第320話 新たな日常 ~会議~

 喧しく騒ぎ立てるペスカを黙らせ、冬也は翔一に言葉をかける。


「わりぃが翔一。窓を開けて、網戸にしてくれ」

「わかったよ、冬也」


 ダイニングどころか、リビング中に広がった納豆臭を消すために、翔一は窓を開けて換気した。


「にしても、だいぶ大所帯になった気がするね。私の座る場所が無いんですけど」

「ペスカ、お前は俺と一緒に、リビングのテーブルで食え。俺も座る場所がねぇ」


 東郷邸に集まった一同が、がやがやと賑やかな朝食を摂る。そして、食事が終わりに近づく頃に、それまで穏やかな表情で語らっていた遼太郎の表情が一変し、かなり真剣な面持ちへ変わる。


「取り合えずだ。これまでの情報を整理しよう」


 遼太郎の一言で、一同が引き締まる。穏やかな朝食の風景に、緊張感が包んだ。


「これは、俺の直感でしかねぇが。今回の黒幕には、洗脳が出来る能力者がいる」


 昨日の今日で有る。事故を起こした運転手達は、未だに意識を取り戻していない。意識を取り戻せば、精密検査が始まる。しかし結果は直ぐに出はしない。だが、事故の当事者として、遼太郎には確信めいた物があった。特に、自分達が乗るパトカーに追突したトラックが急発進したのは、違和感しか感じない。わざわざパトカーに突っ込み、事故を起こすなど、正気の沙汰とは思えないのだから。


「まだ問題は有る。情報に齟齬が有った事だ。俺はそれにも、別の能力者が介在していると踏んでいる。報告を行った警察官は、佐藤が調査する事になっている。近日中に答えが出るだろう」

「遼太郎殿。洗脳能力者が居るとして、警察内部で既に洗脳を施された者が居る可能性も有るのでは?」

「クラウス。確かにそれも、無いとは言い切れねぇ。俺のはただの推測に過ぎねぇからな。ただなぁ、厄介な事はまだ有るんだ。翔一が突き止めた黒幕一味の能力者、その内一人の能力だ」


 遼太郎の言葉に、居合わせた全員が息を呑む。そして続く説明を待った。突き止めた能力、それを知り得る翔一は、やや緊張した面持ちで口を開いた。


「僕の探知に引っ掛かったのは、コピーとインストールが出来る能力者。情けない事だが、本人の情報までは突き留められなかった」


 翔一は判明した事を細かに説明を始めた。

 一時的に相手の能力をコピーする。オリジナルの能力者より著しく精度が下がる。更に、回数が限定しており、現状では精々五回も使えれば良い方だろう。あくまでもコピーである、使い切れば消滅する。所謂、使い捨てで使用する場合に、コピーという能力を使うのだろう。

 ただ問題はインストールにある。他者の能力を文字通り、そのまま自分の物に出来る能力である。ただ、無尽蔵の能力をインストール出来る訳では無く、自分の体内にストック出来るのは、現在で三個程度。だが、能力が発展する事でストック数は上がるだろうし、ストックした能力には使用制限が無く、精度を高める事も出来る。

 現状、インビジブルサイトの能力は、インストールされた。これにより黒幕達は、人知れずに要人の暗殺をする事も、機密文章を盗み出す事も容易になる。


「なんだそりゃ! かなりやべぇじゃねぇか」

「冬也、お前にしては察しが良い。現に、翔一はこの能力者に命を狙われた。有効な能力者から能力を奪い、オリジナルの能力者を消す事が目的だろう」

「親父! あの小僧を牢屋に放り込んだままで良いのか?」

「それについては、問題ない。あの小僧には、昏睡の魔法と防御の結界を張っておいた。暫くの間は有効だろう。その間に、根本的な解決策を講じなければならねぇ」


 現状で推測する限り、厄介な能力者が黒幕に居る事になる。想像以上の重い事態に口を開く者は無く、リビングには沈黙が訪れた。

 そんな時、思い出した様にクラウスが手を挙げて発言許可を得、己の感じた違和感の説明を始めた。


「結界の術式が書き換えられました。正確には、外部から結界を無理やり破壊する様に感じます」

「なんだそりゃ? そんな事が可能なのか?」

「遼太郎殿。可能か否かで言えば、可能です。少なくともペスカ様なら、私の術式を簡単に破壊出来ます」

「はぁ、めんどくせぇ能力者が、まだ居るって事か?」

「遼太郎殿。それだけではありません。関連性の有無を判断するのは、浅慮かもしれませんが。当事者の少年は、余り能力を使いこなせているとは思えません。そんな少年が仮に暴走したとしても、あれだけ大きな空間の亀裂が生まれるでしょうか?」 

「そりゃ何だ? 能力を意図的に増幅させる奴が居るって言いてぇのか?」

「可能性は大きいかと」

 

