第351話 サイバーコントロール ~宣戦布告~

 時は、深山の隠れ家で、アルキエルが三堂を倒した直後に遡る。警察が到着すると、ペスカ、アルキエル、遼太郎がその場で佐藤に事情聴取を受ける。

 佐藤とて警察側の関係者で、概ねの状況は理解している。ただ今回、ペスカ達が黒幕と接触した事で、事態は大きく進展するだろう。それを理解しているからこそ、その場で事情聴取し、佐藤は本部へと報告した。


 事情聴取が段落した頃、遼太郎のスマートフォンが音を立てる。遼太郎がスマートフォンを手に取ると、それは三島からの電話であった。急いで通話状態にすると、いつもと変わらない穏やかな声が聞こえて来る。


「東郷君、ご苦労様だったね」

「いえ。結局、深山の奴を逃がしちまって」

「仕方ないさ。私もさっき、深山君と会ったよ」

「はぁ? 三島さん、あんた何やってんだ?」

「君を敵に回した彼を、一度見ておきたいと思ってね」

「ったく、悪趣味な人だ。流石に疲れてるんですが、用件は?」

「そこに、佐藤君もいるよね。君の自宅に集まらないか? 佐藤君も交えて、今後の話がしたい」

「三島さんはどうやって来るんですか? 迎えをやりましょうか?」

「大丈夫だよ。タクシーで行くからね。流石の深山君も、今の私を狙おうとは思わないさ」

「気を付けて下さい。俺らは確実に、ターゲットになってるんだから」

「わかってる。ありがとう、東郷君」


 通話を終えると、遼太郎は佐藤に声をかけた。そして会合の意図を告げ、承諾を得る。

 慎重な深山の事だ、どれだけ探しても、証拠らしい物は出て来ないだろう。しかし髪の毛一本、指紋の一つでも見逃すまいと、警察官は血眼にして物証を捜しまわっている。

 事情聴取が終われば、遼太郎達に用はない。寧ろこの場に留まれば、捜査の邪魔になるだろう。遼太郎は、佐藤に先に自宅へ戻ると告げ、ペスカ達を連れて車に向かった。


 運転席に座る翔一は、精神統一をし探知の能力を使っている。いつでも仕掛けた罠に、対応出来る様にである。そんな翔一に、遼太郎は後部座席に乗る様に指示し、自らが運転席に座る。

 ペスカが助手席に、冬也が後部座席に座る。そしてアルキエルは乗り込むなり、最後尾の席を占領し横になった。

 アルキエルは、顕現する肉体を維持する神気しか、利用する事を許されていない。そんな中で、モンスター化した三堂の体内にある邪気を消滅させ、奪われた神気を取り戻したのだ。多少なりとも疲れを感じているのだろう。

 

 深山の隠れ家から自宅までは、然程の距離は無い。それでも多少の時間がかかる。ペスカはカーナビを操作しTVに切り替える。映し出されたのは、事件等に深く切り込む事で人気を博しているワイドショー番組であった。


「ペスカちゃん。気が散るから、少し音を小さくして欲しいんだけど」

「何言ってんの翔一君。こんなんで気が散るなんて、修行が足りてない証拠だよ」


 集中を研ぎらせたくない翔一にとっては、車の騒音どころかTVの音量すら不快であろう。しかしペスカは、事も無げに修行不足だと言い放つ。どちらが正解なのか、判断は難しいだろう。しかし、呑気な会話は長くは続かない。


「さて、次の話題です。本日早朝に、府中駅近くの雑居ビルで乱闘事件が発生しました。警察からの詳しい発表は出ておりません。またこの乱闘事件で、数名の重傷者が出た模様です。現在は緊急搬送され、容体は不明です」

「ここ最近は、こんな話題が続いてるよね」

「そうですね。ただ今回、番組独自の取材で、能力者が起こした事件であると情報を得られました。先ずは映像をご覧ください」


 アナウンサーの声に従い、現地の映像に切り替わる。そして、中継先のアナウンサーが、破壊された特霊局事務所の惨状を声高に伝えていた。

 それなりの事件であり、襲撃から数時間が経過している。確かに報道されてもおかしくはない。しかし、車内を騒然とさせるのは、中継が終わってからであった。


「本日は、能力者の事件に詳しい専門家をお呼びしております。外務省でご活躍され、現在は弁護士として能力者に関わる様々な活動をされている深山純一さんです!」


 同姓同名の別人、そんなはずがない。TVに映っているのは、間違いなく深山本人であった。深山が紹介された瞬間、遼太郎は慌てた様にブレーキを踏み、道路脇に車を停車させる。


