第318話 新たな日常 ~告白~

 なるべく時間を掛けて戻って来る事! 車を取りに行く際、ペスカはクラウスに指示を与えていた。クラウスは、周囲を見渡すと状況を察して、現場を後にする。現場は、先程のピリピリとした緊張感は、完全に薄れ、穏やかさを取り戻していた。


 市民が避難し、人影が無い繁華街には静けさが広がる。ペスカは、アルキエルの腕を引き、冬也と空から少し距離を取る。必然的に冬也と空が二人きりとなる。やや、緊張を隠せない空に対し、冬也は余りにも平然としている。会話らしい会話がなされず、数秒間が過ぎる。空にとっては、余りにも長い数秒間。

 そんな中、最初に口を開いたのは冬也であった。


「暫く君はうちに泊まれ。外出する時は、俺かアルキエルを同行させろ。君は、対能力者にとっての切り札だ。言い換えれば、この状況を生み出している奴らにとっては、君は最大の障害だろう。いくら君が能力者に対して、絶対の優位性が有ったとしても、それは対異能力に対してだけだ。それ以外の物理的な方法で襲われたら、君は防衛手段を持たない。俺の言う事はわかるよな?」


 冬也の言いたい事は理解が出来た。遼太郎に襲いかかった事故を聞いて、間違いなく次に狙われるのは自分だと、空は確信していた。冬也の提案は、空にとっては願っても無い事である。ただし、一抹の寂しさはぬぐえない。


 冬也は自分に話しかけている間も、自分と視線を合わせてはくれない。自分の事を心配してくれるのは嬉しい。だがその態度は、自分を拒絶している様にしか感じない。何よりも、冬也の神気を受けた時に、思い知らされてしまった。


 完全な次元の違い。


 確かに空は自分の道を見出し、日本へと戻った。目標に向け一歩を踏み出し、国立大学の医学部へ進学する事も出来た。

 自分なりに、やるべき事を全力で熟し来た。だけど冬也は・・・・。


 二年以上の間に、冬也がどれだけの修羅場をくぐって来たのか、空には想像もつかない。しかしこの二年の間に、余りにも距離が離れてしまった。

 住むべき世界が違う。存在そのものが、完全に異質。これから自分が歩む道には、冬也は居ない。冬也と自分が歩む道が、交わる事が無い。

 どれだけ頑張っても、覆す事のない現実を、空は突きつけられていた。


 別れの時にした、強引とも言える一方的な約束。それが、果たされなくても、空に文句を言う筋合いはない。そんな事は理解している。放置された事が問題なのではない。案ずる事しか出来ない状態が、何よりも辛いのだ。

 冬也はぶっきらぼうでマメな性格ではない。元々期待してはいけない事であった。それでも淡い期待をしたのは、仕方がないだろう。


 突き放すなら、優しくしないで。

 あなたにとって、私は何? 仲間? 友人? 知り合い? それとも、利用価値が有るだけの存在?

 それなら、なんであなたはそんなに優しいの? あなたから感じる神気は、余りにも優し過ぎる。

 確かにあなたは、そういう人。自分の大切に手を出されれば、黙ってはいない人。それなら、私はまだ期待して良いの? それならなんで突き放すの? 何で、何で、何で・・・。


 空の中で、色々な想いがごちゃ混ぜになる。空自身、完全に無意識の行動だった。気が付いた時には、振り抜く様に冬也の頬を叩き、ボロボロと涙を零していた。


「ごめん」

「何がごめんなんですか?」

「約束を守れなかった事。いや、そうじゃねぇな」


 冬也は少し言い淀む様に、少し口を噤む。ほんの数秒の事、だが数時間にも感じる沈黙。そんな沈黙を破り、冬也は恐らく初めて空と正面から向かい合い、徐に口を開いた。


「俺は君の想いには応えられない。ごめん。君の気持ちに気が付いていたのに、放置していてごめん。俺の弱さが君を傷付けた、ごめん。でも、俺はペスカの兄として生きる事を選んだ。神として生きる事を選んだ。君の気持ちには応えられない」


 わかってた。そう言われる事は、わかってた。でも、空の体にはまだ冬也の温もりが残っている。離れ難い辛さ、拒絶されても諦めきれない想い。そして空の口から、自然と言葉が零れた。


「それでも、私は冬也さんが好きです。愛しています」


 空の素直な言葉が、冬也に届かないはずが無い。

 しかし神と人、文字通り存在が異なる。冬也にとって、空は妹の友人だけに留まらない、かけがえのない存在である。それが恋なのかは、わからない。少なくとも妹の様な存在、友人、そのどれにも当てはまらない大切な存在である。

