第311話 インビジブルサイト その4
遼太郎の声は、建物全体に響いたのではないかと思える程に大きく、強い怒気を含んでいた。署内は更にピリついた雰囲気になる。誰ともわからない男が、警察署を勝手に歩き回り大声で喚き散らせば、それはもう事件であろう。
警察官の中でも、一部の人間しか東郷遼太郎という存在を知らない。能力者に対抗する組織として、特霊局が存在する。ただし、警察内部では周知の事実が、必ずしも公であるとは限らない。即ち一般的に能力者に対しては、警察が対処していると発表されている。そして、警視庁には能力者に対する作戦本部が有り、特霊局と連携をしている。
緊張感の漂う中、およそ刑事とは思えないカッチリと身なりの整った男が、溜息を付きながらパーテーションの奥から出てくる。
「五月蠅いですよ、東郷さん。そもそも、僕がここに居る事、何で知ってるんです?」
「三島さんに聞いた」
「おたくの局長さん、何者なんです? エスパーですか?」
「三島さんの事はどうでも良いんだよ! てめぇ、あれだけ言ったろ、インビジブルサイトには裏が有るってよ。なんでいま確保しなきゃなんねぇんだ」
「仕方ないですよ、二通目が来たんです」
「はぁ? どういう事だ?」
「その前に、東郷さん。お連れさんは?」
佐藤と呼ばれた男の視線は、アルキエルに向かっていた。佐藤の視線は物語る。厳つい外国人を連れて何をしている、不法入国者でも捕まえたのかと。
一般の旅行者には感じない雰囲気をアルキエルから感じるのだ、そう思われても仕方ない事だろう。探りを入れる様な佐藤の視線を感じ、遼太郎は声を低くして答えた。
「こいつは、俺の知り合いで日本へ旅行に来た。お前が勘繰る事は一切ねぇ」
「はぁ、そう言う事にしておきますよ。僕にも欲しいな、法務省のコネ。紹介してくれません? 東郷さんの後輩」
佐藤は少し溜息をつきながらも、茶化す様な口振りを止めない。対して遼太郎は、険しい表情を崩す事が無い。高まる緊張感の中、空気を一変させたのはペスカであった。
ペスカは、遼太郎の脇腹を殴りつけると言い放つ。
「パパリン、流石にいい加減にして欲しいんだけど! 説明も無く私達を警察署に連れてきた挙句、放置して喧嘩を始めるって、馬鹿なの?」
「ってぇなペスカ!」
「うるせぇよ親父、喚いてねぇで冷静になれよ」
「流石に俺は弁護出来ねぇぜ。頭冷やせよミスラ。状況がわからねぇと、俺達は何も出来ねえ」
冬也は静かな口調で語りかける。アルキエルは微笑を浮かべていた。そして脇腹を押さえていた遼太郎は、深く息を吐いた。
「悪かった」
「いいよパパリン。大事な部下さんの為だもんね」
「ミスラが動揺してるなんて、貴重な所を見れたな。人間臭くて面白れぇ」
「で、この状況は誰が説明してくれんだ? 親父か、それともそっちの胡散臭いおっさんか?」
「ははっ、僕はまだ三十代だよ。おっさんは酷いと思うけどね、東郷さんの息子さん。それとも冬也君と言った方が良いかな?」
「あんた、胡散臭いのは、否定しねぇんだな」
「嫌な言い方だね。君の起こした暴力沙汰を揉み消したのは、誰だと思っているんだい?」
焦りの為、周囲を威嚇していた遼太郎。泰然としていても、存在自体が他者を怯えさせるアルキエル。ペスカは表情を作り、表には出さない。この中で、一番警戒心を露わにしていたのは、冬也であった。
今も冬也が、守る様にペスカを背に隠しているのも、警戒の現われだろう。
「まぁそれは置いといて、こちらへどうぞ。東郷さんが旅立たれてからの状況を含めて、委細の説明をします」
佐藤は手招きをし、パーテーションの奥へと一同を招く。そこには、事務机が一つと幾つかの丸椅子が置いてあるだけだった。
「普通の企業と違うんでね。小さな会議スペースなんて無いんだよ。まぁ適当に座ってよ」
あくまでも佐藤は、気安い態度を変えない。そして、佐藤が何をしようと、周囲の刑事達は咎める事をしない。一同が丸椅子に腰かけると、佐藤はゆっくりと口を開いた。
「さて、どこから話そうか」
始まりは、幾つかの警察署に投函された、送り主不明の荷物だった。中にはDVDの様な記録媒体と、情報提供と書かれた封筒が入っていた。封筒の中には印刷されたと思われる手紙らしきものがあり、内容はこう綴られていた。
窃盗の現場を見つけました。証拠の映像もあります。