「深山! なんでこいつがTVに! 翔一、罠に反応は有ったか?」

「反応は無いです、東郷さん」

「くそっ!」


 放送しているチャンネルを確かめると、遼太郎は車を急発進させようとする。しかし、それはペスカによって止められた。


「慌てないでパパリン。ちょっとスマホかして。家に連絡するから」

「お前、自分のスマホは?」

「家に置いてきた」

「はぁ?」

「仕方ないでしょ! ロイスマリアじゃ、スマホなんて使わないんだから!」


 そう言って遼太郎から、スマートフォンを受け取ると、ペスカは自宅に電話をかけた。数コールで電話が繋がる。電話口に出たのは、空であった。そして、ペスカはクラウスに変わる様に伝える。

 そして数秒の後、クラウスが電話口に出た。


「何の御用でしょうか、ペスカ様」

「あんたが、たまに見てるワイドショー番組があるでしょ?」

「えぇ。それが何か?」

「それを今すぐに録画して! マナの流れが視認出来る様にだよ、やれるよね!」

「畏まりました、ペスカ様。直ちに録画を開始いたします」


 ペスカは、深山本人を見た事が無い。しかし遼太郎の反応で察知した。紹介された男がつい先程、遼太郎が取り逃がした黒幕のリーダーであると。その為、自宅に連絡を入れて、魔法を使って録画する様にクラウスへ指示をしたのである。

 だが、クラウスとの通話が終わった瞬間に、遼太郎のスマートフォンが振動する。ディスプレイに表示されてたのは、三島健三の名前。ペスカは直ぐにスマートフォンを遼太郎に返した。


「三島さん、深山の件か?」

「そうだ。思わぬ方向に進んでいるね」

「俺達はこのまま、テレビ局へ向かう!」

「それは止めておきたまえ。行っても、深山君は捕まえる事は出来ない」

「何でそんな事が言える!」

「当たり前だろう。相手は、深山君だよ。冷静になった彼は、君の次に敵に回したくない相手だ。予定通り、私は君の自宅へ急ぐ。わかったね」

「了解だ。三島さん」

 

 通話を切ると、スマートフォンを懐に入れ、遼太郎は車を発車させる。しかし発進直後に、ペスカが遼太郎に声をかけた。


「ねぇパパリン。リンリンが入院してる病院って、結構遠い?」

「いや、そうでもねぇ。少し迂回しなきゃなんねぇけど」

「ならその病院に寄って! 付き添いの許可を貰ってね。翔一君は、リンリンに付き添う事!」

「リンリンが狙われるとでも思ってんのか?」

「思ってるんだよ! 翔一君もいいね、リンリンをガードするんだよ」

「あぁ。わかった」

「わかったよ、ペスカちゃん」

 

 やや声を荒げるペスカに圧倒されて、遼太郎は車を方向転換させ病院へ向かった。

 慌ただしくなる状況下でも、翔一は冷静に状況を把握した。自分の出来る事、やらなければならない事をしっかりと理解しているからであろう。


 一方、番組ではパネルを使い、乱闘事件の説明を行っていた。アナウンサーが説明を終えると、番組司会者が深山に意見を求める。


「これが能力者の仕業だとすれば、何の意図が有ったんでしょう?」

「遺恨でしょうね」

「遺恨? それは何故?」

「それを説明するには、先ず一つの組織について語らなければなりません」

「組織? それは民間のですか? それとも国の?」

「国の組織です。秘密裏に組織され、存在を知る者は内閣を含めて、一部の人間しか知り得ません」

「まさか! そんな組織が有るんですか? 問題じゃないですか!」

「ええ。仰る通り、かなり不味い状態です。この組織は、秘密裏に能力者を取り込む事を目的とした組織です。そして彼らは、能力者を利用し日本の軍事力を強化しようとしています」

