第321話 新たな日常 ~挨拶と街ブラ~

 朝食を終え、簡単な打ち合わせも終えたペスカ達は、TVをつけて朝のニュース見ながら、少しリビングで寛いでいた。

 初めてTVの存在を知ったアルキエルは、興味津々といった様子で、カラクリに興味を示してた。

 どのチャンネルをつけても、昨日の事件を報道しており、騒ぎが広がっている事が理解出来た。当事者であるペスカ達は、ニュースに対し敢て言及しなかった。しかし、日本全国に報道された事により、国民の危機感を無用に煽った事には、一同が不満を感じていた。

 暫く寛いだ後、ペスカは徐に口を開く。


「これから、近くの神社に行くよ」

「ペスカ様、それは神同士の話し合いでしょうか?」

「まぁそうなるね」

「それなら、私は遠慮させて頂いた方が宜しいでしょうね」

「そんなに固く考える必要は無いと思うけど」

「ペスカちゃん。私は講義があるから、付き合えないけど良い?」

「問題ないよ、空ちゃん。そうだクラウス。今日は、空ちゃんの護衛を頼める?」

「畏まりましたペスカ様」


 話がまとまると、空は一度自宅へ戻る為に、クラウスを連れて東郷宅を後にする。ペスカ達も後を追う様に外に出て、神社へと向かった。

 東郷宅から神社へは、大した距離ではない。住宅街を抜ければ、直ぐに着く。見慣れた光景に、懐かしさを覚えるペスカと冬也。それに対しアルキエルは、歩いている最中ずっと、辺りをキョロキョロと眺めていた。

 石や煉瓦を用いたロイスマリアの建築と、木造を主体とした日本の建築は明らかな違いがある。異なる文化の違いを肌で感じ、アルキエルは興味津々といった様子であった。


 程なくして神社へ辿り着くペスカ達。鳥居をくぐった瞬間に、辺りはピリピリとした空気に変わった。それはまるで、本殿にいる土地神の緊張が、伝わって来る様だった。

 拝殿を迂回し本殿へ向かう。すると、慌てた様に土地神が顕現した。受肉をしていない為、表情まではわからいないが、もし人間であれば顔面蒼白になっていたに違いない。

 だが、ピリピリとした空気は、土地神がペスカと冬也を認識した時点で、ほんの僅かに緩和する。次の瞬間に土地神は、腰を抜かした様にへたり込んでいた。


「どれ程の神が顕現なさったのかと思ったが、其方らか。何をしに来た! 即刻立ち去れ!」

「ちょっと! そんな言い方、酷くない?」

「其方らのせいで、八百万神がこぞって姿を隠しおった。其方らはそれでも神気を抑えてるようじゃが、力の弱い神々には影響を与えるのじゃ。即刻、元の世界に戻れ!」


 土地神は一方的に捲し立てた。それは、土地神自身がペスカ達に、恐れを感じているからでもあろう。ペスカと冬也は無論の事、アルキエルでさえ威嚇をする様な態度を取っていないのにも関わらず。

 そもそもペスカ達は神の一員として、地元の神へ挨拶に来ているのだ。それ自体は、かなり良識的な行動であろう。しかし碌に挨拶も出来ず、追い返される様な始末に、アルキエルの怒りが爆発した。


「おい三下。てめぇ何か勘違いしちゃいねぇか。俺らがわざわざ、てめぇみてぇな格下の所へ挨拶しに来てやったんだ。出迎えるのが普通じゃねぇのか?」

「挨拶など、いらん気遣いじゃ!」

「ならてめぇらの国が、大変な事になっても無関心て事かよ、あぁ?」

「それは、其方に関係のない事じゃ。そもそもが、其方らの世界から来た邪悪が原因じゃ。我らも大神様も関わる事ではない!」

「あくまでも我関せずって事か? なら、てめぇの親に合わせろ! 直接、話をつけてやる」

「愚かな事を! どれだけ無礼な事を言っているのか、わかっておるのか?」

「無礼はてめぇだ馬鹿野郎! ロイスマリア最高神の息子で有り、最強と謳われた神が、わざわざ会いに来てんだ! てめぇみてぇな木端と格が違うだろうが!」


 アルキエルの語気が強まり、段々とエスカレートしていく。予想外の展開に、ペスカは冬也に視線を送る。冬也は頷くと、アルキエルの肩を軽く叩き、アルキエルの前へと進んだ。

 このままでは、神社へ訪れた意味が無くなる。冬也は柔らかな物腰で、静かに口を開く。それは少しでも土地神の警戒を解こうとした、意思の表れだったのだろう。


「なぁ爺さん。俺達は喧嘩しに来たんじゃねぇんだ。この国に起きる事態を解決しようと思ってんだ。取り付く島も無いなら、話になんねぇんだよ。普通、話し合いってもんは、妥協点を探す事が重要じゃねぇのか? それもせずにただ突き放すのは、良策とは思えねぇな」

「此度の件、本をただせば彼の邪悪に起因する。しかし現実に起きる問題とは、本質が異なる。人間の内に潜む闇が、負の遺産を増大させた。問題なのは、矮小な人間の方だ。其方らの役目は、彼の邪悪を元世界に送り返した時点で済んでいる」

