第317話 インビジブルサイト その10
大きく跳ねる様に転がるパトカーは、交差点の中央まで転がって止まる。運が良かったのは、黄色信号で交差点を通過する車が少なかった事だろう。その後、青信号に変わっても、車は一台も動かなかった。
当たり前の事だろう、それだけ衝撃的な光景が、目の前で繰り広げられたのだから。
パトカーは数十メートル間を、バウンドを繰り返しながら交差点まで進み、更には爆発し今なお燃え続けているのだ。交差点周辺には多くの人が集まり、喧騒が広がっていた。
ごうごう燃え盛るパトカーを、周囲の人々はただ唖然と見るしかない。そんな時、後部座席のドアが、勢い良く蹴り上げらる。炎に包まれる車体の中から、遼太郎がゆっくりと這い出て来る。そして、翔一を引きずり出すと、運転していた警察官も引きずり出した。
警察官と翔一は意識を失っている。遼太郎は、二人を担ぎ歩道へ避難させると。直ぐにトラックへと走っていく。意識を失っている運転手を、助手席に追いやりトラックを脇へ寄せる。そして運転手を車両外へ引きずり出して、歩道へ安置した。
そっと遼太郎は、運転手の頭に手をやる。すこし頷くと、懐からスマートフォンを取り出す。最初は救急への連絡、続けざまに対策本部へ連絡を入れる。
「東郷遼太郎だ。車両は大破、俺もやられた。悔しいが、作戦は中止だ。これ以上の犠牲は要らない。どうやら奴さん側には、洗脳の能力者がいる様だ。事故を起こした運転手達は、脳波の検査も行え」
それだけ伝えると、遼太郎はスマートフォンを切り、足から崩れる様に倒れ伏す。
「力を使い過ぎたぜ糞野郎! 今回は引いてやる。だがな、俺達に喧嘩を売ったらどうなるか、覚えてやがれ!」
吐き捨てる様に呟くと、遼太郎は意識を失った。
遼太郎の事故は、インビジブルサイトが起こした事件現場にいる、安西にも伝わる。その知らせに対し、敏感に反応したのは、二柱の神であった。
「安西さん。翔一と親父は無事なのか?」
「大丈夫だ、冬也君。救急車の中で両方とも意識を取り戻した」
「そっか」
そう言うと、冬也は歩き出す。そして、静かな怒りを内に秘め、アルキエルも歩き出した。冬也の行動を瞬時に察したペスカは、冬也の前に立ち塞がる。
「駄目だよお兄ちゃん!」
「わかってる」
「その目はわかってないよ! これ以上は、行かせない! 私達が直接動けば、地球に影響が出るんだよ!」
「それがどうした! ダチがやられたんだぞ! 黙ってられっか!」
「私達が直接動けば、地球の神々は黙っちゃいないよ! 確かにお兄ちゃんとアルキエルがいたら、地球の神様を集めた軍団でも対等に戦えると思うよ! それだと、何もかも無くなっちゃうんだよ! 第三次世界大戦どころじゃないんだよ! ハルマゲドンやラグナロクを実現させる事になるんだよ!」
「ペスカぁ。そこまで言うなら、てめぇに策があるのか? あぁ? 口ばっかりで俺らを止められると思うなよ! ミスラがやられたんだ。俺も冬也と同じ想いだ。この世界の神々を全部ぶっころしても、落とし前はつけさせるぞ!」
「うっさい、馬鹿共! こっちだって怒ってるんだよ! パパリンと翔一君がやられただけじゃないよ! お兄ちゃんの空ちゃんへの態度だって、ムカついてるだからね!」
パーンという甲高い音と共に、冬也の頬が紅葉色に染まる。そしてペスカは、右手を押さえて涙声で叫んだ。
「わかってよ! 私達が来たのは、地球を滅ぼす事じゃないでしょ! 私達が神気を使えば、全ての能力者から力を奪う事くらい簡単なんだよ! それをしないのは何で? 日本がどうでも良ければ、私がとやかく言わなくても、そうしてるでしょ! お兄ちゃんの馬鹿! 女の敵!」
やや腫れた頬に少し手を触れると、冬也は深く息を吐き、ペスカに問いかける。
「ならどうする? やられっぱなしじゃねぇだろうな」
「当たり前だよ!」
ペスカはつかつかと歩き、パトカーの前に立ち警戒を続けていた警察官に声を掛ける。
「ちょっと無線機借りるね」
「待て! 民間人に使わせる訳にはいかない!」
ペスカをパトカーに近づかせない様に、警察官は両手を広げる。当然の行為を気にも留めず、ペスカは警察官を巧みに掻い潜り、パトカーのドアを開け無線機に手をかける。
焦って振り向いた警察官は、ペスカの肩に手をかけ止めようとする。しかしペスカは、少し目線を警察官にやると言い放った。
「大丈夫、警察無線を使う訳じゃないから。悪い事は言わない、私から離れた方が良いよ」
そう言われても、立場上引く訳にはいかない。せめてもと、警察官はペスカを監視する様に横へ立った。ペスカは構わず警察官から視線を外し、再び無線機に向かうと、ハンドマイクを手にし呪文を唱える。
「我が敵に怒りを届けよ! 敵意ある者達に。悪意ある者達に。人ならざる力を持ち、驕った者達に」
無線を媒介にした、ペスカの魔法である。影も見えない黒幕達を、ペスカは敵と認識した。敵の脳に直接声を届ける魔法。ペスカは、ハンドマイクを手に、瞑想する様に目を瞑り集中する。
およそ一分程度の時間だろうか、ペスカは目を開けると呟いた。
「繋がった!」