「眉唾の様に感じますけど、その証拠は?」

「新宿で大きな抗争が起きたのは、御存じでしょう。それは何故、詳しい報道がされないのでしょうか? 抗争時に映った二名が、有り得ない力で大勢を無力化しています。何故、そんな事が出来るのでしょうか? 抗争時の警察の動きも、おかしな点が多い。機動隊が出動したにも関わらず、抗争に介入しなかったのは何故でしょう? そもそも何故、こんなにまで大きな抗争に発展したのでしょう?」

「それが全て、その組織の仕組んだ事だと?」

「ええ。それを全てこれからご説明します!」


 嘘の中に真実を織り交ぜる。事実を知らない者にとっては、あたかもその嘘が真実であると錯覚する。同調行動を常としている者を錯覚させるには、有用な技術であろう。所謂、嘘を誠として錯覚させる為の説得材料として、真実を取り入れるのだ。

 例えば、弁護士が言っているのだから間違いは無い。これは、地位がはっきりとした知識人に従う、同調心理である。


 先ず深山はTV出演の際に、国政と能力者に詳しい立場である事を示した。そして誰もが不信に感じるだろう事を提示した。それによって興味を引き立て、これから語る事が真実であると思い込ませるのである。

 

 ただしこれは、語り手に矛盾を感じた瞬間に、疑義が生じて錯覚させるのは難しくなる。如何に、論理立てて説明出来るかが重要になる。だがそれに関して深山は、とても優秀であった。

 

 深山は特霊局の存在を明かした。そして主要人物として、三島と遼太郎の顔写真も公開した。これは名目上、能力者が起こす事件に対抗する為の組織であると。そして深山は、この裏には真相があると続けた。


 新宿での抗争は、その一端に過ぎない。なぜならば、そこには一人の能力者の存在が有るからである。

 彼らは暴力団等を利用し、能力実験を行った。それがここ最近頻発している、麻薬取引の増加である。だが、想定以上に麻薬取引が増加してしまった。結果として、彼らは指定暴力団へ能力者の返却を求めた。しかし取引は失敗し、能力者の返還は行われなかった。それが原因で、抗争が勃発し歯止めが利かない状態へと陥った。

 失敗だったのは、二名のエージェントを利用した事であろう。この二名はいずれも能力者である。彼らにより深い洗脳を施された結果暴走し、日本全国の暴力団等を相手取る事へと繋がった。


 この件には、警察の上層部が深く関わっている。暴力団等を利用した事を黙認した上、一層する事にも協力的だった。警察は、一般の車両規制を行ったが、暴力団等の車両を素通りさせた。これが良い証拠である。機動隊が出動したにも関わらず、抗争に関与しなかったのも、警察が彼らの行動を黙認した結果である。


 そして彼らは、この件が明るみになるのを恐れて、隠蔽を行った。事も有ろうか、政府に圧力をかけて。報道が規制されたのは、それが原因である。

 この様な政治的取引は、報道の自由を侵すものである。 


 正確な報道がなされずに、真実が明らかにされない。これは、彼らを著しく暴走させる事へ繋がる。今回の事務所襲撃は、彼らによって著しく弾圧されていた、一部の能力者による反抗であろう。

 本来であれば、襲撃事件を起こす等、以ての外である。しかし、真実を見極めて欲しい。これは、弾圧されて来た能力者の悲鳴である。


「要するに、国が能力者を何等かの方法で利用する事を考えている。そういう事ですね?」

「そうです。労働に見合う対価が払われるならば、通常の雇用契約と何ら変わりはないでしょう」

「能力者に関しては、そうでないと」

「能力者は我々と同じ日本人です。法の下に守られるべき存在なのです。しかし、政府を含めて彼らは、能力者を悪用しようと企んでいる。この状況を許すと、新宿抗争よりも大きな事件が起こるでしょう」

「それはどの様な?」

「弾圧された能力者の反乱です。いま、多くの能力者が、社会生活に不安をかかえています。私は彼らを救う為に、改めて声を大にしたい。能力者は敵ではない! 皆さんの見方です! 政府の過ちを正す為に、能力者を守る為に、一丸となる時なのです! それが皆さんの生活を守る事に繋がります!」


 力強く言い放ち、司会者やアナウンサー達からの称賛を受けて、深山の出番は終了した。

 そう、これは深山による、特霊局への宣戦布告。熾烈な戦いの幕開けであった。

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