第350話 サイバーコントロール ~決別~

「まさか本当にこんな場所にいるとはね、深山君」

「な、なんで。三島さん、なんであんたが?」

「そりゃあ、わかるよ。ここは、君の戦場だったんだからね」


 財務省上の信号近くで、深山は懐かし気に庁舎を見つめていた。三島が深山を見つけたのは、偶然ではない。

 三島は、遼太郎から報告を聞いて、直ぐに外務省庁舎近くへと足を運んだ。深山の姿は、直ぐに見つける事が出来た。


 当初の三島は、深山を見つけても、声をかけずに立ち去ろうとしていた。不意を突いて確保しなくても、自分の部下達が決着をつけると信じている。それに情報が行き渡り、深山が指名手配になるのは、時間の問題だろう。


 しかし深山の瞳を見た時に、心変わりをした。郷愁に近い感覚なのか、別離による哀愁なのか、それは本人しかわからない。ただ三島には、深山の瞳が少し滲んでいる様に見えた。

 これから、彼らと熾烈な戦いをしなければならない。深山と冷静に話が出来るのは、最後かも知れない。そう思うと、声をかけずにはいられなかった。


「東郷君から聞いたよ。本当にやる気なのかい?」

「三島さん。もう止められない所まで、来てるんですよ」

「本当にそうかい? なら、東郷君はなぜ君を止めようとしたんだい?」

「あの人は、優し過ぎるんだ。優しくて強い、本当の正義の味方だ。俺はあの人の様な、正義の味方になりたかった。でも無理だった。だから俺は悪魔になる。先輩では、悪魔にはなれない」

「君に支えられた人間が、どれだけいると思う? 深山君、君も正義の味方じゃないのかな?」


 三島の問いに、深山が答える事は無かった。沈黙が二人を包む。車の騒音だけが辺りに響く。


 三島が自分を止めようとしている事は、直ぐに理解した。しかし、いま立ち止まったら、犠牲にした三堂はどうなる。それ以外にも、多くの犠牲を払って、事件を起こして来たのだ。

 自分が止まれば、組織は空中分解するだろう。それでは、犠牲になった者達が浮かばれない。自分の正義を果たさなければ、新しい社会を創るまでは立ち止まれないのだ。


「この現代社会に、真の平和を望むなら、革命が必要なんだ!」

「そして、君は悪の親玉として、この世を去ると言うのかい?」

「当然でしょう。革命には、犠牲が必要だ。それなら俺が適任です」

「馬鹿だね、君は。本当に真っ直ぐな男だよ。だから、手を貸したくなる」

「なら、あなたが味方になってくれると? この計画に協力してくれると言うんですか?」

「協力は出来ないよ、私は守る側だからね。でも、君の事を助けたいと思っているよ」

「馬鹿な! それなら何でもっと早く、助けてくれなかった!」

「すまない。私にも力の限界があるからね」

「そんな事は無い! あんたなら・・・」


 深山は悔し気に顔を歪ませた。逆立ちしても敵わないと思った男の、そんな言葉は聞きたくなかった。計画において最大の障害になるのが、三島だと思っているのだから。

 怒りの余り、三島は背中に隠した右手を少し動かす。それは、鵜飼へのサインである。しかしその行動は、三島に読まれていた。


「無駄だよ、深山君。東郷君には敵わないが、私もそこそこ腕に覚えが有る。そこに隠れた誰かが、私を狙おうとも、簡単に躱してみせるよ」

「なっ!」


 深山が驚くのも無理はない。情報は遼太郎から得ているのだろう。それでも、見えない所から攻撃されれば、避けられるはずは無いのだ。どれだけ感が良くてもだ。

 ゲートの中に潜んでいた鵜飼にも、三島の言葉は聞こえている。そして、三島の視線は一点を見据えている。そう、決して見えないはずの自分を、その位置を特定しているのだ。鵜飼は三島に怖れを抱き、動けなくなっていた。


