまえ。一緒に食事をしようじゃないか。あぁ、冬也君。君の趣味を奪うつもりは無いからね。好きにしてるといいよ」


 三島の言葉に従い、空と美咲がリビングのソファへ座る。冬也については、会合の場に居ても役に立たないと判断したのだろう。これは三島の冬也に対する扱いが、上手いと褒めるべきかもしれない。そして、食事を兼ねた会合が始まった。


 ダイニングテーブルに座るのは、三島、佐藤、遼太郎、ペスカの四名。残りは、リビングのソファに陣取り食事を始める。

 静かとも和気あいあいとも言えない食事の場で、口火を切ったのは三島であった。


「それにしても、流石は深山君だね。よくもまぁあんな饒舌に嘘が言えるものだよ」

「何を仰ってるんですか、三島さん! 奴が黒幕なんですよね? それなら」

「そうだよ、佐藤君。それで君は、今の深山君を逮捕出来るのかな?」

「残念ながら物的証拠が無い。せめて、あの隠れ家から指紋の一つでも出てくれば、任意で引っ張りますが。それでも、一時凌ぎにしかなりません。あの隠れ家が深山の所有物であれば、また別だったんですがね」


 悔し気に、佐藤は俯いた。佐藤の言葉を受けて、三島は遼太郎に視線を送る。そして遼太郎は理解した。何故、三島がTV局に乗り込むのを止めたのかを。


 深山が能力者としてTV局に乗り込み、能力を使い大勢を扇動し、破壊行為を行わせた。

 

 これならば、破防法の疑いで起訴する事が出来るかもしれない。しかし、現状では問える罪が無い。正確に言えば、犯罪を立証する証拠がない。

 例えば逮捕された三堂が、深山の指示で破壊行為を行ったと証言すれば、暴行の教唆となり得るだろう。それでも、三堂の証言だけでは、犯罪の立証は難しい。


「そりゃあそうだよ、相手は深山君だからね。能力者なんて問題が無ければ、衆院選に立候補して、今頃は入閣してもおかしくはなかったよ」

「そんな。冗談ですよね?」

「いや、冗談ではないよ。私も彼の支持者だし」

「佐藤。信じらんねぇだろうが、本当の事だ。あいつは大学時代から、色んな奴を集めて座談会みてぇなのを開いてた。政財界や有識者のお偉いさんを参加させてな。たまに政治家も混ざってたな。あいつ座談会は、多い時じゃ何百人単位の人数が集まったぜ。集まり過ぎても仕方ねぇってんで、参加を断るケースも多かったらしいけどな」

「一個人がそんな事を出来るんですか?」

「出来るも出来ねぇもねぇよ。実際に、あいつは色んな所に顔を出して、親交を深めて来たんだ。支持基盤ってやつなら、大学時代から作って来たんだよ。だから、俺も三島さんも買ってたんだ」


 佐藤は目を皿の様にしていた。思っていた黒幕の人物像とは、大きくかけ離れていたからだ。

 佐藤は、黒幕のリーダーを陰湿な野心家だと考えていた。それも仕方なかろう、インビジブルサイト、麻薬取引増加、特霊局の事務所襲撃と、自分の手を汚さずに陰で操っていたのだから。

 何故そんな向上心と行動力が有る人物が、悪役然となってしまったのか、問いたくなる位であろう。それは、佐藤だけでは無く、この場にいる多くの者が感じている事であった。何名かを除いて。

 

「ようガキぃ。随分と口達者に褒めやがるけどな、そいつは敵なんだろ? 敵を知るのは結構な事だけどなぁ、どうやって奴らを潰すか考えるのが、重要じゃねぇのか?」

「はは。アルキエル君だったね。流石は異界の神って所かな。私をガキ呼ばわりする男は久しぶりに見たよ」


 三島の言葉は、遼太郎も目を見開いた。

 アルキエルを戦いの神だと説明はしていない。そもそもアルキエルは、この場に居合わせただけで、三島に紹介すらしていないのだ。

 三島には霊感がない。マナを感じ取れる力が無い。有るのは卓越した頭脳だけ。それで、アルキエルを異界の神だと断定できるのか。無理であろう。

 

「相変わらず、怖い人だね。三島のおじさん」

「やめてくれ、君程じゃない」

「それで。三島のおじさんは、私達に何が聞きたいの?」

「異能力と能力者の行く末について。全てだ」

「はぁ。仕方ないね」


 三島の穏やかな瞳が一転して、鋭くなる。それは、魔窟の中で戦いづつけて来た三島の半生があって、初めてなせる威圧感にも似ている。 

 三島の本気を感じたペスカは、ゆっくりと口を開いた。

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