「だからって放っておけるかよ」

「そうだよお爺ちゃん。別に手伝って欲しいなんて要求する気は無いの。私達がこの世界で活動する事は、少なからず色々なものに影響を与えるでしょ? でも、私達は引く気はないの。だからね、私達はちゃんと話し合いがしたいの。お爺ちゃんがそんな態度だと、私達も自分達の流儀でやるしかなくなっちゃう」

「確かに其方の言い分は、筋が通っておる。しかし、我ではどうにもならん」

「ならアルキエルが言った通り、爺さんより上の奴と話をするしかねぇだろうが。それとも、俺達じゃ役不足か?」


 土地神が冬也を凝視する。既にわかっていた事である。目の前の三柱からは、制限されていても尚、強大な力の存在を感じる。思わずひれ伏したくなる感情をぐっと堪え、土地神は冬也に答えた


「直ぐにとはいかん。いずれ、話す機会を作ろう。だから、今日は引き返せ」

「いずれ? てめぇ、神の時間で計るんじゃねぇぞ!」

「この者は、其方の眷属であろう? なぜ、一々突っかかって来るんじゃ」

「まぁこいつは、戦いの神だからな。怖けりゃ、護衛を付ける事をお勧めするぜ。それこそ、てめぇら全員縛り上げて言う事を聞かす位、訳ねぇんだからよ」


 冬也の言葉に、一瞬にして土地神が縮こまる。アルキエルに脅され、冬也に助けを求めても更に脅される始末。この三柱の前では、己の存在が意図も簡単に消滅する事を、土地神は肌で感じていた。


 ここまで碌な会話が出来ず、溜息をもらすペスカ。冬也に視線を送り帰る事を促す。そしてペスカ達が振り向き、神社を後にしようとした時、土地神は零す様に呟いた。


「なぜ其方は、人間の見方をする? 人間は、たかが数十年しか生きられない生物、己の住まう地を汚す事しか出来ない生物なのだぞ。滅びても構わんじゃろ? それが大地の為じゃ」

「あんたら神が、そんな事を言ってるから、この世界は良くならねぇんだ」

「其方も神じゃろう?」

「馬鹿言うな。俺は人間だ! 日本人だ!」


 つい、土地神の本音が零れたのだろう。冬也は少し呆れた様に答え、一同は神社を後にした。結局、格が高い神との対話が出来るチャンスを得た。だが、ほとんど無駄足に終わり、一同には些かの不満が残る。


「まぁさ、今回は仕方ないよ。せっかく外に出たんだし、買い物したり美味しい物食べて帰ろうよ」


 少し重くなった雰囲気を変える為に、ペスカは冬也とアルキエルに提案をした。ペスカの心配りに、冬也達は笑みを浮かべて頷いた。

 善は急げとばかり、駅方向へ一同は歩みを進める。久しぶりの街探索に、ペスカは少し浮かれた様にステップを踏んでいた。楽し気に見えるのは、ペスカだけではなかった。これから何が待ち受けるのか、アルキエルも心なしか浮かれている様に見えた。


 駅に着くなり、アルキエルには驚きの連続が訪れた。券売機、改札、そして初めて乗る電車。初めて尽くしの体験に、アルキエルは子供の様にはしゃぐ。また、べったりと車窓に顔を付け外の景色を眺めている姿は、傍から見れば旅先で浮かれている外国人観光客にも見えただろう。


 道中のアルキエルは、改札の仕組みから電車の構造に至るまで、ずっと質問をしていた。ペスカはアルキエルの質問に対して、一つ一つ丁寧に答える。冬也とは違い、アルキエルは頭を働かせる事を苦手としていない。最後の方には、電車に供給される電力の仕組みにまで質問が発展した。


「なぁ、アルキエル。電車が気に入ったのか?」

「そうじゃねぇよ冬也。ロイスマリアで、ペスカが何を目指しているのかが知りてぇんだ。ペスカの知識はこの世界から来てるんだろ?」

「まぁそうなるね」

「ペスカぁ。あの混乱から数年でロイスマリアは大きく変わった。でもな、それが必ず正しい変化とは、誰も言い切れねぇだろ?」

「確かにアルキエルの言う通りだよ」

「もし世界に悪影響を及ぼすなら、俺はペスカが作り上げる文明を破壊し尽くすぜ。だがよぅ、どの文明にも長所と短所は有るもんだ。ちゃんと根本を理解しなければ、善し悪しは判断出来ねぇだろ?」

「って事は、アルキエルは私に協力する気マンマンって事だね」

「せっかく面白くなってきたんだ。あのまま、中途半端に終わらすなんて、勿体ねえぇだろうが」


 冬也とペスカが、既にアルキエルを家族として思っている様に、アルキエル自身もまた冬也達をかけがえのない存在だと感じているのだろう。歯に衣着せぬ物言いをしても、家族の為に立ち回っている。それは、アルキエルの大きな変化であろう。

