第343話 ヴァンパイア ~反撃~

 早朝で車どころか、人通りもまばらな事が功を奏したのだろう。予定以上の速さで、遼太郎の車は事務所に近づいていく。助手席には翔一が座り、局員達のGPS信号を拾うおうと、車載機器の操作を続けていた。


「翔一、GPSは捉えたか?」

「まだです。これも例の能力者でしょうか?」

「そうだろうな。くそっ!」


 遼太郎は、事務所の防衛を疎かにしたつもりはなかった。侵入はおろか、通信妨害においても。特にネットワーク系統に関する一切は、林が担当をしており、通常の手段では到底破られる事はない。


 三島が特霊局を立ち上げ、局員がまだ遼太郎一人だった頃の事である。三島が二人目の局員にしたのは、霊能力者ではない林であった。

 アメリカのFBIやCIAを始め、ロシアのFSB等、各国の諜報機関にハッキングをしかけた重犯罪者。ハッキングをしたにも関わらず、足跡すら残さない伝説のハッカー、それが林であった。


 そんな達人級の男が、特霊局のセキュリティを構築していたのだ。ハッキングをしかけられる事を前提とした対策をしているはずである。それが例え、能力者の仕業であったとしてもだ。

 そして林にもペスカが作った護符は渡されている。林はそれを利用し、ネットワーク外のセキュリティにも力を注いでいた。そもそも、通信妨害を仕掛けれたとすれば、林に気付かれないのがおかしい。


 防衛の要はもう一つ、安西である。安西は、遼太郎が教えた武術以外に、逮捕術にも秀でている。

 能力者に対しては、能力者でしか対抗出来ない。それは、厳密には少し誤りがある。物理的な干渉の出来る相手ならば、能力者にも攻撃は届く。インビジブルサイトの様に、姿を隠せる能力などが稀有なのだから。

 例えば、雄二の様に炎を操る能力者に対しても、火傷の痛みを我慢すれば、殴る位は出来る。


 最後の一つは、霊能力者のエリーである。彼女は霊視能力以外に、生まれもってサイコキネシスと呼ばれる超能力を備えている。特にサイコキネシスの力は強く、軽自動車程度なら軽く持ち上げる。戦闘経験こそ無いものの、彼女が能力者を相手に倒される事は考え辛い。

 あくまでも、人的資源に基づいた構成であるが、一線級の者達が顔を揃えているのだから、そう簡単に事務所が落とされる訳が無い。


 だが状況は、遼太郎の予想を遥かに超えていた。そして、ようやく繋がった電話から、事態の深刻さを知らされた。

 それは寝起きの為、後部座席でウトウトしていたペスカの目を、完全に覚まさせる程であった。


「エリーさん! エリーさん! どうしたんです? エリーさん! 答えて下さい!」


 突然、声が途切れた事で、翔一はスマートフォン越しに大声を上げる。しかし、その直後に応答したのはエリーではなく、聞き覚えのない男の声だった。


「どうした翔一! エリーに何かあったのか?」

「何者かに襲われました!」

「場所は?」

「ここから直ぐ近くです。GPS反応が有った場所へ、誘導します」


 タイヤから煙が出しながら、車は急旋回をする。翔一の誘導で車を飛ばし、タイヤを鳴らしながら猛スピードで曲がり、路地へと侵入する。

 路地に入った瞬間、その光景は飛び込んで来た。倒れている三人の男女、その脇には一人の男の姿。そして男は、遼太郎の顔見知りでもあった。


「三堂・・・。何でてめぇが!」


 ぼそりと呟くと、遼太郎は更に車のスピードを上げる。まるで、そのまま車で突っ込み、男を引き殺さんとするかの様に。しかしそれは、アルキエルによって止められた。


「落ち着け、ミスラぁ。奴らはまだ死んでねぇよ。お前は奴らを拾って、事務所とやらに向かえ! ここには、いつだか見た若造がいねぇ。全員の救出を優先しろ!」


 アルキエルは、遼太郎を落ち着かせようと、左肩をグッと握る。そして、追い打ちをかける様に、寝ぼけまなこのペスカが呟いた。


「パパリン。多分だけど、あの男は異様だね。ここはアルキエルに任せて、私達はみんなの確保を優先しよう。翔一君は念の為に、あの男にマーキングしといてね。安西さんは、事務所なんだと思うよ。急がないとヤバイ気がする」


 両名の言葉に、遼太郎は首を縦に振ると、車を急停止させる。それと同時に、後部座席のスライドドアが勢いよく開かれ、アルキエルが飛び出す。アルキエルは、大きくジャンプする様に飛ぶと、男の背後へと着地した。

 男の注意がアルキエルに向いた瞬間、遼太郎と翔一は倒れた三人を、素早くワゴンの座席に詰め込む。そして、再び乗り込むと、勢いよく車を発進させた。


「へぇ。凄いねぇ。凄いよ、流石だねぇ。良い連携だぁ。それで化け物君は、僕に何の用かな? 僕は、化け物なんかに興味は無いんだけどねぇ。もうお腹もいっぱいだし、帰らせてもらえないかなぁ」

「ガキ如きが、舐めた口を叩くんじゃねぇ。戦いってのは、やるかやられるかだろうが。それでも怨嗟は無くならねぇ。それが人間の性だ。ぬるい事を言ってねぇで、かかってこいよガキ」

