第353話 サイバーコントロール ~能力者の行く末~

 本来ならば、語るべき事ではないのかもしれない。特に能力者ではない、三島と佐藤には。

 だが三島は納得はしまい。それに曖昧にしていても良い事ではない。

 威圧感のある三島の鋭い眼光を眺め、ペスカは溜息を零した。


「で。三島のおじさんは、どこまで知ってるの?」

「私が知っているのは、東郷君から受けた報告だけだよ。後は推測だ」

「アルキエルの事も?」

「そうだよ。アルキエル君の場合は論外だけどね。銃弾を受けて傷一つ負わない人間なんて、いやしない」

「ちょっと待って下さい、三島さん。まさか、あの八王子の大災害も、関係してるなんて事は無いですよね」

「いいや、佐藤君。有り得る話しだよ。あれは正しく大災害だ、にも関わらず死者がゼロ。そんな事は有り得るかい? この事件と前後する様に、異能力を持つ人間が現れた。これも有ってはならない事態だ。そうだろ? この世界では起こり得ない事態が発生したなら、こことは違う世界から、何等かの干渉を受けたと考えるしかない」

「それに、この子が関わっていると?」

「あぁ、異界の旅行者との間に生まれた冬也君。また、異界からやって来たペスカ君。この兄妹を中心に事件は展開している。だからこそ聞きたいんだ。私の推測じゃなくて、真実をね。特にこの先、能力者に未来が有るのかをね」

 

 ペスカと冬也は、アルキエルと同質の存在であると、三島は想定していた。

 三島は幼い頃の二人を知っている。だからこそ、現在の二人との違いがわかる。若しくは様々な修羅場を乗り越えて来た三島だから、理解が出来る感の様なものかもしれない。

 

 佐藤は、冬也の事を良く知っていた。

 暴力団の事務所に単身で乗り込む中学生。そして、組員を全て叩きのめす。こんな事はざらに有った。何度、冬也が起こす事件を揉み消したかわからない。

 しかし、ペスカと会ったのは、新宿警察署が初めてであった。それ以降、何度もペスカには驚かされた。インビジブルサイトのトリックを簡単に暴き、麻薬取引増加問題を解決する為の中核となったのだから。

 

 ただのやんちゃ坊主と、頭の良い少女ではない。それは理解しているつもりである。しかし、異世界と言われても、荒唐無稽だとしか言いようがない。尚更、一連の事件の根本に、彼らが関与しているなどと、普通に考えても馬鹿らしいと思うはず。


 ペスカ達の事情に疎い佐藤の考えは、ごく一般的であろう。だが、三島は彼らを一連の事件を関連付けた。それは何故なのか。三島の言葉に誘導される様に、佐藤の眼つきも変わっていった。


 二人の真剣な表情を受け、ペスカは遼太郎を見やる。しかし、遼太郎はただ黙って頷いた。自分で話せと言わんばかりに。

 そしてペスカはゆっくりと語りだす。


「三島のおじさんの言う通り。この世界に有ってはならない能力なんだよ。本当はね、全て消してしまった方が良いの」


 以前ペスカは、空、翔一、美咲の三人に、能力の危険性について語った事が有る。

 能力とは、劣等感やトラウマの様なマイナスの感情が、邪神ロメリアの植え付けた悪意の種と結び付き、肥大化して発現したものだと。

 元を辿れば、能力とは邪神の力なのである。


 では、邪神とは何か? 

 それは、世界を構築するシステムの一つである。

 人間に関わらず、亜人や魔獣、動植物に至るまで、生物が生きる上で欲は必須である。しかし、それが過ぎれば、欲望は世界を壊す。そして世界を守る為のシステムとして、邪神が存在する。

 邪神は世界に満ちるありとあらゆる悪意を取り込み、力を増していく。そして集めた悪意毎、存在を抹消させられる。

 ただこれは、あくまでも異世界ロイスマリアでのケースである。


 地球にもこれに似た逸話が存在する。アルマゲドンやラグナロクである。片や善と悪の戦い、片や神々の戦争と内容は異なれど、世界の終末を予期した物語。類似する逸話と、ロイスマリアでの世界の浄化は、似て非なる物だと言えよう。

 ただし行動の結果次第では、地球でも終末が訪れる可能性も有るだろう。


 ロイスマリアでは、ペスカと冬也を中心に世界中の者達が力を合わせる事で、災厄を退けた。では、地球の場合はどうか。ロイスマリアと全く同じ災厄が起こるとは限らない。しかし、邪神ロメリアの植えた種が成長を続けた場合は、その限りではない。