 冬也は終始笑顔を絶やす事なく、アルキエルを眺めていた。 


 数駅を過ぎて、幾つかの路線が集中する目的の駅へと辿り着く。地元の駅よりも大きな改札を抜けると、辺りにはは大きなビルが立ち並ぶ。そこはかつて、ペスカと冬也が良く訪れた街。その懐かしさに、思わずペスカはくるりと一回転した。


「ここに来たら、やっぱりヤマトベーカリーのふかふかパンだよね!」

「ペスカぁ。なんだそりゃ、食い物か?」

「そうだよ。超美味しいの!」

「なら、食わせろ!」

「まぁ待て。親父から当座の生活資金は貰ってる。今日はお前にとっておきを食わせてやる!」


 満面の笑みで話すペスカと、話の中に出て来たパンに興味を示すアルキエル。しかし冬也は、余裕たっぷりの大人を気取り、自分の胸をドンと叩いた。

 

 冬也を先頭にペスカとアルキエルは、街並みを進んでいく。駅から数分ほど歩いた所に目的地は有った。

 少し古びた暖簾には寿しの文字、暖簾をくぐり店内に足を踏み入れると、カウンター越しから威勢の良い声が響いてきた。 


「らっしゃい! ってなんだてめぇ、冬也じゃねぇか! 急にいなくなりやがって! 何してやがった!」

「色々有りまして。心配かけてすみません」

「てめぇの事だ、どうせ妙な事に巻き込まれたって所だろ? それで、今日は久しぶりに手伝いに来たのか?」

「違います親方。今日は外国の客を連れて来たんです。お勧めを頼んます」

「おぅよ、任せとけ! おい政! こいつらを座敷に通してやれ!」

「わかりやした」

 

 親方と板前の気風の良いやりとりに、流石の冬也が押され気味になる。三十半ばだろうか、風格の有る板前が冬也達を案内した。


「冬也、元気そうでよかった。お前が突然、手伝いに来なくなったから、親方は随分と心配してたんだぞ!」

「すみません、政さん」

「それは、俺じゃなくて親方に言ってやりな」

「はい、わかってます」

「ところで外国のお客人。寿司は初めてですか? 苦手なものが有りましたら、お聞きします」

「特にねぇ。ただよぉ、冬也の奴はとっておきって抜かしてやがった。うめぇんだろうな?」

「勿論、気に入って頂ける様、精一杯務めさせて頂きます」


 雑談を交わしながら、冬也達は座敷に通される。通常営業では、カウンターのみを使用する。座敷は宴会若しくは、特別なお客様が来店した場合にしか使われない。

 ふすまを開けると、やや明るめの畳と壁の色合いが、目に優しく飛び込んでくる。次の瞬間には中央に鎮座する、重厚感の有る漆塗りの座卓に目を奪われる。見渡すと、床の間と掛け軸に心を奪われる。そこは豪華絢爛とは異なる、和室と言う名の美を体現していた。

 美的感覚とは程遠いアルキエルの口から、ほおっと感嘆の声が漏れる。ペスカはスゴっと小声で呟いた。


 座椅子に腰かけて、暫く待つと寿司が運ばれてくる。目の前に置かれた寿司下駄には、カンパチや金目鯛、鱧などの旬の握りが十貫ほど、綺麗に並べられていた。

 ペスカは寿司に手を伸ばそうとせずに、ただ見とれている。勝手がわからないアルキエルは、じっと寿司を眺めていた。

 

 それを見ていた冬也は、食べ方を教えようと、最初に寿司に手を伸ばす。下駄の左上に乗る寿司を親指、人差し指、中指の三本で軽く寿司をつまみ上げ、ネタを少し醤油につける。そして、ネタが下になる様に口へと運んだ。様子を見ていたペスカとアルキエルは、冬也を真似て食べ始める。


「なんだこりゃあ、食った事のねぇ味だ。うめぇ! 最高だぜ冬也!」

「凄くネタが新鮮で美味しいよ。ネタの味がダイレクトに伝わって、ほろっと口の中でほぐれシャリと一体になる。ほっぺが落ちそうだよ、お兄ちゃん」


 口に入れた瞬間に、アルキエルとペスカが満面の笑みを浮かべる。アルキエルはやや興奮しながら感想を伝え、ペスカは寿司をじっくりと味わいながら、感想を述べた。

 最初の一貫で、心を鷲掴みにされたのだろう。アルキエルは、次々と寿司を口に運んでいく。ペスカは対照的に、ゆっくりと一口を噛みしめる様に食べ進めた。

 楽しそうに食事をするペスカ達を見て、冬也は微笑みながら呟いた。


「そりゃ良かった」

「ねぇ、お兄ちゃん。このお店って、掛け持ちしてたバイト先の一つ?」

「あぁ。親方と政さんには、色々と教えて貰った」

「なら、てめぇもこれが作れるって事か?」

「練習はさせてもらったけど、ここまで上手くは握れねぇよ」

「じゃあ、修行しろ!」

「あぁ、そのうちな」


 大満足の昼食を終え、親方と板前に挨拶をし、一行は店を出る。そして、駅方面へと戻りながら、商店街を散策した。

 ただこの時、一行は知らなかった。この街で思わぬ再会を果たす事を。

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