「へぇ。化け物のくせに、難しい事を知ってるんだねぇ。偉いよ、偉いねぇ。でも、今の内に手を引く事をお勧めするよぉ。僕の能力を知ってたなら、尚更だよぉ」

「それは、俺に言ってやがんのか? 馬鹿かてめぇは!」

「そう来るのかい? チンピラ風情を何匹倒した所で、強いと思い込んじゃてるのかい? 可哀想だねぇ。あぁ可哀想だよ。仕方ないから、デザートを追加するとしようか。まぁ、デザートは別腹って言うしねぇ」


 男の能力が何か、アルキエルは既に見極めていた。一見すると優男である。腕力も無く、脚力も無い、一般人以下の男。しかし、体内には巨大なマナを溜め込んでいる。どういう仕組みか迄はわからないが、恐らく倒れた三人から奪ったのだろう。それが、男の能力だとすれば、例え遼太郎でも手に余る。


 遼太郎の神気は、アルキエル達と違って封じられていない。言い換えるなら、この世界に影響を及ぼさない、仮に影響を及ぼしたとしても極小範囲で収まると考えられているのだ。事実、冬也に力を渡して、神気はほとんど残されていない。今の遼太郎は、少し特殊な力を持っている人間と、然程変わりがない。

 相手が厄介な能力を持っている。だからこそ、アルキエルは遼太郎を戦いから遠ざけた。


 この状況で、三堂と対峙出来るのは、恐らくアルキエルだけであろう。アルキエルは、人間として生まれ神へと至ったのではない。人間達の感情を受け、神として生を受けたのである。その肉体は、人間を模して神気で作った紛い物。四肢を失おうと、神気が残っている限り、幾らでも再生が出来る。

 そして神気を持たぬ人間が、神を傷付ける事はあっても、消滅させる事は出来ない。仮に力の根源が、邪悪から生まれ出でたものだとしても。


 対する三堂は、会話を引き延ばしながら、逃げる算段をつけていた。目の前の化け物を相手にするには、力が足りない。後、数人の能力者から吸い取れば、対抗出来るかもしれない。自分は、相手の力量もわからずに、戦うほど馬鹿じゃない。

 ただ、その認識は間違っている。三堂がアルキエルに対して、漠然と感じていたのは、相性の悪さである。グーとパーではパーの勝利が覆らない、ジャンケンの様に。


 そして、自分の事を賢い人間だと思う者程、見過ごしがちである。三堂も他に漏れず、大きなミスを犯している。

 それは、特霊局の事務所を襲撃した事か? 否、それは一番ではない。三堂が犯した最大のミスは、逃げる手段を残して置かなかった事だろう。そして、遼太郎達が到着する前に、全力で逃げなかった事だろう。それは、三堂自身が一番よく理解をしていた。


「はぁ、鵜飼君を待機させておけば良かったねぇ。後の祭りだけどさぁ。仕方ないかなぁ。赤腕の鬼に勝てるかもなんて、馬鹿げた事を考えちゃったんだからさぁ」


 まさに三堂の言葉通りである。アルキエルと対峙した瞬間に、三堂の運命は定まった。


 そして先に動いたのは、アルキエルであった。アルキエルが一歩を踏み出した瞬間に、三堂はアルキエルの死角へ回り込む。そして、アルキエルに背を向けて、全力で走った。力を吸い取った三人、その内一人は能力者だった。これまで貯めた分と合わせて、何とか逃げ切る。三堂はそれに賭けた。


 しかし、アルキエルはそう甘くはない。基本的に、戦う意志の無い者には、興味が無い。しかし、勝てる勝負しかしない甘えた者を、みすみす逃す事はない。

 アルキエルは、直ぐに三堂へ追いつくと、逃げ道を塞ぐ。そして、アルキエルの拳が放たれる。加減に加減を重ねた様な、威力の無い拳が。

 この瞬間、三堂は人生において、最大の過ちを犯した。


 アルキエルの力を加減した拳を、三堂は受け止められると考えてしまった。そして受け止めたが最後、力を吸収し自分の物にしようと考えてしまった。逃げる事を止め、反撃のチャンスを見出してしまった。

 それが間違いだと気が付かずに。


 アルキエルの拳を受け止め、三堂は力を吸収し始める。だが次の瞬間、三堂は苦しみだした。のたうち回る様に、三堂はゴロゴロと道路を転がる。

 喉は焼け、胃は爛れ、皮膚は溶け、目は抉られ、筋肉は軋み、骨という骨がバラバラになる。痛みの余り思考が鈍り、目が虚ろとなり、意識が遠のいていく。


 ごく稀に、親和性の低い者へ、無理やり神気を与えようとした場合、この様な現象が起きる。三堂の場合は、それとは少し異なる。アルキエルの神気が、三堂に取り込まれまいと暴れているのだ。

 アルキエルは、わかりきった事と、冷めた目で三堂を見下ろしている。そして、三堂に興味を無くしたアルキエルが、少し視線を逸らした時であった。

 突然ゲートが開き、三堂の体が吸い込まれる。三堂の体を回収すると、ゲートは素早く閉じた。

 アルキエルならば、三堂の回収を阻止する事も出来たであろう。しかしアルキエルは、そうしなかった。

 

「俺が、どれだけの神格を取り込んだと思ってやがる。全部戦いの神のもんだぜ。そこいらの人間に、俺の神気が扱える訳がねぇだろうが。まぁ、その痛みに耐えて取り込めたなら、もう一度相手になってやるよ、ガキ」

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