そして、ペスカは語り掛ける。その声には、いつもの鈴の様な可愛らしさは欠片も無い。おどろおどろしくも低く、本能的な恐怖を呼び覚ます様な声が辺りに響く。それはペスカの声に、怒りが籠ったせいであろう。
「神と縁を持つ、聖者を害した愚か者共よ。よく聞くがよい! 我らを冒涜した罪、死で償えると思うなよ! 死して輪廻に戻れると思うなよ! 業炎で体を焼かれ、轟雷で魂魄を打ち砕かれ、何千、何万の時を経ても、終わらない罰を与えてやる。覚悟して待つがよい」
ペスカを止めようとしていた警察官は、近くにいたばかりに、その場で倒れて気絶していた。少しペスカから距離を取ってた安西は、全身の肌を粟立たせ、両手で体を抱きしめ震えていた。
神気の籠ったペスカの声、それに耐える事が出来たのは、この場で神気を渡された者だけであった。
「ペスカちゃん、ちょっとえげつないよ」
「えぇ。ペスカ様が一番お怒りになっておられた」
空とクラウスは、少し呆れる様な口振りで話す。耐えられたとしても、ペスカの言葉に恐怖は感じていたのだ。
「ペスカ、お前はこれで満足なのか?」
「満足なんてするわけないじゃない。でも、警告はしたよ。普通の人なら、トラウマになると思うよ。ただ、奴らに洗脳能力者がいる限り、騒ぎは収まらないだろうけどね」
「なら、やっぱり潰した方が早えぇじゃねえか。ペスカよぉ」
「いい加減にしてよ、アルキエル! 何度も言わせないで! 私達は直接関与しない! 定められたルールすら守れないなら、ロイスマリアに追い返すよ!」
「っち、仕方ねぇ。冬也ぁ、てめぇはどうすんだ?」
「悪かったペスカ。さっきは冷静じゃなかった。確かに、俺達はこの世界に干渉しちゃいけねぇ。でもなぁ、売られた喧嘩は、このままにはしねぇ。徹底的に後悔させてやる」
「けっ、物足りねぇが今回は収めてやる。次は暴れさせろよ!」
頬に感じるジンジンとした痛みが、冬也を盲目的な怒りから引き戻した。主である冬也の意志を感じ、アルキエルも怒りを抑えた。商店街の一角で広がった神々の怒り、先の亀裂とは別格の恐怖感。
三柱の神が怒りを抑える事で、ひり付いた空気が僅かに柔らかくなる。
神気に守られていない安西は、生きた心地がしなかっただろう。安堵表情が僅かに安西から窺える。少し落ち着きを取り戻した安西は、スマホを使って特霊局の面子に連絡を取る。そして、ややビクつきながら、ペスカへ声をかけた。
「あ、あのさ。ペスカちゃん。先輩の指示通り、俺達は事務所へ戻るからね。君達は、クラウスさんと一緒に自宅へ戻るといいよ」
「空ちゃんは、どうするの?」
「空ちゃんは、正式な特霊局のメンバーじゃないから、今日は帰って貰うよ。疲れてるだろうしさ。それと、後日でいいから君達にも、話が聞きたいけど良いかな?」
「いいけど、あの少年はどうするの?」
「能力者は所轄には任せないんだけど、今回は上の判断を仰いでになるかな」
安西は対策本部へ連絡を入れて、状況を報告した上で指示を仰ぐ。対策本部は、護送中の車両を狙われる事を恐れ、所轄の留置所で身柄を確保する事に決めた。
この時点で、緊急避難警報が解除される。各道路の封鎖も解除された。暫くすれば、公共交通機関も動き出すだろう。
やがて、避難誘導に協力していた、特霊局のメンバーが戻って来る。この間に、安西は対策本部の指示を佐藤に伝える。特霊局の一人がワゴンを取りに走りだす。車が戻る頃には、佐藤が現場まで戻っていた。少年を乗せたパトカーは、佐藤が同乗し町田署へと走っていった。
特霊局のメンバーが全てワゴンに乗り込むと、事務所へ向けて引き上げていった。
残されたペスカ達は、クラウスが乗って来た遼太郎の車で、自宅へ戻る事になる。そして、クラウスが車を取りに行くために、この場を去った。最後に残されたのは、ペスカ、アルキエル、そして、空と冬也であった。
☆ ☆ ☆
「それでは報告を聞くとしよう。首尾はどうかな?」
「あんたのおかげで、何とか逃げられた。しかし、インビジブルのガキを始末出来なかった上に、探知をインストール出来なかった」
「始末は末端に任せていい。探知については、またチャンスが来るだろう。期待している。他に報告は?」
「通信の支配は、まだまだだ。大規模の情報操作は難しい」
「そうか、今は能力を成長させる事に注視したまえ。これから警戒は厳しくなる。仕掛けるのは少し時間を置いてからが良いだろう。他には?」
「事象の変更は、いまいちの成果だな。もう少し規模が大きくなっても良かったんだが」
「それは、邪魔が入ったからか? それとも、オリジナルの能力じゃなかったからか?」
「両方だろうな。それで、あんたの方は?」
「遠隔操作、時限起動、条件起動も成功した。上々だ」
「それよりも、作戦の途中で気味の悪い声が、頭の中に響いたが」
「そうだ。あの声を聞いてから、俺は震えが止まらない」
「俺もだ。なんだ、あの悍ましい声は!」
「気にする事はない! あれはただの幻聴だ! 我々はこの日本を変える。そして、日本が世界の中心となる。我々は、英雄となるのだ! 些末な幻聴に踊らされるな! 我らがこの腐った世界を救うのだ!」
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