 その種こそが、能力なのである。


 事実、三堂は能力を暴走させ、モンスターと化した。これが、能力者が能力を使い続けた場合に起きる、可能性の一つなのだ。


 特に深山の能力は、危険である。

 例えば深山が能力を使い、多くの人間を支配したとしよう。同時に多くの人間から悪意が集まったとしよう。その場合、深山はどんな変化を遂げるのか。

 どれだけ強靭な精神力を持ち合わせていたとしても、数千数万の人間から悪意を集めれば、それに呑まれて狂気する。

 深山の狂気は、支配された側にも伝染していくだろう。それは邪神誕生のシステムにも近い状態になる。その結果は語るまでもなかろう。


 本来であれば、分不相応な力は取り除いた方が良い。ましてや根源となっているのは、邪神の力なのだから。制御できるならまだしも、制御方法すら知らない者が多いだろう。

 能力を便利な力だと簡単に考えてはならない。これは身を滅ぼし、果ては世界を滅ぼしかねない力なのだ。


「そうすると、能力者には未来が無いと言うのかね」

「違うよ、三島のおじさん。能力者としての未来は無いけど、人としての未来はある」

「それは、能力者から能力を消すと言う事かい?」

「そんな面倒な事は、この世界では出来ないよ。強いて言えば全員、私の眷属としてロイスマリアに連れて行くとかかな」

「それは、異世界を危険に晒す事にならないか?」

「そうとも言い切れないよ。ロイスマリアに戻りさえすれば、私が時間をかけて浄化するからね」

「何故、浄化はこの世界では出来ないんだい? 能力者から能力を切り離す事は出来ないのかい?」

「勘違いして欲しくないんだけど、能力はその人のマナと結び付いてるから、簡単には除去出来ないよ。物理的に消去したければ、能力者を殺す事だね」

「随分と物騒な事を言うね。君達の力が有れば可能じゃないのかな?」

「それは、止めた方が良いと思うよ。なにせ、私達が本当の力を使ったら、この世界に影響を及ぼすからね。能力者どころの騒ぎじゃないよ。ラグナロクを起こしたいなら、話しは別だけどさ。私達とこの世界の神々がガチで戦ったら、地球は生物の住めない星になるよ」


 質問を続けてきた三島も、流石にペスカの言葉で青ざめた。

 ペスカの言葉は、自分達が地球にいる事自体が問題だと言っているのである。その言葉は、アルキエルの戦いぶりで、真実味を帯びているだろう。あれで、力を制限していると言うならば。

 ペスカは辛らつに、能力者の殺害を示唆した。それが確実な方法なのだろう。しかしそれならば何故、彼らは力を制限してまで地球で奮闘している。能力者を助ける方法はまだ有るのではないか。

 三島は一縷の望みを抱いて、ペスカに質問を続けた。


「他に方法は無いのかな?」

「あるとすれば、空ちゃんと翔一君の例かな。二人はロメリアから与えられた力で、ロメリアに反抗したんだ。その時点で、邪神の制御下からは外れてる。どれだけ能力を鍛えようが、世界に災厄を齎す事はないよ」

「少しややこしいな。それは、自身のコンプレックスを乗り越えて、他者の悪意に晒されても問題ない、強靭な精神力を身に着けろってことかな?」

「う~ん、間違いではないけど。精神論で片づけるのは、凄く難しいよ。重要なのは、己の中に眠る邪神の種を否定する事かな。拒絶と言ってもいいけどさ」

「具体的にはどうすれば良い?」

「そこまではわからないよ。真っ当に努力すれば良いじゃない? 若しくは、能力に頼らないとかね。誰かの為にっていう善意でも良いとは思うけど」

「それは力の根源を、再定義するって事かな? 邪悪な力ではなく、善良な力に変更する様に」

「概ね間違いでは無いよ。これ以上の方法は、自分達で考えてね。考えが纏まらなければ、問答無用で全員ロイスマリアに連れて行くよ」

 

 実際に能力とは、過度な力である事は間違い無いのである。本来この世界に無い力は、消し去った方が良い。消し去る事が出来ないならば、排除すれば良い。引き取り手がいるのだから。


 無責任と思われようが、それが一番安全なのだ。


 しかし三島は、眉根を寄せて考え込む。何が一番良い方法なのかを。だが簡単に答えは見つからない。

 そんな三島を察してか、ペスカは話題を切り替えた。


「ところで三島のおじさん。忙しいのに、わざわざこれを聞く為だけに来たんじゃないよね?」

「あぁ、勿論だとも。君達にお願いしたい事があってね。それと今後の方針も打ち合わせしたいし」


 そう語ると、三島はそれまでとは一変する様に、柔らかな視線で周囲を見渡した。 

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