「東郷君は、油断したんじゃない。君を信じていたから、隙が出来ただけだ。同じ事が、二度も通用すると、思わない事だよ」

「くそっ。どいつもこいつも、化け物ばかりだ!」

「悪いね。私の住むのは、化け物にならなければ、戦っていけない世界だ」


 不意すら突く事が許されない。そんな力の差を感じ、深山はただ睨め付けるしか出来なかった。そんな深山を見据え、三島はゆっくりと口を開いた。


「さて、少し種明かしをしようか」


 三島健三は、能力者ではない。では何故、鵜飼の位置を特定したのか。

 簡単である。それは、遼太郎の報告を聞いていたから。遼太郎の報告では、ゲートが開いたのは二回。三堂を回収する時と、喫茶店の中である。

 そして今、深山は危険地帯にいるのだ。辺りには深山の車が無い。慎重な行動を取って来た深山が、万が一の逃走手段を用意しない筈がない。そうなると、深山を直ぐに回収出来る様、誰かが近くに待機していると推測するのが妥当であろう。


 位置がわかれば、後は距離と速さを考慮すれば、避けるタイミングなど直ぐに計算が出来る。三島は、遼太郎ほどの達人ではない。死角から不意を突かれれば、攻撃を避ける事は出来ない。

 瞬時に状況を判断し、行動を起こす事が出来る三島だからこそ出来る、ブラフなのである。


「一応、言っておくよ。三堂君は無事だ、能力は消滅したけどね。彼には知己の弁護士をつけるつもりだ。協力的な姿勢を見せてくれるなら、情状酌量が認められるかも知れないね」

「三堂は、何も知らない。奴から情報を得ようとしても無駄だ。それを俺に聞かせて、あんたは何がしたい!」

「いや、何も。強いて言えば、君が気にしていると思ったからだよ」

「冗談じゃない! 俺は奴を切り捨てたんだぞ! そもそも、あんたは何をしに来た! 俺を説得出来ると思ったか? ふざんけんな! それとも俺を捕まえて、一件落着か?」

「説得に応じるつもりがないなら、今の君をどうこうする気はないよ」

「だったら何を!」


 次第に深山の声は、大きくなっていった。通行人が振り向く程に。往来で、怒声を上げる深山は、通行人には異様に映っただろう。しかし深山は三島を目の前にし、他人の目線を気にする余裕が無くなっていた。

 そんな深山を冷静に見つめる三島は、静かにゆっくりと口を開く。穏やかなトーンの声で語り始める、しかし瞳は獲物を狙う目に変わっていた。


「君は私の敵になるんだろ? でも、些か肩透かしを食らった気分だよ」


 その言葉で、深山の怒りは頂点へと達した。そして能力を発動させようとする。


「やっても無駄だよ。君は心の奥底で、私を恐れてる。本能的に、私を上に見ている。そんな状態でどんなに頑張っても、君の能力は私には通じない」


 深山は言い返す事が出来なかった。

 三島に恐怖を抱いているのは、指摘された通りである。三島と対峙していると、真っ暗で奥が先が全く見えない暗黒、光の届かない深海、そんなものを覗いている気分になる。

 怯えて吠える犬の様に、今の深山も怒鳴り散らすか、睨め付けて虚勢を張るしか出来ない。


「我々と事を構えるなら、強くなりたまえ! 君の信念を貫き通したければ、強くなりたまえ!」

「何を言って!」

「そうでなくては、戦い甲斐がない。強くなった君を叩きのめし、我々は君を救う!」

「言ってる事が滅茶苦茶だ!」

「そうかも知れないね。でも、君は敗北者のままでいられるのか? 世界を変える? 馬鹿な事を! 今の君じゃ無理だよ! 東郷君から尻尾を巻いて逃げ出す君にはね。悔しければ、前を向け! 次に君と会うのが、戦場だと期待をしている」


 それだけ言うと、三島は深山に背を向けて歩き出す。三島は悔し気に顔を歪ませ、噛みしめた唇は切れ、血を流していた。


「革命? 確かにな。それが世界に取って必要ならば」


 三島は振り向く事なく歩みを進める。小さく呟かれた言葉は、車の騒音に消されて、誰にも伝わる事は無かった。


 本当に正しい事が何か、本当に必要な事が何か、それは限られた少数の者達だけで決める事ではない。答えは世界が決める。それは明確な意志として、大きな渦になる。世界が革命を求めているなら、彼らの起こす行動は、必ずそのきっかけとなるだろう。


 三島は敢えて深山を焚きつけた。期待を籠めて。

 彼らもまた、この世界を支える一人なのだから。

 そしてゆっくりと歩きながら、来る戦いを見据えて闘志を燃やした。

 三島もまた、戦場を生き抜いてきた戦士なのだから。

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