 事態は予想以上に深刻である。リビングに集まるほとんどの者が、一斉に溜息をついた。だがこの時、静まり返るリビングで、これまで一言も発せず、これまでの情報を整理していたペスカが静かに口を開く。


「あのさ。先ずは原点に戻って整理しない? 多分、みんなは異能力について、ちゃんと理解してないでしょ?」


 ペスカは語り始める。そもそも、能力者が増えた原因から。

 事は、邪神ロメリアが東京に現れ、力を蓄える為に人間を利用した事から始まる。ただペスカは、皆が重要な事を忘れている気がしていた。


 邪神ロメリアは、何を司る神であったかと言う事である。殺意、嫉妬、狂気、堕落、その他にも様々なものを統合して司る神が、邪神ロメリアなのである。

 その邪神が、力を集める為に必要なのは、当然ながら悪意であろう。人々の奥底に眠る悪意、それを呼び覚ます為に、不特定多数の人々に能力を与えた。

 

 人は誰しも心の奥底に闇を抱えている。その闇が深い人間だけが、邪神ロメリアの影響が消えても、能力を持ち続けたのだろう。言い換えるならば現存する能力者は、相応の力を持っている事になるはずだ。


 そもそも異次元を渡る能力は、神気を持たなければ使いこなせない能力である。更に洗脳に関する能力は、ただの生物には許されざる禁忌である。

 能力を増幅させる技術なら、かつての研究所仲間であるドルクの例がある。ただ、事象を改変する力は、ただの魔法研究家では及ばない神の領域である。

 情報操作の面でも、同様の事が言える。魔法の大家として、ロイスマリアで名を馳せたペスカでも、情報操作の魔法は聞いたことが無い。

 

 人が神の力を執行出来るはずが無い。仮に出来たとしても、それなりの代償が伴う。現存する能力者は、自身の闇を邪神ロメリアに利用された。その闇は広がり、現代社会に順応した能力へと変化していったのだろう。


「それじゃあ、今までの推測はほぼ間違いねぇって事か?」

「概ね間違いは無いと思うよ。パパリンはそれを前提として、これからの作戦を立てた方が良いと思うよ」

「なぁペスカ。兄ちゃんは、ほとんど理解出来なかったけどよ。その洗脳能力者ってのは、何が目的なんだ?」

「お兄ちゃんにしては、良い所を突くね。お兄ちゃん、例えばこの世界の人を、全て意のままに操れるとしたら、どうなると思う?」

「そりゃ、そいつの思い通りの世界になるだろ?」

「うん。それが答えだよ」


 あっけらかんと答えるペスカであったが、その言葉は悪夢でしかない。終始、口を挟めずに話を聞いているだけの空と翔一の表情は、真っ青に変わっていた。

 これだけ悪い情報が重なり、リビング内の雰囲気はかなり重くなる。ただ、その中でも我関せずと、退屈そうに聞き流している者がいた。


「お前ら、何を深刻そうにしてんだ? 別に手が無いわきゃねぇだろ。洗脳だか何だかの奴は、たかが人間だろ? 俺ら神と違って、力の行使をするには、対面しなきゃ出来ねぇはずだ。色々と、怪しい動きをしている奴が居れば、それが本命だろうが」

「アルキエルの言う通りだね。一応捕捉すると、世界中の人を洗脳するのは、物理的に不可能でしょ? そうすると、影響力の高い人を洗脳するのが早いよね。ついでに言うと、世界を自分達の思い通りにしようと思ってるなら、地盤固めが重要だよね」


 アルキエルとペスカの言葉を受けて、遼太郎は黙り込む。暫くの間、考え込む様に目を閉じる。やがて、ゆっくりと目を開くと口を開いた。


「概ね状況は理解出来た。本部に報告してから、捜査方法を検討する。それと空ちゃん、少し窮屈だろうが一人で行動する事は避けてくれ。恐らく黒幕の連中からすれば、空ちゃんの能力は一番厄介だろう。必ず、冬也かアルキエル、若しくはペスカ辺りを連れて行動する事。わかってくれるか?」

「わかってます。それは昨日、冬也さんにも言われました」

「なら良い。翔一、直ぐに事務所へ行って、安西達と合流するぞ。それから、本部に報告だ」

「わかりました、東郷さん」


 話を切り上げる様に、遼太郎は席を立つ。後を追う様に翔一も席を立ち、リビングを後にした。二人を見送った後、恐らく会話の半分も理解していない冬也が、少し眉をひそめてペスカに問いかけた。


「ところでよ。俺達はどうするんだ? 親父の組織を手伝うのか?」

「お兄ちゃん。私達は私達にしか出来ない事が有るんだよ。一応、神だしね」


 その言葉に首を傾げる冬也に、ペスカは言葉を続ける。


「まぁ私に任せてよ。なるべく穏便に済ませる方法を考えるからさ」

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