いち早く事件の解決を願います。
DVDを確認すると、店内の監視カメラが捉えた万引きの映像が、記録されていた。それも同店舗ではなく、別の店舗の映像が数件分。
直ぐに被害届を確認すると、確かに該当するものが見つかった。警察は同時に、荷物の一切を鑑識に回し、検査を行った。だが、送り主を特定する様なものは検出されなかった。
この状況で荷物の送り主が、善意の情報提供者だと考える者は居ない。仮にその行動が、善意であったとしても、何か裏が有ると考えるのが妥当だろう。
ただ、本当に不可思議な所は、映像の中身にあった。
窃盗と言っても万引き程度であり、盗まれたと思われる商品は、いずれも少額であった。その為、捜査が後回しになっていた。ただ、映像をよくよく確認すると、わかった事が有る。
商品は、忽然と消えた様に見えるのだ。万引きの様に、犯人のポケットやカバンに入ったのではない。通常では有り得ない犯行に、警視庁は能力者の仕業だと断定し、事件を能力者対策本部扱いとした。
都内各地で起こる万引き事件は、能力者発生後から始まり、月数回のペースで行われている。特霊局と警察は、協力しプロファイリングを行う。結果、犯人象をある程度絞りこめた。
盗まれた物は非常に偏りが有り、一度に大量の品を盗んでいない。多くは、弁当の様な完成品や、漫画雑誌や男性用の十八禁雑誌、ゲームである。調理する手間のかかる食材、タバコや酒の類は盗まれていない。
転売で稼ごうとは考えていないのか、足が付く事を恐れたのか、貴金属やバッグの様な高価な物は盗まれていない。また同じ店で、二度以上の犯行を行っていない。
犯行現場が駅近くのコンビニ、若しくはスーパーであり、郊外の店舗で犯行は行われていない。中央線等の特定の沿線で犯行が多く、京浜方面での犯行は少ない。
これらの事から犯人は、電車での移動手段しか持ちえない若い独身男性、若しくは未成年の少年だろうと推測をした。慎重な性格では有るが、賢いとまでは言えない。金銭的に余裕はないが、それほど物欲が無いと考えた方が妥当であろうと推測をした。
ただ、それはあくまでも推測である。犯人を特定できる物は何もなく、犯行を映した映像にも一切映っていない。犯行現場や、駅周辺での聞き込みを続けても、目ぼしい情報は遅々として上がってこなかった。
犯人は通称インビジブルサイトと呼ばれ、地道な調査が続けられた。ただ危惧されるのは、インビジブルサイトだけではないのだ。
荷物を投函した主は、何を意図しているのだろうか。インビジブルサイト本人には、愉快犯の印象を感じない。当然ながら、第三者が行ったのだろう。
ならば、何故インビジブルサイトの存在を知り得たのか。そして編集された映像は、どうやって入手したのか。誰にもバレる事無く、どうやって各警察署に荷物を投函したのか。寧ろ、この行為には善意を感じない。
「この事件を高みで見物してる奴らが居る。そいつらは、絶対に何か企んでやがる。慎重に行動しろ、もしかしたら俺達が頭を抱えてる所も、見られてるかも知れねぇんだ」
遼太郎は旅立つ前に、関係者へ告げていた。遼太郎が語った存在が居るならば、かなり危険であろう。
プロファイリングを続けると共に、周囲の聞き込みから、ネットの書き込みに至るまで捜査範囲を広げる。取りこぼす事が無い様に、徹底した捜査網を敷いた。
有益な情報が出ずに、歯噛む警察サイドを嘲笑うかの様に、封筒が幾つかの警察署に投函された。封筒の中には前回と同様に印刷された手紙が一通入っていた。
×月×日×時、JR町田駅付近に犯人が現れます。
警察の皆さん、どうか悪質な犯行を止めて下さい。
これ以上の被害者が出ない事を願っています。
「届いたのは一週間前、これがその手紙です。本日、特霊局の方々を中心に、町田駅付近には警官が配備されています。町田署には、多くの警官が待機してます」
佐藤は遼太郎に手紙を差し出す。遼太郎は顔を顰めたまま、手紙を眺めた。遼太郎から言葉が出ない、表情には憤りが滲む。
冬也は説明に着いて行けずに、首を捻っている。アルキエルは、長い説明に飽きた様で、辺りをキョロキョロと見回していた。
「あのさ、質問が有るんだけどいいかな?」
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