 だからこそ冬也は、己の進む道に空を巻き込みたくは無かった。大切だから、自分のエゴで空を巻き込む事をしたくなかった。それがどれだけ、空の想いを踏みにじる事になったとしても。


 素っ気ない態度で突き放し、空を傷付けただろう。ペスカが怒るのも当然だ。でも、それで嫌われるなら、それで良い。勝手だと言われても良い、そう思っていた。でも、空はそんな自分でさえも好きだと言う。愛していると言う。


 冬也は空の瞳を覗き込む様に見つめる。涙で滲んだ瞳が、冬也を見つめ返してくる。一人の男として、空の想いは嬉しく思う。だけど、冬也は譲らない。

 自分が進む道は、どれだけ過酷で退屈で残酷なものなのか。人間として生き、人間として死ぬ事は、どれだけ幸せな事なのか。永遠の時を生きる事は、単なる地獄でしかないのだから。


「駄目だよ空ちゃん。自分で道を選んだんだろ? 俺はそれを応援する。俺はもう神の一員だ、人間とは違う。住む世界が違う。俺は空ちゃんを不幸にはしたくない。何度も言う、俺は空ちゃんの想いに応えられない」


 優しく語り掛ける様な口調で、冬也は話す。そこそこ長い付き合いの中で、ずっと冬也を見て来た空は、冬也の想いをしっかりと受け止めていた。

 空の瞳からは、もう涙は流れていない。自然と穏やかな笑みを浮かべていた。


「ごめんなさい。私の方こそ、冬也さんを苦しめてしまってごめんなさい。でも、もし許されるなら、好きでいて良いですか? だって、冬也さんはペスカちゃんを選んだんじゃなくて、ペスカちゃんのお兄さんでいる事を選んだんでしょ? まだチャンスがあるって、思っても良いですよね」

「空ちゃん・・・・・」


 冬也は言葉に詰まった。だが、選んだ答えは変わらない。変えられない。それが、一番良い選択だと信じているから。

 押し黙る冬也。そんな冬也を見つめる空。沈黙に包まれたまま、冬也と空は見つめ合う。ただ、そんな沈黙を破るのは、やはりペスカなのだろう。空に時間を与えたつもりのペスカは、甘くなりつつある空気にしびれを切らしていた。

 

「はぁ、空ちゃん。いい加減に諦めなよ。お兄ちゃんのDTは、私が貰うって決まってるんだから。空ちゃんに入り込む隙間は無いんだよ」

「えっ? ペスカちゃん。話は聞こえてたんでしょ? 馬鹿なの? 冬也さんはペスカちゃんの事を、妹としてしか見ないって言ったんだよ!」

「はぁ? 何それ! もしかして、私まで振られたって事?」

「そう言う事だよ。はしたない事を言ってないで、自覚した方が良いよ」


 喚くペスカに対し、呆れた様に溜息をつく空。ただ、次の瞬間にはペスカの脳天に、冬也の拳骨が降り注いでいた。


「誰がDTだ! 悪かったな! どの道、お前は妹だ! それ以上でもそれ以下でもねぇ! 下らねぇ事言ってねぇで、さっさと帰る準備をしやがれ!」

「やっぱりお兄ちゃんは、女の敵だよ! ば~か、ば~か、うんこ!」


 そして、冬也の鉄拳が再び、ペスカの頭に降り注ぐ。涙目になり睨み付けるペスカを無視する様に、冬也は口を開いた。


「俺はどっちとも付き合うつもりはねぇ!」

「おい冬也ぁ。俺は惚れた腫れたは、理解出来ねぇけどよぉ。どっちも、面倒みてやりゃあ良いじゃねぇのか?」

「馬鹿な事を言ってんじゃねぇ、アルキエル!」

「馬鹿な事でもねぇだろ。神の世界じゃ良くある話だ」

「うるせぇ! 俺は、そう言うハーレム的なのは、大嫌いなんだ!」

「なら、ブルの奴はどうすんだ?」

「はぁ? なんでブルがここで出てくんだよ!」

「知らねぇのか? 巨人族は成人してから、雌雄が別れんだぞ! このままいけば、間違いなく奴は」

「あ~、もう。うっせぇな! これ以上、この話は無しだ!」


 じれったい関係に白黒はっきりとつけよう。そんな決意を胸に、空と対面した冬也であった。しかし、結局は何も変わらない。それどころか、ペスカと空の共闘、ブルの参戦を想像し、深い溜息をつく冬也であった。

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